判決文(1)

投稿者: 川口恭 | 投稿日時: 2007年12月20日 12:10

亀田訴訟の東京高裁判決文です。
長いのでいくつかに分割してアップします。


平成19年12月13日判決言渡
平成18年(ネ)第4533号損害賠償請求控訴事件


  主文

1、原判決を次のとおり変更する。
(1)控訴人(筆者註・亀田病院側)は、被控訴人(筆者註・患者さん遺族)らに対し、各金3672万8429円及びこれに対する平成13年1月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2)被控訴人らのその余の請求をいずれも棄却する。
2、控訴費用は、これを6分し、その1を被控訴人らの負担とし、その余を控訴人の負担とする。
3、この判決は、被控訴人ら勝訴部分に限り、仮に執行することができる。


事実及び理由

第1 当事者の求めた裁判
1、控訴人
(1)原判決を取り消す。
(2)控訴人らの請求をいずれも棄却する。
(3)訴訟費用は、第1、2審とも、控訴人らの負担とする。
2、被控訴人
(1)本件控訴を棄却する。
(2)訴訟費用は控訴人の負担とする。

第2 事案の概要
 本件は、嘔吐等の症状を訴えて控訴人の開設する病院を受診し、血液吸着療法、輸血等の治療を受けた患者が、受診から約17時間後に死亡したのは、①抗凝固剤の使用方法を誤った過失、②カテーテル挿入の際に、血管を損傷した過失、③ヘパリン5000単位を投与した過失、④出血に対する止血措置を怠った過失、⑤適切な輸血を怠った過失によるものなどと主張して、死亡した患者の両親である被控訴人らが、控訴人らに対し、不法行為又は債務不履行による損害賠償請求権に基づき、損害額各地4408万6890円及びこれに対する患者死亡の日(平成13年1月1日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を請求した事案である。
 原判決は、被控訴人らの各請求について、控訴人に対しそれぞれ4077万8429円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める限度でこれを容認し、その余を棄却した。控訴人は、原判決を不服として本件控訴を提起した。

1 前提事実
(1)当事者等
(筆者略)
(2)事実経過(特に断りのない限り、平成13年中の出来事である。)
ア A(筆者註・患者さん−判決中では実名)は、従前から喘息の治療のため控訴人病院に入通院しており、テオロング(テオフィリンの商品名。以下同じ)の処方を受けていた。
イ Aは、1月1日午前1時ころ、テオロングを服用した直後に嘔吐等の症状を訴え、同日午前4時30分ごろ、控訴人病院を受診して、B(筆者註・医師−判決中では実名)の診察を受けた。Bが血中テオフィリン濃度の検査を実施したところ、103.50μg/mlという高値であった。
ウ 控訴人病院医師は、Aの症状の原因につき、テオフィリン中毒と判断し、1月1日午後2時23分ころから、抗凝固剤としてフサンを用いて血液吸着療法を実施したが、約27分後に回路内で血液凝固が生じた。
エ 控訴人病院医師は、同日午後3時40分ころ、抗凝固剤をヘパリン1000単位に変更して、血液吸着療法を実施したが、約20分後に再度、回路内で血液凝固が生じた。
オ Aは、1月1日午後4時20分ころ及び午後4時40分ころ、全身性硬直痙攣発作を起こした。
カ 控訴人病院医師が1月1日午後4時45分ころ、中心静脈ラインを確保するために、Aの右鼠径部にカテーテルを挿入したところ、シリンジ内で凝血塊ができた。また、その数分後から、血尿が出現した。
キ 控訴人医師は、肺塞栓の可能性を考え、1月1日午後5時10分ころ、Aに対し、ヘパリン5000単位を投与した。
ク 控訴人病院医師は、1月1日午後6時40分ころ、Aの血圧が低下したため、AをICUに収容し、治療と並行して、輸血のためのクロスマッチ(交差適合試験)を行ったが、結論が出なかった。
ケ 1月1日午後8時35分ころ、Aの血液中のヘモグロビン量が2.9g/dlに低下したため、控訴人病院医師は、同日午後8時37分ころ、人赤血球濃厚液(MAP)の輸血を開始し、合計24単位を輸血した。
コ 控訴人病院医師は、1月1日午後8時40分ころ、Aの心拍が低下したため、心臓マッサージ、ボスミン、キシロカインの投与等の治療を行ったが、Aは同日午後9時28分に、死亡が確認された。死亡診断書では、死因は出血性ショックによる肺出血とされたが、後の剖検の結果では、テオフィリン中毒による急性左室心不全及び出血性ショックとされた。

2 争点
 本件における争点は、①抗凝固剤の使用方法を誤った過失の有無、②カテーテル挿入の際に血管を損傷した過失の有無、③ヘパリン5000単位を投与した過失の有無、④出血に対する止血措置を怠った過失の有無、⑤適切な輸血を怠った過失の有無、⑥因果関係の有無、⑦治療行為前に存在したテオフィリン過剰摂取というAの行為が結果に重大な寄与をしているか否か及び⑧損害額の8点である。

3 争点に対する当事者の主張
(1)争点1(抗凝固剤の使用方法を誤った過失の有無)について
(被控訴人らの主張)
本件で行われた血液吸着療法においては、フサンは使用禁忌であるにもかかわらず、控訴人病院医師は、これを主張した。また、ヘパリンを使用する場合は、2000単位ないし3000単位を開始時に使用すべきであるにもかかわらず、1000単位しか使用しなかった。
(控訴人の主張)
フサンは吸着されやすいため、凝固に注意しながら使用する必要があるものの、使用自体が禁忌とされているわけではない。ヘパリンについても、文献等では、開始時に2000単位ないし4000単位を投与するとされているものの、上記投与量は患者の状態により異なる上、血液吸着療法が2回目の実施であったことも考慮すれば、1000単位の投与にとどまったことが不適切であったとはいえない。

(2)争点2(カテーテル挿入の際に血管を損傷した過失の有無)について
(被控訴人らの主張)
ア Aは、抗凝固剤であるヘパリンの投与を受けており、出血すれば止血が困難な状態であったのだから、控訴人病院医師は、Aの鼠径部にカテーテルを挿入するに当たり、挿入操作を慎重に行うべきであったにもかかわらず、これを誤り血管を損傷して出血を招いた。
イ 仮に痙攣があったのであれば、抗痙攣薬の投与により鎮静してから、カテーテルを挿入すべきであった。
(控訴人の主張)
ア 控訴人病院医師が、カテーテル挿入の際に、Aのいずれかのブイの血管を損傷したとの事実はない。仮に、何らかの損傷があったとしても、本件のように間欠的に全身性の痙攣を起こしている状態で大腿静脈にカテーテルを挿入する場合、留置後に、カテーテルの尖端により偶発的に血管を損傷するのはやむを得ないことであるから、控訴人病院医師に過失があったとはいえない。
イ カテーテル挿入以前に相当量の抗痙攣薬が投与されていたこと、抗痙攣薬には血圧低下等の副作用があることを考慮すれば、カテーテル挿入時点で、抗痙攣薬を追加投与することは適切ではなかった。

(3)争点3(ヘパリン5000単位を投与した過失の有無)について
(被控訴人らの主張)
Aは出血が続いている状態であったから、出血傾向を助長する効果を有する抗凝固剤であるヘパリンの投与は避けるべきでったにもかかわらず、控訴人病院医師は、1月1日午後5時10分ころ、ヘパリン5000単位をワンショット投与した。肺塞栓に対する治療としては、肺血流及び換気スキャンで肺塞栓症に合致する所見が得られるとき、さらに、低血圧、ショックに陥っている例で、低血流スキャンを実施する余裕がない場合には、臨床症状と心エコー検査による右室拡大をもって、内科的治療を開始すべきとされるところ、Aには上記所見はなかったのであるから、肺塞栓の治療のためにヘパリンを投与する必要性はなかった。
(控訴人の主張)
Aは、採血の際にシリンジ内で血液の凝固を生じるなど、血管内凝固又は血栓症の発生が疑われる状態であった。また、血栓が全身から肺に戻る事態が生じていたのであり、肺動脈本幹に血栓が詰まった場合、心停止や急速な血圧低下を来たし、死亡する可能性が高かったのであるから、このような事態を避けるためにヘパリンを投与したことは適切であった。また、肺血栓塞栓症の治療としてヘパリンを投与する場合、最初に体重×80単位をワンショット投与するとされていることからすれば、本件における投与量(5000単位)も適切であった。

(4)争点4(出血に対する止血措置を怠った過失の有無)について
(被控訴人らの主張)
ア Aは、少なくとも2000ccの出血があり、出血性ショックとしては極めて重篤な状態に陥っていたのであるから、控訴人病院医師は、ダグラス穿刺、腹腔穿刺、超音波診断法等による出血部位の特定及び血液凝固因子量の測定による出血原因の特定を行い、出血の原因がカテーテル挿入時の血管損傷及び凝固因子の不足又は欠乏であることを特定すべきであった。
イ また、同日午後4時45分以降、血尿が止まらない状態となり、同日午後6時過ぎに実施された腹部CT検査の結果、骨盤内に造影剤が露出し、血腫が認められていたのであるから、控訴人病院医師は、遅くとも上記時点で、開腹による止血措置を行うべきであったにもかかわらず、これを怠った。
(控訴人の主張)
ア 控訴人病院医師は、膀胱洗浄、CT撮影、血小板検査等、出血部位及び出血原因の特定のために必要な検査を適切に実施している。当日は元日であったため、外注を要する血小板以外の血液凝固因子の検査は不可能であった。
イ 控訴人病院医師は、Aに肉眼的血尿が認められた時点で、開腹を含む止血措置の実施を検討したが、循環状態が不完全な場合には手術死亡が高率になることなどを考慮して、開腹を行わなかったのであり、上記判断に誤りはない。

(5)争点5(適切な輸血を怠った過失の有無)について
(被控訴人らの主張)
ア 輸血開始の時期について
Aは、ICUに入室した1月1日午後6時40分の時点で、出血量が2000ccに達していたのであるから、控訴人病院医師は、遅くとも上記時点で、輸血を開始すべきであったにもかかわらず、同日午後8時37分に至るまでこれを行わなかった。仮にクロスマッチをできていなかったとしても、緊急時には黒須間っちを省略することも可能であるところ、当時のAの症状からすれば、緊急かつ大量の輸血が必要だったのであるから、直ちに輸血を開始すべきであった。
イ 輸注成分について
Aの血液中の凝固因子はほぼすべて失われていたのであるから、控訴人病院医師は、輸血の際には凝固因子を含む新鮮血又は新鮮凍結血漿(FFP)を使用すべきであったにもかかわらず、MAPのみを使用したことは不適切であった。
(控訴人の主張)
ア 輸血開始の時期
輸血の目的は、循環血液量及び酸素供給の確保にあるところ、本件では、循環血液量は、プラズマネートカッター、アルブミン、ヘスパンダーの投与により、酸素供給は、人工呼吸器の使用により、それぞれ確保されていたのであるから、輸血の必要性は必ずしも高くはなかった。輸血が望ましかったことは確かであるが、本件では、クロスマッチに必要な血清と血球成分を得るための操作過程で、Aの血液が固まらなかった上、テオフィリン中毒がいかなる影響を及ぼすのかについて明らかではなかったこと、検査中にフォブリンの析出が認められたことからすれば、輸血の開始には慎重にならざるを得ない状態であったから、控訴人病院医師において、クロスマッチの結果が出るまで輸血を控えようとしたことが不適切であったとはいえない。
イ 輸注成分について
Aに生じた出血の原因がテオフィリン中毒による血小板凝集抑制であったと仮定すれば、FFPの投与には意味がない。また、出血原因がDIC(汎発性血管内凝固証拠群)であった場合、一般的にはFFPの投与に意味があるが、Aは、血液中のフィブリノーゲン濃度が98であったから、本件では、FFPの投与は必要なかった。さらに、FFPによる副作用の危険性も考慮すれば、FFPを投与しなかったことが不適切であったとはいえない。

(6)争点6(因果関係の有無)について
(被控訴人らの主張)
ア Aは、血液吸着療法における2度の血液凝固により凝固因子を大量に消費し、凝固障害を引き起こした上、持続的な血尿の流出、カテーテル挿入時の血管損傷及びその他の部位からの出血により、4000ccないし5000ccの大量出血を来たし、出血性ショックから心停止に陥り、死亡したのであるから、控訴人病院医師の各過失とAの死亡との間には、因果関係が認められる。
イ テオフィリン中毒が、血液凝固作用等を含む人体の生理にいかなる影響を与えるかは不明であり、出血とテオフィリン中毒戸を結びつける論拠はないから、テオフィリン中毒がAの死亡に影響を与えたとは考え難い。そもそも、控訴人病院におけるテオフィリン検査の結果は、誤検査としか考えられず、Aがテオフィリン中毒であったか否かも疑わしい。
(控訴人の主張)
ア Aも事件当時の体重が53.8kgであったことからすれば、同人の全血液量は約3700ccであるから、4000ないし5000ccの出血が生じることはあり得ない。輸血開始以前にも、アルブミンの投与等により、Aの血圧は70ないし80mmHg程度に維持されていたのであり、この程度の血圧低下により、短時間に多臓器に機能不全が生じることは考え難いから、同人の死因は、出血性ショックではない。
イ Aは、血中テオフィリン濃度が致死量を超えていた(1回目測定時103.50μg/ml、2回目測定時62.88μg/ml)のであるから、主たる死因は、①テオフィリンによる脳血管の収縮により生じた脳虚血に起因する中枢性ショック、②テオフィリンの心筋毒性により生じた肺水腫に起因する心不全、③テオフィリンによる血管拡張による循環量の減少に起因するショックのいずれか(肺の鬱血が主な病理所見であrことからすれば、上記②の可能性が高い。)又はこれらが複合的に発生したことによるものであったと考えられる。したがって、Aに仮に出血性ショックがあったとしても、上記症状と複合的に発生したものであるから、被控訴人らの主張する各過失と、Aの死亡との間には因果関係がない。

(7)争点7(治療行為前に存在したテオフィリン過剰摂取というAの行為が結果に重大な寄与をしているか否か)
(控訴人)
仮に、控訴人病院医師に何らかの過失があり、、その過失と損害との間に法的因果関係がある旨の認定をされた場合でも、本件は、Aが控訴人病院に運ばれる前にテオフィリンを過剰摂取したこと(その結果、第1回の検査時には、103.50μg/mlという致死量をはるかに上回る血中濃度となっていた。)が端緒となっている事案である。そして、このAの大量摂取という行為は、死の結果を導く端緒であるだけでなく、決定的要因になっているものである。
すなわち、テオフィリンの血中濃度が高濃度となることにより血小板の凝集機能が抑制されること、終末期の消化管出血が問題となった多くの例において、テオフィリン濃度が中毒域にあったことが確認されていること、血液凝固異常がある場合には、外的要因がなくても後腹膜出血等の全身の出血傾向が現れ、死に至ることもあること等に関して症例・医学的所見があるのであり、体内のテオフィリンの血中濃度が致死量以上の高濃度の場合には、血管損傷の事実が存在しなくても、大量出血により死の結果が発生するのである。
したがって、仮に控訴人に何らかの法的責任があるとされた場合でも、Aの用法に反したテオフィリンの服用行為につき、民法722条2項を適用又は類推適用して過失相殺がされるべきである。その場合、A側の過失割合は、上述のとおり、死の結果となる端緒であるとともに決定的要因であることからすれば、極めて大きな割合となる一方、控訴人の過失割合は極々僅少なものでしかない。
(被控訴人ら)
控訴人は、Aがテオロングを大量に服用したことを前提に過失相殺の主張をしているが、そのような事実はないから、前提を誤っている。また、Aの死亡原因は、控訴人の血管損傷によって起きた出血性ショックであり、テオフィリン中毒とは全く無関係である。よって、その点でも控訴人の主張は、主張自体失当である。

(8)争点8(損害額)について
(筆者略)

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