「私はダメ人間、誰からも愛されない」自己肯定感の低さという日本の闇

投稿者: 熊田梨恵 | 投稿日時: 2017年06月14日 13:58

産後うつに関する一連のブログを書いたところ、毎日のように感想や共感、悩み相談のメール、メッセージを頂くようになった。(面識のない方からはFacebookやTwitterのメッセージで送られてくる。便利な世の中…)

感想を頂戴するのは大変有り難く、嬉しいことなので一通一通大切に目を通している。

驚いたのは、男性からの感想もわりと多いこと。女性からの共感が多いだろうと思って書いていたのが、男性からも「この部分に共感した」とくる。

ほぼ毎日返信を書いているが、お送り頂く内容が内容だけに適当に書きたくないので、落ち着いて書けるときに書いているとあっという間に一日が経つなんていう日もある。

有象無象にあるネット情報の中で私のブログを読んでくださっている方は一部だと思う。それでこの感想の数。

これは私だけの手に負える問題じゃないのでは? と思い始めた。

というのが、皆さんから頂戴するメッセージは、個別には状況は違っているが、共通している部分があるからだ。

キーワードは、

「自己肯定感、自尊心が育たなかった」

「世の中が生きづらい」

「罪悪感、自責」

これらが根っこにあるということ。

 
 
自己肯定感は、人間として生きていくための土台であり、最も大事な部分だ。

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<自己肯定感の高い子とはどんな子?>

自己肯定感が高い子どもとは、「自分が価値のある存在である」と感じていたり、自分に自信がある子どもだといえます。その特徴としては、様々な物事に取り組む意欲が高いことがあげられます。
学習や労働といった具体的な対象への意欲の減退だけでなく、成長の糧となる様々な試行錯誤に取り組もうとする意欲そのものが減退している背景には、青少年の自己肯定感の低さなどがみられることが指摘されています。
(出典 中央教育審議会 次代を担う自立した青少年の育成に向けて(答申) 平成19年)
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私が自己肯定感をことさら強調して書くのは、良書と言われる育児書に共通するのがここだからだ。
(こんな私なので育児に自信がなくて、目は痛かったけど読みまくった)

どの本も、表現の仕方はそれぞれだが、

「子どもの自己肯定感を育むこと」

これが最も大事な部分だと読めた。

自己肯定感さえ育てば子育ては終わり、だとも読めなくもなかった。自己肯定感があれば、社会の逆境だろうが、周囲からの批判だろうが、どんな時代・状況であってもサバイバルできる力が根底に備わる、と。

人としてこの世を生き抜いていく根本的な力、サバイバルツールとも言えるのだろう。

自己肯定感というサバイバルツールをしっかり身に付けた上で、この社会のルールや知識といった長く生きている親ならではの情報を伝えてやれば、それをどう捉え、行動に生かすかは子どもの問題。

それ以上に「こうすべき、ああしなさい」と行動まで縛ったり、子どもの過去と未来についてあれこれ関わろうとする過干渉は親のすることではないのだろう。

親は、考えさせること、できることは自分でさせること、そのために待つこと。頑張ってできたことはしっかり誉める。他人と比較せず、以前の本人と比較する。行動は注意しても、人格攻撃はしない。情緒的な甘えは思い切り甘えさせる。などといったことがどの本にも共通して書かれている。

これらは、ほぼ私がされてこなかったことばかりだから、痛いほどによく分かるのだ。

その結果、私は自分はダメで、生きている価値なんかこれっぽっちもないと思っていた。何かあれば、自分の責任だと思って落ち込み、前に進めなくなった。

自己肯定感が育っていないと、一つ一つの失敗が世間から自分に対する人格攻撃のように感じられてしまい、ダメージが強烈で、立ち直るのに時間も努力もいる。一つの失敗で、「自分の全てがダメだ」と決めつけたり、やたらオーバーな被害意識を持ちやすい。他人の意見に左右されやすく、相手と自分の問題を混同しやすい(相手と自分の区別がなくなりやすい)。境界への侵入を許しやすいため、他人の基準を自分の基準として捉えやすくなったり、自分の問題じゃないことでも自分が悪いと思う傾向がある。共依存になりやすい。議論をしていても、どこかで自分に対する攻撃だととらえやすい節があり、感情的になりやすかったり、論理的に話ができなかったりする場合もある。また自分に対してポジティブな感情を持ってくれる人がいても目に入ってなかったりする。

一方で自己肯定感の高い人たちは、私から見ると何事においてもポジティブで、逆境に見えることや苦難に遭ってもすぐに立ち上がって試行錯誤して問題を乗り越えるパワーが強い。それがさっさと別の道を選ぶ切り替えが早い。そして基本的に明るい。失敗ということと自分の人格を混同することがない。自分の意見を否定されたとしても、それは意見の否定であって、人格の否定ではないということがよく分かっているので議論が冷静だ。自分と相手の課題を混同して、相手を支配しよう(されよう)と共依存になったりしない。心地よい距離感を保つこと、感情のコントロールが上手。
私のように、つい自分の中の問題として考えてしまってぐるぐると立ち止まることがなく、非常に「風通しがいい」感じがする。
 
 
自己肯定感が育まれていないと、自分の中で自分が存在している意義を見出そうとしたり、小さい頃に得られなかった自尊心、親からの愛情を得ようとするために、依存症・心身症を引き起こしやすいと書籍で読んだ。依存症は依存対象にべったりと依存していれば束の間の安心を得られ、現実逃避ができ、かつ依存対象から愛を得ている感覚に陥るので(実際は全然違うのだが)、自己肯定感を得るための代替行為になる。

私はその典型だった。親から認められず、そのために自分を認められず、でも生きている自分の意味を見出したくて、食べ物を貪り、他人からの愛情を欲しがった。

一般的に表面化してくる症状として、うつ病等の精神疾患、このほかに

女性なら摂食障害、恋愛依存・DV、共依存、自傷行為、各種依存症などの社会的不適応、自分の内に向かうものとして現れていることが多い感じがする。

男性なら、タバコ・アルコール・薬物・ギャンブル等各種依存症、DV加害者、度を越したワーカホリック、など外に向かう攻撃的なものとして現れていることが多いように感じられる。

男女共通のところには不登校、ひきこもり、ストーカーやスマホ依存もあるかもしれない。
 
 
これは日本の闇なのではないかと思い始めた。
 
 
文部科学省が高校生の意識について国際比較した調査を出しているが、


「自分はダメな人間だと思うことがある」(「とてもそう思う」「まあそう思う」の合計)
日本72.5%、米国45.1%、中国56.4%、韓国35.2%

「私は人並みの能力がある」
日本55.7%、米国88.5%、中国90.6%、韓国67.8%

(2015年高校生の生活と意識に関する調査報告書-日本・米国・中国・韓国の比較-)

「私は価値のある人間だと思う」:日本7.5%、米国57.2%、中国42.2%、韓国20.2%
「自分を肯定的に評価するほう」:日本6.2%、米国41.2%、中国38.0%、韓国18.9%
「私は自分に満足している」:日本3.9%、米国41.6%、中国21.9%、韓国14.9%
「自分が優秀だと思う」:日本4.3%、米国58.3%中国25.7%、韓国10.3%

(2011年高校生の心と体の健康に関する調査-日本・アメリカ・中国・韓国の比較ー)(色付けは私の主観です)

なんと恐ろしい結果ではないか。

日本の子ども(この調査をした世代はもう大人になっているが)の自己肯定感の低さは各国に比べて際立っている。

もちろん各国の文化・宗教的背景、気質、考え方の違いなど様々な要因があるために一概に言えないと思うが、自己肯定感は人間が自分自身をはぐくむ土台であるなら、社会の土台でもあるはずだ。とても怖いことだと思う。
  
 
 
私が回復していく過程は、結局自己肯定感を取り戻すための地道な作業だった。

小さい頃にできなかったことを、大人になった今やっている(だから時間がかかる)。

ちなみに、老齢になってから、欠けている自尊心を自分でなく周囲から与えてもらおうとなりふり構わない人もよく見かけるが、目も当てられない。一つ間違えたら、私もそうなっていたのだろう。
 
 
陳腐な表現だが、私はずっと愛がほしいと思っていた。

いつも愛を求めていた。
 
 
今になって分かるのは、人間が本当にほしい愛というのは、自己肯定感だ。

自己肯定感が満たされると、自分は十分に満足しているので、他人への思いやりや行動が本物になる。

(自分に優しくできて初めて他人へも優しくできる、と巷で言われることの正体はこれだ)
 
 
不特定多数からの好意や承認でも、お金でも、いい家でも、一流ホテルでの宿泊や食事でも、旅行でも、高学歴高収入のパートナーでも、ブランド物の洋服や化粧品でも、なんでもない。
  
 
 
ところが、この自己肯定感が育たなかったと苦しんでいる人たちがたくさんいる。

たくさんの、私と同じ人たち。

その実感が、ブログを書いてから、鳥肌が立つほど身に迫って感じられるようになっている。
 
 
一体、私に何ができるだろう?

大袈裟なことができるとは思わないが、あんなブログを書いた自分がいて、そこにたくさんメッセージが寄せられてきて、何かしなければいけないのではないかと思わずにはいられない。

自己肯定感が育たずに大きくなった人たち。私と同じ思いをして苦しんでいる多くの人たち。

症状は違うけれど、根っこが共通している人が多いとしたら。
 
 
一体、私たちのこの「生きづらさ」に対して、私は何ができるんだろうか?


考えてやまない。

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