「人に迷惑をかけるな」が子育てを阻む

投稿者: 熊田梨恵 | 投稿日時: 2017年08月10日 09:01

先日、自治体で産後の母親サポートを行っている女性に取材させて頂いたのだが、その際に「『人に頼ってはいけない、甘えてはいけない』というのは産後に一番に脱ぎ捨ていないといけないことなのに、私たちは小さい頃から『人に迷惑をかけるな』と教えられているから難しい」という話題になった。

女性の話では、今の母親たちは「こんなことを相談してもいいんですか?」「話してもいいんですか?」ととても遠慮気味で、気を遣っているという。

その通りだな、と思った。

私も産後、たくさんの知人友人から「甘えていいんだよ」「使えるものは使え!」と言われたけれど、全く上手にできなかった。

家に来てもらうために掃除や飲み物などの準備をしたり、必要以上に気遣ってしまって、来てもらえることの嬉しさと同じぐらいかそれ以上に気疲れもしてしまっていた。

産後のヘルパーさんに来てもらっていた時も同様で、食材を揃えたり、なるべく作業してもらいやすいように準備したりしていた上、ヘルパーさんの活動中にも何か作業したりしていて、全然休めなかった。

頼りたいのに、甘えたいのに、気持ちよく「ありがとう」と笑って気持ちや行為を受け取れるようになりたいのに。

つい、先に出るのは「ごめんね」という言葉。「申し訳ない」という思い。

同時に、何かしてもらうなら私も何かして返さなければ相手にとって「割に合わない」はずだ、それは相手にとって悪いことだから、何かしなきゃ、と思ってしまう。

どうしてこんなことになるんだろうと考えるが、それは当然で、生まれてこの方、甘え方も、頼り方も、教えてもらったことがなかったからだ。

むしろ、小さい頃から親や学校の先生からも「甘えるな」「自分でやれ」と言われ続けた。他人を頼るのはいけないことだと。

(また私は一人っ子できょうだいがいる感覚を知らないため、日常生活の中で近い歳頃の人に甘えたり、自分の要求を伝えたりするという経験が少ないことも大きいだろう)
 
 
社会に出てからもそうだった。

働き始めてからは、仕事は自分でやり遂げるもの、人様に頼らないこと、これが第一の美徳とされているような気がした。

たまに「チームワーク」とか「協同」とか言われるけど、どこかからやってきた流行りもののような感じがして薄っぺらく、最終的には自分でやるもの(というか誰かに成功や失敗の責任が帰属するもの)だと思っていたし、周囲もそういう感覚だった気がする。

仕事の責任に対する「切腹」の文化、とでも言うのか。
(記者という職業柄も大きかったとは思う)

力を入れるか、手を抜くかも、全部自分次第。

買うもの、使うものは、自分で稼いでお金で手に入れるべき、という感覚がいつもあった。

そして自分で手に入れたものが、ブランド物であったり、周囲からの評価が高いものであれば、なおよしと。

誰かに買ってもらう、支援してもらう、とういことはあってはならないか、あったとしても何かとても大きな大義名分が必要なことだった。

ギブアンドテイクはあっても、ただギブしてもらうだけということはあり得ない、そういう感覚だった。
 
 
そしてもう一つ、自分の首を真綿で絞めてくる見えない空気が、「自己責任」だった。

自分が「何かしんどい、つらい」と思って、誰かに助けてもらいたいと思っても「こうなったのは自分でやったことの責任だから、仕方ない。現状を甘んじて受け入れ、苦しんでいるべきなのだ。だから助けを求めるなんて甘ったれたことはしてはならない」と。

私の頭の中で、いつも誰かが囁いていた。

一体これを言っているのは誰なんだろう?

分からない。

でも、確実に私の中に巣食い、大きく成長してきた感覚だ。

中東で起きた日本人人質殺害事件やレイプ事件被害者に対してなど、ことあるごとに「自己責任」を言う人が必ず出てくる。一方で「社会が助けに動くべきだ」という意見も。

そして自助公助共助の話がこんがらがって湧いてくる。

なんなんだろう? この自己責任という、もっともらしくあるようでうすら寒い感覚は。

個人の責任だけですべて完結できるほど社会はシンプルではないはずだし、すべて個人の責任だと思うのはそれはそれで見方が狭いように思えてもしまうのだが(自分含め)。
 
 
「他人に迷惑をかけるな」「自己責任」

この二つは、小さい頃から多分今この瞬間までも、私に刷り込まれ続けている。

子どもを連れて外に出る時、一人で電車に乗る時、何か家族のことで悩む時など、何をしていても、いつも底にあるこの二つは、気付かないうちに私の言動に大きく影響している。

そして、子育てを阻む。
 
 
 
私は第二子がほしいと思っている。

だけどそれを思った瞬間に、私の頭の中で誰かが冷ややかに言う。

「お前のようなハイリスクは、また産後うつになるに決まってるだろう。近所に頼れる人がいない状況で、親が要介護状態で、二人目を授かったとして、夫婦だけでやっていけるわけがないだろう。誰かに助けてもらわないといけないぐらいなら、責任もって自分で面倒見られないなら、最初から子どもなんてつくるな。迷惑だ」

この声の力は大きく、私を包み込んでしまうので、私はいまだに夫に対して「二人目がほしい」と言えずにいる。

一体これは、誰の声なんだろう。

まるでTwitterか何かで匿名コメントがついたような、そしてやたらそれが気になって仕方がない、そういう感覚にも似ているかもしれない。

日本の雰囲気を代表していると感じてしまう、匿名の誰かのつぶやき。


しかし、「他人に迷惑をかけるな」なんて言っていたら、当然子育ては無理だ。

子どもは大人に依存する存在なので、そもそも迷惑(と捉えるかどうかという問題はあるが)なんてかけて当たり前。

お互いに、迷惑をかけあったり、頼ったり頼られたりする中で人間関係が育まれたり、自分が短所だと思っていたものが意外といいものに思えたりすることもあると思う。

私個人としては、「他人に迷惑をかけるな」という時代は終わらせたい。

息子には、私のようになんでもかんでも自分で抱え込んでしんどくなるようなことにはなってほしくない。

「ありがとう」と言って助けてもらい、そしてそのお返しをできるところでする、その循環がいろんなところで起きる方が生きていても楽だと思う(面倒も起こるだろうけど)。

それには、私が背中を見せなければと思うので、そこは少しずつ練習中。

でも本当に、難しい。

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