一日15分、1週間に90分の運動で健康になる!

投稿者: | 投稿日時: 2012年08月09日 00:00

毎週木曜日更新の「大西睦子の論文ピックアップ」。もう覚えていただけましたか? ぜひ、ここで紹介する“科学的”な情報を、毎日の生活に取り入れていっていただきたいと思います。

さて、オリンピック真っ只中の今、街中その話題で持ちきりですが、私たちもいい刺激を受けて、健康になるちょっとした努力を始めてみるチャンスかもしれません。

「努力」なんて聞くとつい拒否反応が出てしまう人。私(堀米)もまさにその一人なのですが、それが実は本当に「ちょっとした」というくらいの努力でいいらしいのです。ただし、継続することは必要らしく・・・それがまたムズカシイんですよね! でも、今回の話をお読みいただければ、「わかっていても出来ないこと」(=要は、心の底からわかっちゃいないんです)が、「わかったから出来ること」(=“得心”すると、人間顔つきが違ってきますよね)に変わるかもしれません。それでは期待をこめて、どうぞ!


【 一日15分、1週間に90分の運動で健康になる! 】


オリンピック、本当に興奮しますね!私も世界中の超一流アスリートの美しさ、勝負の厳しさを目の当たりにして、毎日感動しています。そんな素晴らしい感激の瞬間から生まれたエネルギーを、みなさんご自身の毎日の活動にぜひ取り入れてみませんか?


というわけで今回は、昨年度台湾から報告された論文をご紹介致します。著者らは、健康な成人約41万6000人(19万9000人の男性と21万7000人の女性)を対象に、13年間(平均8年間)の疫学調査※1を行い、運動と寿命や病気の関係を調べました。


一般に、欧米諸国の人に比べて東アジアの人は、運動の強度が低く、身体活動が少ないと言われています。米国の「アメリカ人のための身体活動ガイドライン(2008)」(「2008 physical activity guidelines for Americans])や、WHOの「健康のための身体活動に関する国際勧告(2010)」(「Global Recommendations on PhysicalActivity for Health」.
日本語版はこちら)といったガイドラインによれば、1日30分×週5日=週150分の余暇時間の身体活動が健康に良いとされていて、実際、米国の成人の約3分の1はこうした勧告に見合う運動を実践しています。が、日本、中国や台湾など東アジア諸国では、5分の1以下の人しか実践していません。もともと東アジアの人は頻繁に病院に通うため、ヘルスコミュニケーション※を活用したり、医師から運動の指示が出される機会が多いはずです。しかし多くの医師は、病気に対する直接的な治療以外に患者からの希望がなければ、病気に直接関わらない行動の改善には時間を割きません。医師による運動の指示は病気に直接関わるものですから、推奨される運動量も、患者が継続しやすい最低限に抑えられるべきというわけです。


そこで、著者らは、これまで明らかにされてこなかった週150分以下の軽い運動が、健康にどのような影響をもたらすかを調べました。なぜなら、もし最低限の運動で私たちの健康が改善すれば、誰もがすぐに実行できますし、患者さんたちも簡単に始められるからです。


著者らは参加者にアンケートを行い、「アメリカ人のための身体活動ガイドライン(2008)」に従って、参加者を身体活動レベルごとに、1) 活動なし、2) 低活動、3) 中等度の活動、4) 高活動、5)非常に高活動の5つのグループに分類しました。具体的には、「どんな運動を週にどれくらい行っているか」という質問への回答や参加者の体重等をもとに、参加者それぞれの運動強度(MET;Metabolic Equivalent、安静時が1MET)※3と、週当たりの運動時間(h)を出し、それらを掛け合わせた運動量「MET・h」を指標としました。1)は3.75MET・h未満、2)は3.75~7.49MET・h、3)は7.50~16.49MET・h、4)は16.50~25.49MET・h、そして5)は25.50MET・h以上です。


以下、調査結果です(論文のFigure 1では、縦軸に「活動なし」グループでの死亡率を1とした「ハザード比」※4、横軸に1)~5)のグループをとった、グラフA~Dが示されています)


●「全死因による総死亡率」について(グラフA)。1)活動なしグループに比べ、2)低活動のグループでは0.86になっていることから、死亡率が14%低下していることが分かります。続く3)中等度の活動、4)高活動、5)非常に高活動グループへと、運動の程度が高まるにつれて結果が右肩下がりになっていることから、運動量に応じて、全死因による死亡率が低下することが分かりました。

●「あらゆるがんによる死亡率」(グラフB)、「心疾患による死亡率」(グラフC)、「糖尿病による死亡率」(グラフ
D)、すべてについて、運動量に応じて死亡率が低下することが分かりました。

●これらの結果は、男女ともに全年齢で、心血管疾患があったり、リスクのあるライフスタイルの場合でもあてはまりました。ちなみに、筆者らによると2)低活動のグループは1)活動なしのグループに比べて、平均寿命が3年も長くなるとのことです。


今回の報告から、最低限の運動を行うことで、心臓病、糖尿病、そしてがんによる死亡率が低下することがわかりました。軽い運動は非伝染性の病気(人から人へ伝染しない病気)に対して有効であり、医療費削減や医療格差の縮小につながることも期待されます。


著者らは、まず1日15分、1週間に90分の運動を始めることを薦めています。この簡単な運動を始めると、自然にもう少し長めに運動することも楽しくなるようです。


みなさん、オリンピックの大興奮をきっかけに、1日15分の運動を今日から始めましょう!


※1・・・病気や健康状態の原因と思われる様々な因子(環境、遺伝、病因、行動等)を想定し、それぞれの因子がどの程度、病気や健康に慣用しているか、可能性を包括的・統計に調査するもの。

※2・・・WHOの定義では、「人々に、健康上の関心事についての情報を提供し、重要な健康問題を公的な議題に取り上げ続けるための主要戦略のこと」とされている。ここでは、健康についての正しい情報がきちんと伝わるべく、またそれを理解すべく、情報のやり取りを行うこと。

※3・・・身体活動量の指標として、運動によるエネルギー消費量を、基礎代謝量で割った数値。座ったままテレビなどを観賞しているときが1METで、平地を普通に歩いたり部屋の掃除などをしていると3METくらいになる。ストレッチは2.5METで、運動としては数値は高くない。このMETの値に運動時間を掛けたものが「MET・時」で、運動量を表す。

※4・・・危険率。ある治療・施術等を行った群で事象が起こる危険性を1として、もう一方の治療等でどのくらいの危険性になるかということを数字として見たもの。


大西睦子(おおにし・むつこ)●ハーバード大学リサーチフェロー。医学博士。東京女子医科大学卒業。国立がんセンター、東京大学を経て2007年4月からボストンにて研究に従事。

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