判決文(2) |
|
投稿者: 川口恭 | 投稿日時: 2007年12月20日 22:55 |
亀田訴訟の東京高裁判決文。
裁判所の判断部分からです。
当事者の主張など前提部分は(1)をご覧ください。
第3 当裁判所の判断
1、認定事実
前期前提事実、後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば、以下の各事実が認められる。
(1)Aは、2歳ころから喘息の持病があり、この治療のために控訴人病院に入退院を繰り返していた。中学に入学して以降、高校2年の平成12年11月まで入院治療を受けることはなく過ごしていたが、同年11月28日、喘息の発作が起こり、同日から同年12月29日まで控訴人病院に入院して吸入、点滴のほか、テオロング等の投薬の治療を受けた。同日、Aは軽快して退院した。退院時に、平成13年1月13日に外来で受診するよう指示を受け、同日ころまで服用すべきテオロングを処方された。Aは、本件当時、同処方にかかるテオロングを服用していた。
(2)Aは、1月1日午前1時ころ、テオロングを内服後、嘔吐して悪心等の症状を訴え、同日午前4時30分ころ、控訴人病院を受診した。Aは、控訴人病院においても、頻回に嘔吐をしていた。控訴人病院においてはBが診察し、血液検査を行ったところ、同日午前8時ころ、血中テオフォリン濃度が、103.50μg/mlという異常な高値(テオフィリン血中濃度30μg/ml以上の急性テオフィリン中毒患者の平均テオフィリン血中濃度は60μg/ml(30から245μg/mlまでに分布))を示していることが判明した。そこで、Bは付き添っていた「父親
」(筆者註・判決中は実名)に対し、2.3日入院の必要があることを告げ、Aを入院させる措置をとった。
(3)控訴人病院医師は、Aのテオフィリン中毒に対する治療として、血液吸着療法を実施することになり、その実施ができるまでの間、胃洗浄、NGチューブにより活性炭投与を実施した。活性炭の投与後、嘔吐はおさまった、
同日午後2時23分ころから、控訴人病院の透析室に移動し、抗凝固剤としてフサンを使用して(投与量は、開始時に50mgをワンショット投与、その後、1時間当たり50mgを持続注入の予定)、活性炭による血液吸着療法を開始したが、同日午後2時50分ころ、回路内で血液が凝固したため、これを中止した。
(4)控訴人病院医師は、同日午後3時40分ころから、抗凝固剤をヘパリンに変更し(投与量は、開始時に1000単位をワンショット投与、その後、1時間当たり1000単位を持続注入の予定)、再度、血液吸着療法を開始したが、同日午後4時ころ、回路内で血液が凝固したため、これを中止した。
(5)血液凝固療法を中止した後に行った血液検査では、Aの血中テオフィリン濃度は62.88μg/mlという結果が出た。同療法で治療効果が上がっていることが確認されたことから、さらにその血中テオフィリン濃度を下げる治療を継続する必要があるが、控訴人病院では血液吸着療法に用いるカラムがなくなってしまったことから、同病院の関係医師間では、透析の方に踏み切ることで異見が一致した。
(6)透析の準備をしている間、Aは、尿意を訴え、車椅子でトイレに向かったが、その途中、同日午後4時20分ころ、3分間ないし4分間にわたり、全身性硬直痙攣発作を起こした。また、同日午後4時40分ころにも、同様の発作を起こした。
(7)被控訴人病院医師(筆者註・判決文ママ)が、同日午後4時55分ころ、中心静脈ラインを確保するために、Aの右鼠径部にWルーメンカテーテルを挿入したところ、シリンジ内に凝血塊が認められ、また、右鼠径部より採血をしたところ、シリンジ内で凝血塊ができた。この時の血液ガス分析において、著明な代謝性アシドーシスが認められた。そのため、被控訴人病院医師(筆者註・判決文ママ)は、メイロン(炭酸水素ナトリウム)を投与した。
バルーンカテーテル挿入後、黄色クリアな尿が1000ml出てきたが、その数分後から、血尿が出現し、以降、止まらなくなった。
(8)被控訴人病院(筆者註・同)医師は、痙攣発作後Aの心拍数が170から180になり、凝血塊もできたことから、肺動脈血栓により血流低下のため痙攣を起こした可能性もあると考え、同日午後5時10分ころ、心エコー検査を実施したが、肺塞栓、冠動脈塞栓の所見は認められなかった。なお、血栓による肺動脈主幹部の閉塞の危険性を考慮して、ヘパリン5000単位をワンショット投与した。また、出血源を精査するためのCT検査をした結果、腹部に血腫状のものが認められた。
(9)同日午後6時40分ころ、Aの収縮期血圧が70mmHg台となり、血尿も続き、眼源結膜が蒼白となっていたため、控訴人病院医師は、出血性ショックと判断し、プラズマネートカッター(加熱人血漿タンパク)を投与し、AをICUに移した上で、右〓骨静脈にラインを確保して、アルブミン、ヘスパンダーで補液を行った。また、SIMV(最低強制換気を行うモード)で人工呼吸を開始した。血圧低下に対しては、昇圧剤と補液で対処したが、上昇せず、収縮期血圧が70〜80mmHg台であった。なお、ICU内での血液検査において、血小板減少、FDA(フィブリノゲンという血液凝固因子が分解されてできる物質)上昇、APTT(血液凝固因子の減少、機能低下等を反映する検査)異常高値が認められた。
(10)Aには、同日午後7時ころから全身性の痙攣が見られたが、セルシンの投与により改善した。また、Bは、このころ、輸血のためのMAPの準備を指示し、輸血のクロスマッチを実施したが、APTT延長していつまでも凝固しないなど、なかなか結論がでなかった。そこで、同医師らは、輸血までの間、アルブミン、ヘスパンダーなどの投与で対処した。
(11)しかし、同日午後8時35分ころ、血圧触診ができない状態で、出血性ショック状態としては極めて危険な状態となり、ヘモグロビンが2.9g/dlにまで低下したことから、控訴人病院医師は、クロスマッチの結果を待たずに、MAPの輸血(最終的な総投与量24単位)を開始した。
(12)輸血を行ったにもかかわらず、Aについて、血圧上昇はなく、心拍数は40に低下した。同日午後8時40分ころ以降、控訴人病院医師は心臓マッサージ、ボスミン、硫酸アトロビン、キシロカインの投与等を実施したが心拍数が戻らず、挿管チューブから血液が噴き出す状態で、心停止状態が続き、同日午後9時28分、Aの死亡が確認された。死亡診断書においては、その死因は出血性ショックによる肺出血とされた。
(13)控訴人病院のC(筆者註・病理医、判決中では実名)は、同日から翌2日にかけて、Aの剖検を行った。その所見は以下のとおりである。
ア 両側肺葉とも著しく膨隆し、暗赤色を呈し肉眼的には肺出血を思わせる。しかし、組織学的には、肺小静脈に著しい赤血球充満を見る肺鬱血である。肺胞壁にも鬱血所見を認める。散在性に肺胞内出血所見も認められるが、鬱血に伴う二次的変化であり、主たる変化は肺鬱血である。
イ 小骨盤腔内並びに両側腎下極に至る後腹膜腔内出血、小骨盤腔から腹腔内へ波及したと思われる血液を認めるが、多量の腹腔内出血といった所見は認められない、大動脈及び両側総腸骨動脈、外腸骨動脈、内腸骨動脈並びにそれらに並行する静脈に血管壁破綻を思わす所見は認められない。
ウ 膀胱壁全層の漏漫性出血等を認める。特に粘膜下組織には全周性の血腫の形成を認める。
エ 本例の著しい肺鬱血は急性左室不全を反映しており、直接死因は、急性左室左室不全及び出血性ショックと思われる。
血液吸着療法による吸着前に血中に致死量の倍量のテオフィリンが確認されており、この急性左室不全はテオフィリン中毒によるものと推認される。ただし、血液凝固能低下に基づく出血とテオフィリンとの直接の因果関係については、明解な結論が得られていない。
(14)Aのヘモグロビン値は、透析室内において14.2g/dlであったのが、カテーテル挿入直後にAがICUに入室した際には6.4g/dl、輸血直前には2.9g/dlに低下していること、また剖検を担当したCは、Aの後腹腔内の出血について、猛烈な出血であったと思われ、出血量は大雑把に2000mlを超すのでないかと推定される旨証言していることからすれば、カテーテル挿入直後のAの後腹膜腔内の出血は2000ml程度であったと推定される。
なお、Aの身長は164cm、体重は53.8kgであって、推定循環血液量は4000ml程度と推定される。
2争点1(抗凝固剤の使用方法を誤った過失の有無)について
(1)この点について3名の鑑定人による複数鑑定(討議方式)の結果(補完鑑定を含む。以下同じ。)は、以下のとおりである。
ア 本件での血液吸着療法において、フサンを使用しても、その分子量からほとんど活性炭に吸着されてしまい、回路内の抗凝固作用を示さないから、その使用は必ずしも適切であったとはいえない。なお、本件でフサンの使用量が最初100mgと通常よりかなり大量に使用されているが、これは、フサンが吸着されることを考慮して抗凝固作業を期待したものと考えられる。しかし、フサンを使用することにより抗凝固作用が全く作用しなかったとしても、患者の生命予後に影響を及ぼすものでもないから、禁忌であったとはいえない。
また、ヘパリンの投与量も不十分であった可能性が高いが、患者の出血傾向、出血性病変の有無が不明な状態では、可能な限り少量から使用したことはやむを得なかった。
イ 体外循環維持の回路内血液凝固の際、当初から患者の血液自体に過剰凝固血栓形成傾向を認めることはあるが、強制的に返血を試みない限り、患者生理に影響することは通常考え難い。
(2)これに対しT(筆者註・判決文では実名)作成の意見書(以下T意見書)の異見は、以下のとおりである。
ア 血液吸着療法である活性炭療法においては、フサンはほぼ100パーセント活性炭に吸着されてしまうため、抗凝固剤としての役割を果たず(判決文ママ)、その状況下で血管外のところへ血液を流そうとすると、当然に血液が固まってしまう。そこで、この場合、フサンの使用は禁忌とされており、このことは文献に明記されている。またヘパリンについては、開始時に2000ないし3000単位を使用するよう指示されているのもかかわらず、控訴人病院医師は、本件において、1000単位しか使用しておらず、抗凝固剤の使用方法を誤っている。
本件では、1回目の吸着量法時にフサン50mgを使用し、2回目は抗凝固剤をヘパリンに変更したが1000単位しか使用せず、その結果、2回とも回路内で血液凝固が生じている。これは抗凝固剤の使用方法に誤りがあったことを示すものである。
イ 上記のとおり、抗凝固剤の使用方法に誤りがあったため、回路内での血液凝固系の活性化(すなわち、血液が固まりやすくなった状態の出現)と血栓形成、それに引き続く消費制凝固障害(患者の凝固因子が相当に消費されてしまったことにより生じたもの)を生じた。本件の場合、骨盤付近の血管をカテーテル挿入時に損傷した可能性があるが、この血管破綻がないという解剖所見が真実であるとすれば、患者の通常では考えられない出血については、上記消費制凝固障害が原因となって出血が継続的に起こり、DIC様の症状を呈したものと考えざるを得ない。
(3)そこで検討するに、本件においてフサンの使用が、回路内の抗凝固作用の観点からは無意味であったことについては、原審での複数関係及びT意見書が一致して認めている。さらにT意見書は、文献の記載からすれば、フサンの使用は禁忌であったとしているが、同文献の記載部分は活性炭療法においては、フサンは分子量が約540でほぼ100パーセント活性炭に吸着されるため、抗凝固剤として効果がないことを示すじとどまり、これにより何らかの悪影響が生じるとの趣旨を含むものとは解されないかいから、フサンの使用が禁忌であったとまでは認めることができない。
またヘパリンの使用について、T意見書は、同文献上、血漿交換療法開始時におけるヘパリンの投与量が2000ないし3000単位とされていることを指摘するものの、同文献には、「患者の血液凝固系の状態に応じて投与方法は医師の指示に従って決定して下さい。」との付記がされていることからすれば、上記投与量は絶対的基準ではないものと解される。したがって、この点に関して、患者の出血傾向、出血性病変の有無が不明であったことを理由に、可能な限り少量から使用したことはやむを得なかったとした原審での複数関係の結論を覆すに足りないというべきであるから、ヘパリンの使用法が誤りであったということもできない。
そうすると、控訴人病院医師に、抗凝固剤の使用方法を誤った過失があったということはできない。
(4)この点についての被控訴人らの主張は採用することができない。
3 争点2(カテーテル挿入の際に、血管を損傷した過失の有無)について
(1)この点について原審での複数鑑定の結果は、以下のとおりである。
①CT画像及び腹部単純X線写真において、カテーテルが右大腿静脈及び下大腿静脈内に認められず、正確に静脈内に留置されていないと判断されること、②CT画像において、カテーテルを中心に血腫の形成が認められること(カテーテルの位置については、穿刺部では静脈内にあると思われるが、より頭側のスライスでは大腿静脈の腹側に、さらに頭側のスライスでは大腿静脈内の左側に位置しており、刃レーションを考慮しても、なお穿刺部位より約3cm頭側で静脈を損傷し静脈外に留置されている可能性が高い。)、③造影後CT画像において、カテーテル周囲の血腫内に造影剤の血管外流出が認められており、動脈出血が疑われること、④臨床的にも、カテーテル挿入後に、肉眼的血尿、急激な出血を思わせるヘモグロビン値の低下、代謝性アシドーシスが出現していることからすれば、カテーテル挿入時の手技等に不適切な点があったため、穿刺の際に動脈血管を損傷したことが疑われる。
なお、造影剤が静脈内に留置されたカテーテルにより投与されたものか、他の末梢静脈より投入されたのかが控訴人病院の記録上明らかでないため、出血の原因について明快な判定が困難な面もあるが、穿刺部位より約3cm頭側で造影剤の血管外流出が認められており、同部付近の脈管の損傷が予測される。急激な血腫の形成と血管外流出が著しいことにより動脈損傷と考えられるが、カテーテルにより造影剤が注入されていれば、静脈性の出血の可能性もある。ただし、損傷部位については、穿刺部位より約3cm頭側のスライスで造影剤の血管外流出が認められており、穿刺の際の動脈損傷は否定できないと思われる。
(2)これに対しT意見書の意見は以下のとおりである。
①CT画像上、一見すると、カテーテルが静脈外に留置されているかのように見えるものの、パーシャルボリューム効果(単位体積中に吸収値を異にする複数の物質が含まれている場合に、その内容物が占める割合に応じて、CT画像上で表現される吸収値が変化し、その結果、組織の辺縁が不明瞭になる現象)及びビームハードニング(連続X線が物質を通過する際、低エネルギーの方がより多く吸収され、結果的にエネルギーピークが高い方に移動することにより、異常画像が発生する現象)を考慮すれば、直ちに静脈外にあると判断することはできず、仮にカテーテルが静脈外に出ていたのであれば、カテーテルから注入された液体が漏出したはずであるにもかかわらず、剖検の際に、このような事実は確認されていないこと等の事情を考慮すれば、カテーテルの先端は、下大静脈内にあったと考えるほかないこと、②カテーテルから造影剤が直接漏出したのであれば原液のまま漏出することになり、この場合、CT画像上ではハレーションを引く程の高信号の液体の溜まりとして見えるはずであるが、そのようなものが画像上存在しないことからすれば、CT画像で見られた造影剤は、カテーテルから直接漏出したものではなく、肺や心臓を通って20倍ないし30倍に希釈されたものであると考えるのが整合的であること、③血腫は様々な方向に広がるため、カテーテルを中心に血腫が存在することをもって、当該部位から出血があったものと認めるのは不自然であり、新しい出血に一致する血管外の造影剤の溜まりがある中心部位が膀胱周囲の後腹膜付近であることからすれば、出血部位はこの部位であったと考えられること、臨床的にみても、急に血尿が出現した点、剖検所見で膀胱の全層に出血があり、粘膜剥離を起こしていることから考えると、出血部位は膀胱又はその近くの後腹膜であり、その血液が骨盤の横の壁及び外腸骨動脈、静脈周囲に及んだと考えるのが妥当であること等の事情を総合すれば、原審での複数鑑定の示す根拠はいずれも合理性を欠いており、カテーテルによる血管損傷等があったとは考えられない。
(3)上記のとおり、原審での複数鑑定とT意見書とは、CT画像の読影方法、出血の原因について意見が相違し、その結果、控訴人病院医師がカテーテル挿入の際にAの血管を損傷した事実の有無について反対の結論に至っている。そこで、両者の相違点と結論の当否について検討を加える。
ア ①の点につき、原審での複数鑑定は、CT画像上、カテーテルが右大腿静脈及び下大静脈内に認められないことから、カテーテル挿入時に血管損傷が生じたとの結論を導いているのに対し、T意見書は、CT画像上、カテーテルが静脈外にあるかのように見えるものの、パーシャルボリューム効果及びビームハードニングを考慮すれば、直ちに静脈外にあるものと断定することはできず、剖検時に、漏出した液体が認められなかったことを考慮すれば、むしろ、静脈内に留置されていたと考えるのが妥当であるとしている。
そこで考えるに、CTの構造上、パーシャルボリューム効果、ビームハードニング等による偽像が発生する可能性があるとの一般的知見は認められるものの、これが本件のCT画像について、具体的にいかなる影響を及ぼしたかはT意見書によっても明らかではないこと、原審での複数鑑定は、カテーテルが穿刺部では静脈内にあるが、より頭側のスライスでは大腿静脈の腹側に、さらに頭側のスライスでは大腿静脈の左側に位置しているとするなど具体的かつ説得的であること、このような判断はハレーションを考慮してもなお、穿刺部位より約3cm頭側で静脈を損傷し、カテーテルが静脈外に留置されている可能性が高いとするものであって、CTの構造上生じ得る誤差を考慮した上での結論であると解されること等の事情を総合すれば、CT画像上の所見としては、カテーテルが静脈外に留置されている蓋然性が高いと判断するのが相当である。
控訴人は①乙A28の上段のフィルム(CT画像)は、カテーテルの先端を写した写真であるところ、同フィルムのカテーテル周辺の黒い像はアーチフェクト(虚像)であり、同書証の下段に写っている下大静脈と比較しても、カテーテルが血管内に留置されていることが分かる、②乙A30の上段のフィルムと平成12年12月8日撮影のAに関する乙A32の上段のフィルムを比較すれば、カテーテルの位置は、乙A32の上段のフィルムに写っている下大静脈内に留置されていることが分かる、③A以外の患者のCT画像(乙A35)によれば、血管内に留置されているカテーテルの周辺に黒い像が見えるが、これはアーチフェクトであると主張している。
しかし、①についていえば、乙A28の上段と下段の各フィルムは同じ瞬間に撮影されたものでなく、呼吸のタイミングで血管の大きさは変化することを考慮すれば、両者を比較してカテーテルの先端が静脈内に留置されているか否かを論ずるのは適切でない。また、②についていえば、乙A32の上段のフィルムの画像においてカテーテルが静脈内に留置されていると判断することはできない、さらに、③についていえば、A以外の患者のCT画像は、本件当時のAのCT画像と種々の点で異なる条件の下で撮影されたものであると推認されるから、両者を比較して乙A28の上段のフィルムの画像においてカテーテルが静脈内に留置されているとすることはできない。したがって、控訴人のこの点の主張は採用でいない。(判決文ママ)
次に、剖検の際に漏出した液体の存在は確認されていないが、Aについては、鼠径部のほか、右橈骨静脈にもルート確保がされており、いずれから、どの程度の量の輸注がされたかについては明らかではないこと、剖検時点は、カテーテルからの液体の漏出は特段考慮されていなかったと考えられるから、漏出が存在しなかったと断定することはできないこと等の事情を考慮すれば、上記事実から直ちに、カテーテルが静脈外に出ていたとの事実を覆すことはできないというべきである。
イ また、T意見書の②、③の点について検討するに、CT画像において、カテーテルを中心に血腫の形成が認められ、造影後CT画像において、カテーテル周囲の血腫内に造影剤の血管外流出が認められこと(判決文ママ)、そして、このCT画像が、カテーテルから造影剤が直接漏出した場合に生ずるはずの画像と矛盾するものであることを裏付けるに足りる的確な証拠はないこと、動脈あるいは静脈の損傷がなければ、CT画像で認められる造影剤の血管外流出は生じないことからすれば、造影剤の血管外流出は、血管の損傷を強く推認させるものというべきである。また、血腫が存在する以上、出血部位がその付近であることを推認させる事実であることは否定できない。
ウ 上記ア、イで考察した点のほか、前記認定のとおり、臨床的にも、カテーテル挿入直後に、Aには、肉眼的血尿、急激な出血を思わせるヘモグロビン値の低下、代謝性アシドーシスが出現していること、研修医として本件診療に関与していたD(判決文では実名)が、剖検時の記録において、「小骨盤に大きな出血塊があり、右鼠径部からのWルーメン挿入時、血管を損傷したことによる出血であろう」と記載していること(なお、原審証人Cは、上記記載は、Dが勝手に書いたものである旨証言するが、研修医が医療記録に、自己の判断を他の医師に無断で記載することは考え難いから、上記証言は直ちに信用することができないといわざるを得ない。乙A27の陳述記載のうちこれに反する部分は、訴訟後に作成されたものであり、たやすく採用できない。)、一旦はカテーテルを正常に静脈内に留置したにもかかわらず、痙攣等により移動して血管を損傷するということは、通常起こりえないこと(控訴人は、構造上このような事態もあり得る旨を主張するようであるが、その具体的機序については何ら主張がない上、カテーテル留置後血尿ないし血腫が生じるまでの間に、痙攣が起きたことを認めるに足る証拠もないから、控訴人の主張は採用することができない。)を併せ考慮すれば、原審での複数鑑定の上記(1)の見解には合理性があるというべきであり、本件においては、Aの鼠径部に挿入されたカテーテルの先端が、その動脈血管を損傷した蓋然性が高いと認めるのが相当である。
エ この点に関し、剖検診断書には、大動脈及び両側総腸骨動脈、外腸骨動脈、内腸骨動脈並びにそれらに平行する静脈に出血の原因を推定させる血管壁破綻を思わす所見は認められない」との記載があり、剖検を担当したCは、原審で、カテーテルを穿刺した部位の皮膚に切り傷を入れて、大腿静脈の血管を漏出させ、大腿静脈を切っていき、外腸骨動脈と内腸骨動脈の分岐部、それより先の総腸骨動脈まで開き、血管の表面を3人の医師で目視により検査するとともに水道水を注ぐ検査を行ったが、血管を突き破ったような痕跡は確認できなかった旨述べている。しかし、目視だけで血管損傷の有無を確認することは困難であるというべきところ、血管損傷の蓋然性が高いことを裏付ける上記の角諸事実に照らし、目視においては見落としがあったと考えざるを得ない。また、水道水を注ぐ検査を行ったいうが(判決文ママ)、通常の剖検では血管に水道水を注いで血管損傷を確認することまではしていないことは控訴人も自認しているところ、剖検診断書には、特に水道水を注ぐ検査を行った旨の注記はなく、他に同検査が行われたことを裏付ける客観的な証拠はない。原審証人Cのこの点の記述はE(判決文では実名だが、誰?Dの間違いか)の上記剖検時の記録の記載とも整合せず、たやすく信用できない。
また、大腿静脈へのカテーテル挿入術を担当した控訴人病院のF(判決文では実名)は、当審で、同手術を定められた手順に従って適正に行っており、その過程で血管を損傷したことはあり得ない旨供述し、乙A23、乙A38には同趣旨の陳述記載があるが、血管損傷の蓋然性が高いことを裏付ける上記の各諸事実にに照らし、たやすく採用できないといわざるを得ない。
T意見書は、出血部位は膀胱又はその近くの後腹膜であり、その血液が骨盤の横の壁及び外腸骨動脈、静脈周囲に及んだと考えるのが妥当であるとし、そのことを血管損傷を否定する根拠としているが、原審証人Cは、膀胱の出血は漿膜の方まで及んでいたが、この出血によっては後腹腔内の2000mlを越える(判決文ママ)大量の出血については説明ができないと証言しており、また、後腹膜から瀰漫性の出血があったという見解が、同部分における急激な大量の出血をうかがわせる上記臨床経過と整合せず、採用できないことは後記のとおりであって、T意見書のこの点の意見は採用できない。
(4)そして、静脈にカテーテルを挿入する際には隣接して存在する動脈を損傷するリスクがあり、仮に動脈を損傷すれば、損傷の程度によっては大量の出血を招く恐れがあることが当然予見し得ることであるから、控訴人病院医師においては、カテーテル挿入の術式の施行に当たっては、穿刺の際に他の血管を損傷したりすることのないよう細心の注意をもってこれを行う注意義務があるというべきところ、同医師は、この注意義務に違反し、上記のとおり動脈血管を損傷した過失があるといわざるを得ない。
(5)したがって、この点についての被控訴人らの主張には理由がある。
4 争点6(因果関係の有無)について
(1)Aの死因について
Aの死因につき、控訴人は、①テオフィリンによる脳血管の収縮により生じた脳虚血に起因する中枢性ショック、②テオフィリンの心筋毒性により生じた肺水腫に起因する心不全、③テオフィリンによる血管拡張による循環量の減少に起因するショックのいずれか又はこれらが複合的に発生したことにより心不全に陥ったものであり、仮に出血性ショックがあったとしても、大きな影響はなかった旨を主張する。しかしながら、控訴人病院において剖検を担当した原審証人Cが、明確に、テオフィリンの心筋毒性により心筋損傷を生じて、急性左室不全に陥ったとの機序を認めるに足りる所見はなく、死因は出血性ショックであった旨証言しており、剖検診断書にも同趣旨の記載があること、I(判決文では実名)作成のテオフィリン中毒に関する意見書は、本件でAに見られた症状が、いずれもテオフィリン中毒により生じたものであるとの説明が可能であるとするにとどまり、Aが死亡した具体的機序については何ら言及していないこと、Aの出血量は少なくとも2000ml程度はあり、同人の体重から推定される循環血液量を考慮した場合、出血性ショックを生じ得る程度の出血があったものと考えられること、死亡診断書作成時点では、出血性ショックとの診断がされていたこと等の事情を総合すれば、Aの死因は、出血性ショックであったと認めるのが相当である。
(2)出血性ショックの原因について
ア Aの出血性ショックの原因についての原審での複数鑑定の結果は、以下のとおりである。
(ア) 動脈血管損傷による急性出血あれば(判決文ママ)、大量の凝固因子、血小板の消費を引き起こし、血管凝固障害に影響を与えるとともに、腹腔内大出血と著明な血尿を生じ、出血性ショックを招き、重症代謝性アシドーシス、急激な消費性凝固障害が惹起された可能性があり、ひいては肺出血、多臓器不全へと進展し、死亡した可能性がある。
本件において、カテーテル挿入時に動脈血管損傷が疑われ、その結果として、後腹腔内2000mlという大量の出血が生じたことが推定され、また、その後、血小板減少、FDA(フィビリノゲンという血液凝固因子が分解されてできる物質)上昇、著明な出血傾向、APTT(血液凝固因子の減少、機能低下等を反映する検査)異常高値が認められており、消費性凝固障害が惹起されていたと認められ、その原因としては急性出血性ショックが考えられる。
(イ) 文献において、テオフィリン中毒により出血傾向又は血液凝固障害を生じた例は報告されていないこと、剖検において認められた出血が、後腹膜腔、腹腔内、膀胱周囲に限局していることからすれば、テオフィリン中毒は、出血の原因及び程度に影響を与えていないと推定される。
イ Aの出血性ショックの原因について、T意見書及び原審C証人がいうところは、概要、以下のとおりである。
(ア) 仮に血管損傷があったとしても、カテーテルが留置されたままの状態であれば、カテーテルにより穴が塞がれるため、出血性ショックに至る程度の出血を生じることは考え難い。
出血部位(血液漏出場所)については、造影剤の溜まり方から、外腸骨動脈、静脈からの出血は考えにくい。骨盤内出血を起こす血管としては、内腸骨動脈、静脈の枝が考えられ、そこからの出血となる。しかも、骨盤内の右腹側であることから、右膀胱動脈(小血管からこれほどの出血と考えると動脈であろう。)が考えられる。臨床的に、急に血尿が出現した点、剖検所見で膀胱の全層に出血があり、粘膜剥離を起こしていることから考えると、出血部位は、膀胱又はその近くの後腹膜であり、後腹膜を経由して、骨盤の横の壁及び外腸骨動脈、静脈周囲に及んだと考えるのが妥当である。
(イ) (ア)のとおり、血管が破綻したことによる出血が生じていないとすれば、Aの出血の原因は、A側に何らかの出血する要因があったと考えるほかない。Aの場合についてみると、テオフィリン中毒に基づく血液凝固異常が生じ、これにより、後腹膜腔内、膀胱壁、膀胱内の各場所において瀰漫性の出血(血管壁から砂地ににじみ込むように出血する。)を来したと考えられる。
ウ そこで検討するに、前記認定事実によれば、控訴人病院入院中の2回の検査において、Aの血中テオフィリン濃度は、1回目が103.50μg/ml、2回目が62.88μg/mlとの結果であったことが認められるところ(なお、被控訴人らは上記検査結果は誤りである旨を主張するが、血中テオフィリン濃度が100μg/ml程度まで上昇した後に、回復した例も報告されていること、他に上記測定の正確性を疑うに足りる事情はないこと等を考慮すれば、上記検査結果が誤りであったと認めることはできない。)、血中テオフィリン濃度は40ないし60μg/ml程度で、すべての患者の中毒域とされることからすれば、Aは、控訴人病院受診時点で、テオフィリン中毒の状態であったと認められる。
エ しかし、テオフィリン中毒により、出血、血液凝固異常等を生じ、出血性ショックを発症し得るとの医学的知見が存在しないことについては、原審証人Cも認めるところであり、そのような知見を記載した文献の存在することの立証もない。そして、前記認定のとおり、Aの血中テオフィリン濃度は、控訴人病院受診時以降、改善傾向にあったこと、剖検において認められた出血が、後腹膜腔内、腹腔内、膀胱周囲に限局していることをも考慮すれば、原審での複数鑑定が述べるとおり、テオフィリン中毒はAの出血の原因及び程度に影響を与えていないと推定するのが相当である。他に、Aの死因となった出血性ショックが、テオフィリン中毒により生じたものであることを積極的にうかがわせる的確な証拠はない。
一方、前記認定のとおり、カテーテル挿入時に血管損傷を生じていること、カテーテル挿入直後から後腹腔内に2000ml程度の大量の急激な出血が生じており、このことは、カテーテル挿入直後に肉眼的血尿、急激な出血を思わせるヘモグロビン値の低下、代謝性アシドーシスが出現しているなどの臨床経過により裏付けられること、原審証人Cは、テオフィリン中毒に基づく血液凝固障害により瀰漫性の出血(いわゆる血液がぴゅーっと飛ぶような出血ではなく、じわじわ滲み出すような出血)を来したものであるとの見解を述べるが、この見解は後腹膜腔内に急激に大量の出血を生じたことをうかがわせる上記臨床経過と整合しないものであることからすれば、本件では、前記動脈血管の損傷による大量の出血が、出血性ショックの原因であると認めるのが相当である。
オ なお、原審証人Cは、剖検において、後腹膜腔内、腹膜内、膀胱壁及び膀胱内の4か所に出血が認められたところ、後腹膜腔の出血については、後腹膜腔の出血が逆流して膀胱内等に入ることは考え難いから、上記原因によるものではあり得ないことからすれば、上記出血はいずれも、血管損傷による破綻性の出血ではなく、血液凝固異常による瀰漫性の出血であったと考えられる旨を供述している。しかし、膀胱壁及び膀胱内の出血原因が破綻性出血ではないことから直ちに、後腹腔内に破綻性出血があったことを否定することはできないというべきである。
むしろ剖検診断書によれば、腹腔内に認められた血液は、小骨盤腔から波及した血液であるとされている。また、D作成の診療記録には、病理解剖の結果として、Aの膀胱壁は薄くほとんどない状態で、小骨盤出血が薄い膀胱壁を通して、膀胱内に侵入し、それが血尿となっていた可能性が強いとのことであったとする記載があり、Aにおいてそうした事態が惹起された可能性が考えられ(控訴人は、上記記載は、Dが勝手に書いたものであるかのようにいうが、研修医が、医療記録に、自己の判断を他の医師に無断で記載することは考え難いから、控訴人の主張は直ちに採用できない。また乙B27(O医師の意見書)には、尿路外の血管損傷を伴う血腫から尿路内へ直接血液が浸透し血尿になることは医学的にあり得ない旨の記載があるが、膀胱壁に異常が生じていないことを前提にした一般論を述べたものであり、剖検の際のAの膀胱壁の状況を見分した結果に基づく意見ではないから、この記載をもって、上記診療録の記載を事実でないと断定することはできない。ただし、膀胱壁が薄くほとんどない状態というのがどのようにして生じたかについてはこれを明ら(判決文ママ)にする証拠はない。)、また上記大量出血に引き続いて消費性凝固障害が生じたことはあり得ることであり(原審での複数鑑定の結果)、それが出血を助長した可能性があると認められる。
次に、控訴人は、出血性ショックの原因がカテーテル挿入とは無関係に生じた極めて異例な凝固異常による〓邇漫性出血であることの証拠のひとつとして、Aについては、カテーテルを挿入した直後に多量の凝血塊が吸引されており、カテーテル挿入前(午後2時50分ころ及び午後4時ころ)から極めて異常な血液の凝固が生じていたと主張している。しかし、通常、血管内に留置されたカテーテルから凝血塊が吸引されることは、まずあり得ないことであり、血管損傷により生じた血管周囲の血腫を吸引した可能性が高いと認められる。また、前記1の(3)及び(4)に認定したとおり、カテーテル挿入前にAに血液凝固が生じたのは血液吸着療法を施行中のことであったと認められるところ、T意見書及び原審での複数鑑定の結果に照らせば、上記血液凝固は、血液吸着療法の施行にあたっての抗凝固剤の使用が不適切であったため、それが不足して血管外に流れる血液に凝固が生じたものと認めるのが相当である。したがって、抗訴人のこの点の主張は採用できない。
さらに、仮に腹膜内、膀胱壁及び膀胱内の出血が、血管損傷以外の原因によるものであったとしても、後腹膜腔のみでも、2000ccを程度(判決文ママ)猛烈な出血があったのであり、Aの体重から推定される循環血液量を考慮すれば、前記動脈血管等の損傷による後腹膜腔内の出血が、出血性ショックの主たる原因であったものと認めるのが相当であるから、結局、前記エの認定を覆すものではないというべきである。
(3)したがって、抗訴人病院医師がAの血管を損傷した過失と、同人の死亡との間には因果関係があるというべきであるから、この点についての被抗訴人らの主張には理由がある。
5 争点7(治療行為前に存在したテオフィリン過剰摂取という本人の行為が結果に重大な寄与をしているか否か)
抗訴人は、本件は、Aが抗訴人病院に運ばれる前にテオフィリンを過剰摂取したことが端緒になっている事案であり、このAのテオフィリンの大量摂取という行為が、死の結果を招く端緒であるだけでなく、決定的要因になっていることからすれば、抗訴人に何らかの法的責任があるとされた場合でも、Aの用法に反したテオフィリンの服用行為につき、民法722条2項を適用又は類推適用して過失相殺がされるべき旨を主張する。
しかしながら、既に説示したとおり、Aの死亡原因は、抗訴人病院医師によるカテーテル挿入時の血管損傷によって起きた出血性ショックであり、本件において、テオフィリン中毒がこれに与えたことを認めるに足りる的確な証拠はないから、抗訴人の主張は採用することができない。
6 争点8(損害額)について
(筆者略)
第4 結論
以上の次第で、被抗訴人らの請求は、その余の争点につき判断するまでもなく、抗訴人に対し、各金3672万8429円及びこれに対する平成13年1月1日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、上記限度で認容し、その余の請求は理由がないからこれを棄却すべきである。よって、これと異なる原判決を上記のとおり変更することとし、主文のとおり判決する。
東京高等裁判所第19民事部
裁判長裁判官 青柳 馨
裁判官 豊田 建夫
裁判官 長久保 守夫
<<前の記事:判決文(1) 福島県立大野病院事件第11回公判(0):次の記事>>
コメント
「Aの膀胱壁は薄くほとんどない状態で、小骨盤出血が薄い膀胱壁を通して、膀胱内に侵入し、それが血尿となっていた可能性が強いとのことであったとする記載があり、Aにおいてそうした事態が惹起された可能性が考えられ」
ってほんきで裁判官は信じてんですか?どんなに薄くたってあるとないとは大違いです。昔の透析はセロハン膜一枚で血液と透析液を分離していたんですよ。
>うらぶれ内科先生
コメントありがとうございます。
判決が医学的にどうなのかは素人に判断つきません。
ただ、文章を書いて生きている人間として見ると
この判決文は読み返しもしてない
「やっつけ仕事」だと思います。