結核、かなりきてます。 |
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投稿者: | 投稿日時: 2009年04月08日 14:51 |
先日、人気お笑いコンビのひとりに結核感染が見つかり、テレビの向こう側ではけっこうな騒ぎになっているようです。
ハリセンボン・箕輪さん入院の波紋…侮れない肺結核
読売新聞 2009年4月8日
私の認識の中でも、なんとなく「結核は過去の病気、たいして怖くない」というようなイメージが勝手に出来ていました。ところが実際には、日本はまだまだ、結核大国とまでは言わなくても、結核“中”国くらいの状況にあるようです・・・。
結核といえば、先月も、天皇陛下も20歳を前に、結核と診断されて治療を受けられていたことが報道されたばかりです。それが1953年のこと。当時を振り返ると、その前年の1952年まで、さかのぼること何十年、おそらくそのずっと前から、結核は常に日本国民の死亡原因の第3位までに入っていました(1935年前後から1950年までの15年以上においては死亡原因の第1位)。まさに「不治の病」だったのです。
それがちょうど1950年前後、ストレプトマイシンやヒドラジッドといった特効薬が相次いで開発され、1953年以降、日本では結核で亡くなる人は激減しました。
私たちも生まれてすぐの頃からBCGワクチンを接種してきたので、結核は予防が進んでいて、まず自分がかかるものとは思わずにきました。
しかし、厚労省の発表している平成19年結核登録者情報調査年報集計結果(概況)によれば、
●結核罹患率(一年間に発病した患者数を人口10万対率で表したもの)は20を下まわったが、未だ2万5千人以上の患者の発生がある。
●70歳以上の高齢結核患者は新登録結核患者の半数に近づきつつあり、その割合は増加傾向にある。
●働き盛りの感染性のある結核患者では、受診の遅れ(2か月以上の割合)は依然大きい。
●結核罹患率の地域格差は依然大きく、大都市で高い。 例) 大阪市(52.9)、名古屋市(30.6)、東京都特別区(29.3)の罹患率は、それぞれ長野県(10.3)の5.1倍、3.0倍、2.8倍。
●日本の罹患率(19.8)は、カナダ(4.4)の4.5倍、米国(4.5)の4.4倍、スウェーデン(5.4)の3.7倍。
⇒世界的に見て、日本は依然として結核中まん延国である。
ということで、毎年約5000人に1人は新たに結核患者として医療機関にかかっているという状況です。5000人に1人といえば、昨日、改修工事を終えて初の公式試合で阪神甲子園球場を埋め尽くした観客数が4万6307人ということですから、同じように毎日1年間試合をしていたら、その中から9人の患者が出ることになる計算です(で、あっているのだろうか?)。けっこうな数ですよね。
財団法人結核予防会のサイトでは、「2週間以上咳が続くときは、検査や診察を受けましょう」としています。しかし、実際には「まさか結核なんて」と思っている人が多いことが、受診を遅らせ、感染を拡大しているようです。
たしかに日本では3大死因はとっくに、がん、脳卒中、心臓病という生活習慣病にとって代わられました(この3つで60%近くを占めるそうです)。でも、「世界人口の3分の1が感染しており、毎年世界で200万人近くが命を落としている。これは、15秒ごとに1人の割合で死者がでていることを意味しており、今後10年間でさらに3,000万人が結核により死亡すると予想されている。新たな発病の大半がアジアあるいはアフリカにおいて起きているのが現状」というEUの報告もあり、結核はけっして過去の病気ではないのです。
また報道によれば、WHOの今年の報告書では、「2007年に新たに結核に感染した927万人のうち、約15%にあたる137万人がエイズウイルス(HIV)感染者だった」「結核による死者のうち4分の1にあたる45万6000人がHIV感染者だった」ことが指摘されているといいます。HIVと結核の二重感染が示しているのは、結核菌自体は、かなり私たちの生活のすぐそば、身近なところにうようよしているだろう、ということです。私たちの免疫機能のストップするのを、てぐすね引いて待ち構えているようなイメージです。しかも敵もさるもの、結核治療薬に対する耐性菌の脅威も迫っているといいます。
気になるのは、医療機関側の体制です。確かに結核は耐性がないかぎり特効薬があるわけですから、治療はさほど難しくないのかもしれません。しかし、油断できないといっても患者が毎日のように現れるわけではない現状では、医師の先生方も、診断に慣れているとはいえないのではないでしょうか。そういえば先週も、助産師の感染がみつかり、以前一度、風邪と診断していたという報道がありました(たしかおととしあたりには、「アレルギー性鼻炎」と誤診された集団感染もあったように記憶しています)。
いずれにしても、私たちも「どうもおかしいな」と思ったらすぐ医療機関を受診するよう心がけねばなりませんね(呼吸器内科がいいらしいです)。今回の芸人さんの騒動を見ていると、本当に、感染した人だけの問題ではないんだということがよくわかります。また、いまさらではありますが、咳が出る時はマスクをするのが、意外と有効なのじゃないでしょうか。まあそもそもが、当然のエチケットを守る、ということに過ぎないんですけれどね。
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コメント
結核が恐ろしいのは、逆説的ですが、感染してすぐ発病しないことです。菌を吸い込んでも、撃退できる人もいますし、すぐに発症する人もいます。どちらも感染症管理の面からは対応可能です。菌を吸い込んで、感染巣を形成しながら、それ以上拡大せずにじっとしている人がいることが問題です。この人たちをうまく見つける方法がありません。
今回の芸人さんも、最初は通常の気道感染症だったのかもしれません。ただ、どこかで既に感染していて、それがいつのまにか前面に出てきたのだと思います。繰り返される感染の報道でも、最初の診察では誤診でなかったのかもしれません。最初は誤診でなくても、しばらくすると結核が発症するかもしれないことを社会として理解しない限り、結核を減らすことは困難です。そしていくら努力しても、現在の医療では天然痘のように結核を撲滅することは不可能です。
ただ、結核菌が身の回りに「うようよ」いるということはありません。落下最近を調べて出てきたら本当に異常です。
咳をする人がマスクをすることは、大きな飛沫を減らす意味があります。しかし小さな飛沫は見事にすり抜けます。自分の健康は他人のエチケットによって守られるなどと思わず、自分で守ることが重要です。十分睡眠を取って、適切な栄養を取って、運動をしましょう。それでも心配なら元気なときも人ごみではマスクしましょう。
受診するのに呼吸器内科がよいかどうかはわかりません。どのような症状でも、「○○日たっても良くならなければ必ずもう一度来てください」という医者を探してください。
件の芸人さん、せめてガフキー何号だったのか位は報道していただかないと、接触者についてどれ位のマグネチュードで考えたらよいのか相場が掴めないと思います。
また、結核の一般論を説明する際、MDR-TBやXDR-TBの世界での蔓延、特にHIVとの混合感染の場合の治療の困難さなども強調されますが、少し物事を整理して報じる必要があると思います。
>ふじたんさま
結核菌はそこまで周囲にうようよしていないとのこと、ちょっとだけ安心しましたが、それでもやはり、自分の身は自分で守る、ということなのですね。マスクもそうですが、日ごろからの健康管理の基本が大事だということは、結核も例外でないことを、改めて認識させていただきました。
>受診するのに呼吸器内科がよいかどうかはわかりません。どのような症状でも、「○○日たっても良くならなければ必ずもう一度来てください」という医者を探してください。
なるほど。潜伏期間が長いということで、そういうスタンスを取ってくださる医師の先生ならば、結核の可能性を考えて下さっているということですね。
本当にいろいろと、すぐに役に立つ的確なアドバイスをありがとうございました。
>KHPNさま
「ガフキー何号」というのは、「ガフキーの表によって示される喀痰中の結核菌の量を表した数字」ということのようですね(あわてて調べました)。なるほど、その影響の大きさを知っておきたいというのは確かにあります。とくに本人と接触があった人は気になるところですね。
>結核の一般論を説明する際、MDR-TBやXDR-TBの世界での蔓延、特にHIVとの混合感染の場合の治療の困難さなども強調されますが、少し物事を整理して報じる必要があると思います。
強調されすぎということでしょうか。具体的にどのように整理して報道されるのがよいか、できましたらもう少しお話を伺えますと幸いです。
>具体的にどのように整理して報道されるのがよいか、できましたらもう少しお話を伺えますと幸いです。
私も結核や感染症の専門家ではないので、そう仰られるとこっちもなかなか辛いですね。昔のうろ覚えの知識で恐縮ですが例えばこんな感じでしょうか(間違っていたらどなたか訂正願います)
結核菌は強い細胞壁を持っていて、なおかつ細胞の中で増殖するため、なかなか薬が届きません。普通に染色しても染まらないため、酸に対しても抵抗を示すという意味で抗酸菌と呼ばれる種に属します。
他の抗酸菌の仲間としてはレプラ(ハンセン病)の原因菌が有名ですが、結核菌は増殖速度が速く培地で培養できる(といっても数週間かかります)ことに比べ、レプラは増殖速度が遅く、培地で生えず、人類以外では唯一アルマジロで菌を育成することが可能と20年ほど前に習った記憶があります。
感染の成立についてですが、結核菌を含む飛沫を吸入することにより、まず肺の末梢で初回感染巣(プライマリーコンプレックス)を作ります。
感染巣では体の免疫系と結核菌とのせめぎ合いが行われ、免疫が強い時には結核菌を周囲から押さえ込んでいますが、免疫が負けてくると結核菌は周辺に徐々に浸透していきます。
結核菌が優勢になると感染巣が大きくなるだけではなく、血流などによって全身に運ばれ、二次的な感染巣を形成します。ガン細胞の転移に似てますね。
大きくなった感染巣の中心部分は血流がないので壊死を起こしますが、結核の壊死巣はチーズのような様相を呈することから特に「乾酪壊死」と呼ばれています。
結核菌が脊椎に飛んで感染巣が大きくなると脊椎骨折を起こすことがあります。脊椎カリエスです。
肺の実質に感染巣ができ、気管支と交通して空洞を形成することがあります。空洞が大きくなり内部に血液が貯まると咳と共に血痰が排出されます。肺結核です。沖田総司がゴホッとやったときに当てた手が新鮮血で真っ赤という例のあれです。ひどくなると喀血や肺出血を吸い込んで窒息死に至ります。
体の抵抗力が弱いときなどに全身に結核病巣が拡がることがあります。粟粒のような病巣が全身にできるので「粟粒結核(ぞくりゅうけっかく)」と呼びます。
また、結核菌が脳や脊髄に達し髄膜炎を起こすことがあります。「結核性髄膜炎」と呼びます。どちらも重篤で治療薬の無かった時代は致命的でした。
BCGは乳幼児期の粟粒結核や結核性髄膜炎を防ぐために有効です。
結核対策には個人防衛と社会防衛の2つの側面があります。
肺結核患者の血痰の中に生きている結核菌が出現すれば、飛沫によって他人に感染させるおそれが発生します。排菌量の目安としてガフキー号数が用いられますが、最近はより単純化させているようです。
他人への感染力が強い間は、ご本人には申し訳ないですが、他人に感染させないために個室に入院してもらいます。強面の言葉でこれを隔離と言い、国によっては銃と有刺鉄線で囲まれた監獄のような施設に入れるなど結核患者に対しまるで犯罪者並の扱いをするところもあるようですが、現在の日本ではこんなところはないはずです。
古い結核病巣では壊死部分が石灰化してX線写真でも判別できることがあります。ドクターが胸の写真を見て「昔結核をやりましたね」などと言うときには、大抵、石灰化した胸膜炎(肋膜炎とも呼ばれる)の跡や胸郭形成術(ピンポン球のようなもので胸腔外から肺の空洞を潰す)、或いは豆粒のような石灰化像を指していることが多いと思います。
とここまで書いて、結核予防会の便利なページがヒットしましたのでお示しします。
http://www.jata.or.jp/rit/rj/tamebetu.htm#b_5
>KHPNさま
わかりやすいご解説と、参考になるURLをありがとうございました(URLのほうより、上記解説がやはりわかりやすかったです)。
ざっとURLのほうも参照させていただきましたが、最初のコメントでご指摘いただきましたことについては要するに、薬剤耐性をもった結核菌やHIV感染者にとっての結核は非常に恐ろしいけれども、それよりももっと念頭において置くべきことや心がけておくことがある。普通の人が予防のためにできることや、通常の結核菌に関する予備知識の普及、感染者があらわれたときの対応等がより重要だということでしょうか。
的外れでしたらご指導お願いいたします。
堀米さま
要するに結核を侮ることなく、また、過度に恐れることもなく、正確な知識のもと適切な相場観できちんと対処してくださいということに尽きます。
DOTSという方法がこの10年ほど世界中で評価されています。何か画期的な方法かと思えば何のことはない、抗結核薬を必要な期間、患者がきちんと飲むことを毎日確認して確実に治療を行わせるということです。
あたりまえのことをあたりまえにやる、つまらない結論ですが、これの積み重ねなのではないかと思います。
>KHPNさま
ありがとうございます。腑に落ちました。
DOTSの話などもご紹介いただいたサイトで勉強させていただきましたが、非常に単純なことである一方、妙に納得してしまいました。たしかに治療の基本を徹底することがまず先決で、それを飛び越えて特殊な事情に焦点をあてて報道してもあまり意味が無いですね。
こうしたことは結核に限ったことではないですね。それも今回、再認識させていただきました。