認知症薬の話

投稿者: 川口利 | 投稿日時: 2012年08月08日 18:09

「薬によって初期のアルツハイマー患者の記憶喪失を遅らせることができるかも ーHIV患者の治療薬として承認された薬剤が認知症にも一石二鳥かー」

という記事がwebMDというサイトに出ていましたので、ご紹介させていただきます。
Drug May Slow Memory Loss in Early Alzheimer's Medication Approved to Treat Patients With HIV May Do Double Duty for Dementiaの抄訳です。

HIV患者への使用をFDA(米国食品医薬品局)によって既に承認されている薬が、記憶力と精神機能の低下を遅らせるのにも役立つかもしれないと、アルツハイマー病の初期段階にいる人々の体験により判った。

その薬は、Egrifta(テサモレリン)といい、脳下垂体腺からのヒト成長ホルモン放出を刺激する。2010年にFDAによりHIV感染患者に起こりがちな体脂肪異常配分の修正を助けるとして承認された。

The Archives of Neurologyに発表された新しい研究は、Egriftaは進行したアルツハイマー病に先立つ状態であるところの軽度認知障害(MCI)を抱える人の記憶力低下を遅らせるかもしれないとしている。

研究のために、55歳から87歳の成人を5カ月間毎晩Egrifta注射をする群とプラセボ群に振り分けた。一連の精神機能試験上なんら記憶力に問題のない健康な人も含まれていた。軽度認知障害、年齢の割には記憶喪失がひどいが日常生活に介入するほど深刻ではない症状を示す者もいた。

137人の被験者(うち76人は健常者で61人が軽度認知障害者)が治験完了した。研究者たちは、治験開始時、第10週、第20週、毎晩の皮下注射をやめてから10週後の4回被験者たちを研究室に呼び寄せた。

どの訪問時にも、血液採取が行われた。さらに、被験者たちは精神作用に用いられる様々な技能を測定する検査や単語・形状・事実を思い出す短時間テストを受けた。研究者たちは、被験者たちの気分や睡眠パターンについても質問した。

健常者も軽度認知障害者も、Egrifta注射を受けた方がプラセボ注射の対照群より生活状態がよかった。

健常者では、プラセボ群に比較して約200%遂行機能の改善が見られた。遂行機能というのは、注意力と集中力を調整し、思考間で方向転換し、課題に対して計画を立て戦略を練るために作業記憶を使う脳の能力のことである。

軽度認知障害者は5カ月間で遂行機能の衰えがまだ見られたが、プラセボ群ほど大きな低下はなかった。

「予測された低下は半減された」と研究者であり、ワシントン大学シアトルキャンパス医学大学院精神科医のLaura D. Baker博士(PhD)は述べている。

治験終了までに、投薬グループはプラセボ群より単語や物語の詳細を思い出すことにおいてもより優れていたが、グループ間の差異はそれほど大きくはなかった。

*Egriftaはどのように作用するか

Egriftaは人体によって作り出される成長ホルモン放出ホルモンと呼ばれる化学物質を精密に真似たものである。名前が示す通り、ヒト成長ホルモン(HGH)産生を刺激する。ヒト成長ホルモンは、インスリンや類似したインスリン様成長因子を含む他のホルモンカスケード全体の放出を順番に引き起こす。

インスリンは、おそらく、血糖を調整する役割として最もよく知られていると思うが、脳においても重要な作用をしている。脳では、インスリンは新しい神経の成長を刺激し、現存する神経を損傷から守っている。脳のインスリンレベルは年齢とともに落ちていき、先の研究により、アルツハイマー病や他の認知症患者の脳でとりわけ低いことがわかったのである。

同じ研究グループは、吸入されたインスリンがアルツハイマー病患者の記憶喪失を後退ささせるかどうかについても検証をしてきている。

Egriftaはそれほど直接的にではないが脳内のインスリンを増やすことになり、よいことである、とBaker博士は述べている。

「この特別な方法がとても素晴らしいところは、ホルモン活動のカスケード全体を刺激するということだ。いったんこのカスケード全体が刺激を受けると、より若い年齢の時のように正常に機能する。我々のやっていることは、どちらかと言うとシステムを増強し、最善に機能させるようにするということになる」と博士は述べている。

「あるホルモンや別のホルモンレベルが高くなり過ぎるとそれ自体を止める」とwebMDに語っている。つまり、ホルモンレベルは常により正常な範囲に留まるようになる。

*考慮されるべき危険性、副作用、費用

初期の記憶喪失患者に対する薬剤による恩恵を確立するためのさらに大がかりで長期的な研究が行われるにしても、安くはない話である。

Baker博士によれば、研究で使われた投薬でいくと、1日あたり約750ドルが薬剤にかかり、30日間では2万2500ドル以上ということになる。

「もちろん、実行可能な話ではない。どんな保健計画(health plan)もこれを負担することはないだろう」と言う。

博士が言うには、製薬会社はもっと費用のかからない方法を探す努力を懸命にしているということである。

Egriftaを使った68%の人で副作用が報告された。これはプラセボ注射を受けた人での結果の2倍の割合である。副作用はたいてい軽度で、注射箇所周辺のかゆみ、発赤、チクチク感などの皮膚反応を含んでいる。関節痛や胃の不調もよく申し出のある副作用となっている。

成長ホルモン放出ホルモンを増加させると謳う商品がビタミン剤や健康食品の販売店には置かれているが、Baker博士は極めて危険であると警鐘を鳴らしている。

事実上この高価な薬剤で見られたのと同じ程度の恩恵を手に入れるためのずっと安くて危険度の低いものがあると博士は言う。それは運動である。

「我々は昨年一つの研究を終え、軽度の認知障害を持つ人たちの脳機能を調べるために運動の検証実験を行った。遂行機能において(薬剤)同様の改善が見られた。両方の研究において、同じ検証実験を行い、同じ効果があった」

恩恵を受けるためにはどの程度の運動が必要なのだろうか? 先の研究は、2010年にThe Archives of Neurologyで発表されているが、6カ月間少なくとも週に4日、45分から60分有酸素運動を行ったとのことである。

「これまでのところ、運動が、病状を遅らせ認知力を改善させる最も効果ある方法だ」とBaker博士は語っている。

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