インフルエンザと思っていたら・・・リウマチ患者編

投稿者: 真木魔愛 | 投稿日時: 2006年11月14日 22:55

2000年の2月初め、
40度近い熱にうなされました。

天井がぐるぐる、、、
頭が割れそう、、、
耳には異様な幻聴。

1週間経っても、一進一退で脱水症状が激しく、
(途中、緊急外来で点滴打ってもらったけれど改善せず)
朦朧としてきて、起き上がることも難しくなり、、、

ついに緊急入院・・・

インフルエンザと思ったいたら、

なんと、

ウイルス性髄膜炎でした。

つらかったです。

体中冷やしても、熱は下がらず、ボルタレンの座薬が身体の熱で
「溶けて入らないよ」と看護師さんに言われて・・

猛烈に汗をかいて、解熱剤が効いているのは1時間ぐらいで、
そしたら、ぶるぶる震えがきて、痙攣をおこしそうになって
熱、急上昇。

これを1日に数度繰り返すと、
寝返りも打てないぐらい、ぐったりしました。

海老を丸めたみたいな格好で、穴の開いた布をかぶって
髄液を搾取する検査も苦しかったです。
研修医の若い先生が2時間ぐらい格闘しても、刺さらなくて
見るに見かねた看護師さんが(研修医の)指導医を呼んでくれたら、
一発で刺さりました。

この痛い忌まわしい経験から、
免疫力を落とす薬(免疫抑制剤)を常用しているのだから、
風邪を引くととんでもないことになると、心するようになりました。

(現在は、さらに感染症が怖い生物学的製剤ですが)

予防接種は絶対確実ではありませんが、
でも、しないよりは、最悪の状態を回避できるのではないかと。

引っ張った?インフルエンザシリーズ、
ちょっと暗い話で終わりですが、

どうぞこんな事態にならぬよう、早めに予防接種を!!

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コメント

ひぇ~、そんなことがあったんだあ
どのくらい入院したのですか?

大変だったですね。
一病あることで、さらに別のリスクが加わる
バランスの重要さを思い知らされました。

大変でしたね!!
同じ様な経験が私にも有ります。今日は外出して、今し方、もどりましたので、明日、コメントさせて下さい。

>のんち様

はい、一ヶ月入院して、桜の花が咲く頃職場に復帰しました。

回復できたことは、不幸中の幸いです。

>川口様

自分の身体と対話することが、どんなに難しくて、大事か学びました。

入院生活がきっかけで、その後医療の世界をもっと知りたいと思うようになり、悲惨な経験だけで終わったのではないと、今は思えます。

>m,n. 様

寒くなり、こちらは大雨でした。
遅くまでお疲れ様です。

それなのに、ブログを覗いてくださってありがとうございます。

続きをコメントさせて頂きます。
私も同じ様な経験を致しました。職場で倒れて救急車で運ばれました。ミレニアムを迎える前の暮れでした。
腰部の激痛で気が遠くなります。勿論、立つことなど全く出来ません。
救急車で運ばれたのが腰部の激痛の為、外科でした。
最初にレントゲン室で腰部の写真を何枚も撮られました。
身体を回転させる事も出来ず、総ては病院まかせです。
40度以上の高熱でそのまま台車に乗せられエレベ-タ-で個室に。
入院すること45日、
最初の夜は激痛との戦い、看護婦を呼ぶにも激痛で身体が全く動かず、当直を呼ぶベルも押せません。兎に角、何とか、と、あれ頃、もがいて、漸くボタンが押せました。
あまりの痛みに気が遠のいて行きます。
座薬を入れてもらい、地獄の様な夜を数日過ごしました。
高熱が5~6日続き、37~8度が10日ほど続きました。
痛みで布団の重さに耐えきれず、棒を立てて重さを和らげました。
病名は細菌性椎間板炎と結論が尽きました。毎日点滴で抗生物質を退院するまで受けました。
半月ほど熱が続き二十日過ぎ頃から平熱に戻りました。
人間の肉体の軟弱さをこの時、学びました。
まるでこんにゃくの様になってしまうのですね。
看護婦に言いました。戦場で負傷した兵士が苦痛の為、殺してくれと願う気持ちが分かりますね!!と、、。
人間の脳はあまりの苦痛を受けると失神する様に出来ているのですね。
MRIを受け、平熱に戻り始めた頃から、リハビリで歩行を始めましたが、2000年を迎えた日は病床でした。
真木さんの苦痛、手に取る様に理解できます。
点滴を行う看護婦もそれなりの経験者でしたが、針が入らず、3人交代、4人目に超ベテランがやって来て、一度で痛みもなく入った事も有ります。
配られて来る、飲み薬の間違いも2~3度有りました。
まずい入院食。個人の外科病院でしたがスタッフは案外優れた人達で、私はあの時ほど看護婦さんを尊敬した事は有りません。
ナイチンゲ-ル記章はどのナ-スに差し上げたか忘れましたが。
退院後10人ほどを食事にご招待致しました。
中には夜勤で途中病院へ帰って行くナ-スもおりました。
退院後、何時も散歩する坂道を登れず、幾度か休み休み頂上まで登りました。
若い時代かなり鍛えた身体でしたが、
人間の肉体の他愛なさをその時、知りました。
かなり無理をしていた時期で、その時、院長が人間は50歳を過ぎたら身体はセコハンなんですよ、とつくづく言われたのを良く覚えております。
真木さんも無理をしてはいけませんよ、
自分の身体はよくよく注意し、大切にして下さい。

>m,n.様

壮絶な体験をなされたのですね。
お話ありがとうございます。

人間の身体って簡単に萎えてしまいますよね。

私も、薬の間違いありました!!
ぞっとします。

看護師さんの対応もまちまちで。。

まずい病院食も退院が近くなる頃にはメニューを見にいったりして・・・(だってそれしか楽しみないのですもん)

お元気になられて、日々お忙しくご活躍の今、本当に良かったなあと思います。

私も無理せず、マイペースでやっていきたいです。

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