村重直子の眼14 コメント欄

投稿者: 川口恭 | 投稿日時: 2010年10月14日 18:29

 元厚生労働省大臣政策室政策官の村重直子氏が在野のキラリと光る人たちと対談していく好評のシリーズ。今回は手前味噌ながら『救児の人々』が大変話題になった本誌論説委員の熊田梨恵がお相手させていただきました。村重氏も、話題沸騰の『さらば厚労省』を出したばかりのタイミングだったため、途中から主客転倒して熊田によるインタビューになっているところはご愛嬌。上下2回に分けてお楽しみいただければ幸いです。(担当・構成 川口恭)

続きはこちら

<<前の記事:「救児の人々」感想⑦    勤務医の疲弊、無力な中医協 ─ コメント欄:次の記事>>

コメント

厚生労働省が国民のことを分かっていないとの流れで、この二人の議論を整理すると、

村重さんは、国民について分かっていない(過剰評価)
熊田さんは、医療の専門家について分かっていない(自分では分からないと思い込み)

だから、情報を共有する場合の議論がかみあわないのでしょう。

私の考えは、二人と違っていて、村重さんが期待するように国民総意として理解してもらうのは不可能だと考えており、エリート(ここで言うと医療専門家の一部)を尊重する文化の興隆(再建?)に期待しています。このエリート集団の中では、本音の議論が求められます。

また、熊田さんのように医療のことは分からないと、謙遜しているのか、ある意味専門家を尊重される方はたくさんいますね。医療というのは、医療のアウトカムを、日常生活がどうなるか?という点にすれば、誰にでも評価可能です。むしろ、医療者の方が価値観が固定されてしまっている場合もあります。

結局のところ、誰が誰に何を求めるのか?そこのところをもっと明確にしないとこの議論は収束しないでしょう。

あたりまえのことですが、人が大切ということを再認識させていただきました。厚生労働省の医系技官の話でいえば、偉くなる人がだめだということ。(偉くなる過程でだめになる。卑怯なことをしないと偉くなれない。これは他にもあてはまる話)

私はまっとうに働いては偉くなれないことを認識して、社会を傍観するという卑怯者なので、卑怯でも出世しない場合もあります。

コメントを投稿


上の画像に表示されているセキュリティコード(6桁の半角数字)を入力してください。