感染拡大防止策――歴史上の失敗に学ぶ。 |
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投稿者: | 投稿日時: 2009年06月02日 14:46 |
新型インフルエンザの国内感染拡大が、いまもなおじわじわ広がっています。マスコミ報道は下火になってきましたが、依然、「マスクが手に入らない」などという地域も少なくありません。
そんな中で、WHO Writing Groupによる興味深い論文が数年前のCDCの『Emerging Infectious Diseases』に掲載されていたということを、人づてに教えていただきました。
その中では、インフルエンザの感染拡大を防止するため、1918~19年に世界各地でとられた隔離や権益についても報告した上で、“Ill persons should remain home when they first become symptomatic, but forced isolation and quarantine are ineffective and impractical. ”(abstractより)としているのです・・・。
※全文(原文)は以下からご覧ください。
特に「へえ」と思ったのは、“Measures for Persons Entering or Exiting an Infected Area”という小見出しの章。1918年から1919年(スペイン風邪が流行した時期)にかけて、オーストラリア、カナダ、アメリカでとられた「人の動きを制限する措置」についての具体的報告です。世の中が大きく変化した今日であっても、あるいは今日だからこそ、当時の対策の失敗諸々から学ぶべきところはあるはずです。
というわけで、その部分の訳文も頂きましたので、参考までにご紹介させていただきます。
(以下、いただいたまま引用)
1919年オーストラリアで、個々の州が自分の州を守ろうとしたことによって、州政府の間、州政府と連邦政府の間に政治的軋轢が生じた。問題となったのは、最初に病気が発生した州からの報告の遅れ、州境での病気伝播の制御、停留措置に対する抵抗、西オーストラリア州による大陸横断鉄道の一時的没収、オーストラリア連邦内での連邦政府当局と州当局の対立などである。
詳細は、ニューサウスウェールズ州によって記録されている。
「最初の症例がシドニー(ニューサウスウェールズ州の州都)で診断され、この患者が隣接するヴィクトリア州から来たことが判明した。この後、ニューサウスウェールズ州はさらに患者が入ってこられないようにするために、州境でさまざまな対策を講じた。最初に、州外から州内に向かうすべての地上交通の運行を禁止した。これは後に、収容所(detention camp)での停留に切り替えられた。入境者は当初7日間、その後4日間、収容所に停留された。ヴィクトリア州からの船は、シドニー港で4日間停泊させられ、その後、上陸した人たちは医学検査を受けさせられた。シドニーで病気が蔓延したにもかかわらず、その後も、シドニー以外の地域でも、旅行にさまざまな制限が加えられた(詳細は記載されていない)。」
この報告は、地上交通での停留措置、州間、州内の旅行制限は「まったく役に立たなかった」と述べている。
1918年、カナダである報告に以下の記載があった。
「多くの小さな町が、町を周囲から完全に隔離しようとした。これは、町への出入りを完全に禁止した中世のペストを避けるための試みを想起させる。これらの町を目的地とする鉄道切符の販売は禁止された。乗客は町で列車から降りるのを阻止された。カナディアン パシフィック レイルウェイは感染が最もひどかった時期に、マニトバ州で40-45の町が閉鎖されたと報告している。カナダ北方本線は、15かそれ以上の町を、停車せずに素通りした。アルバータ州警察は、アルバータ州の主要高速道路に検問バリケードを設けて、インフルエンザが大平原地域の3つの地方自治体に入るのを防ごうとした。このような努力にもかかわらず、これらの対策は、『病気が拡がるのを阻止するのに、悲しくなるほど役に立たなかった』。全くのところ、個人や家族、あるいは、すべてのコミュニティを隔離することは、実行できるような作業ではなかった」
合衆国では、コロラドとアラスカのいくつかの町が、感染者を排除するために、町へ入ろうとする旅行者に5日間の停留措置、あるいはそれに類する措置を行った。いくつかの町は成功したが、他の町では成功しなかった。
(引用終わり)
上の論文を教えてくださった方によれば、「当時、世界の人口が18億人で、感染者が6億人、死者は5000万人。人口密度が小さい地域でも隔離や検疫の効果はあまり上がらなかったようです。ただ、その頃の田舎町は自給自足がほぼ成立していたため、閉鎖しても経済的ダメージは限定的だったでしょう」とのこと。たしかにそうかもしれません。
一方、今の日本の現状を考えれば、こうした隔離等の政策を実行することは、効果と経済的損失をはかりにかけてみても、ますます難しいはずですよね。
もちろん、時代や場所、タイミングなど、様々なバックグラウンドの違いはありますが、しかし、それによってこの論文が私たちに伝えているところ、学ぶべきところが遜色を受けることもないはずです。新型インフルエンザの強毒化や再来がすでに囁かれている今、まずは90年も前にすでに経験されていた事実をきちんと受け止め、共有することから始めるべきなんでしょうね。
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コメント
>堀米さま
興味深い論文ですね。
標題からみておわかりの通り、国内やコミュニティレベルのパンデミックにおける非薬物的な対策について広範にレビューしたものですね。
読んでいて面白かったのは、国内対策として、手洗いや咳のエチケットを普及することが極めて重要としている点ですね。(Handwashing and respiratory/cough etiquette should be routine for all and strongly encouraged in public health messagesと書いてあります)
現在総理自らTVのCMに出て「冷静な対応を」と言っていますが、むしろ「手洗いの励行をお願いします」と言った方が効果的ということかもしれませんね。
>州間、州内の旅行制限は「まったく役に立たなかった」
ご指摘のように国内措置としてはそうであったということで、わが国においても、国内における措置はそのようにやっているのではないでしょうか?勿論この論文にも書いてあるように「感染地域へのnonessentialな国内旅行を延期するよう」呼びかけることは意味があるとは思いますが・・・・。