今すぐ始められない花粉症対策 |
|
投稿者: | 投稿日時: 2016年12月16日 23:54 |
早い人では、年明け早々に症状が出始めるスギ花粉症。
『ロハス・メディカル』12月号の「新・大人が受けたい 今どきの保健理科」では、「免疫を慣らすと 花粉症は治せる」と題して、スギ花粉症の根治治療が望める舌下免疫療法lをご紹介しています。長男にさっそく試したいと思ったのですが、ダメでした。ショック・・・。
そこで今回はスギ花粉症の舌下免疫療法についての追加情報と、ついでに「無花粉スギどうなってるんだ」という話です。
舌下免疫療法は、今すぐ始められない
つい先日、10歳になったばかりの我が家の長男が、別件の血液検査の際に花粉症だと分かりました。「一番ひどいのがスギ花粉症です」と医師。これは薄々気づいていたのに放っておいた母親の怠慢でもあります(猛省)。だとしても、とりあえずスギ花粉症に関しては、「舌下免疫療法」でさっそく根治してしまおう、と考えました。
と言っても、どこの医療機関でもやっているわけではなく、医師が2つの講習(eラーニング)を受講後にeテストに合格認定された上で、さらにアナフィラキシーショックなど万が一の副反応への緊急対応が可能な医療機関の確認・登録が必要とのこと。そこで、鳥居薬品の検索サイトで自宅から通いやすい医療機関を探し当てました。
ところが、その医療機関のホームページには以下の記載が…。
●舌下免疫療法開始の時期は、一般的に12月までが最適とされており、遅くとも12月初旬には開始するのがおすすめ。
●1月~5月の花粉飛散時期には開始はできない。
●治療開始は、スギとヒノキの花粉シーズンが終息してから、6月~12月に来院してください。
ガーン。既に12月も半ば。ぎりぎり間に合わなかった…。
関東のスギ花粉症のピークは、3月ですが、たしかに早い人は1月くらいから症状が出始めるようです。特に敏感な人は、スギの多い場所ではほぼ一年中危なっかしいと聞いたこともあります。
仕方ない、舌下免疫療法は来年の夏ごろから始めるのでもいいかな、と思いました。というのも、さらに次のようなことが書いてあったからです。
●実際の治療は、スギ花粉エキス剤を舌の下に滴下し、2分間そのままの状態を維持した後に飲み込む。これを、1日1回3~5年行う。
●花粉症の時期ではない時も含め、長期間の継続治療が必要。まずは、2年ほど舌下免疫療法を行い実際の効果を確認するが、1年目から花粉症の症状が軽くなる人もいる。
●最初の2週間は「増量期」として少量から初めて少しずつ増やし、「維持期」となる3週目からは同じ量を滴下する。
●舌下免疫療法は従来の注射による皮下接種法に比べ、副作用が少なく、頻回な通院は必要ない。最初の2週間は週1回、その後は2~4週間に1回の通院。
要するに気長に根気よく治療を続けないといけないんですね。たしかに体を花粉に慣れさせて異物と認識させなくする療法ですから、即効性を期待するのはおかしいです。コツコツ長期戦の治療は、子供自身に自覚を持ってもらわないと管理もとても大変なので、いずれにしても本人とまず相談して決めようと思いました。
ところがまたもやガーン…そもそも小学5年生以下はこの治療が受けられないことが判明。鳥居薬品のウェブサイトにも、「スギ花粉症またはダニアレルギー性鼻炎と確定診断された12歳以上の患者さんが治療を受けることができます」とちゃんと書いてあります。(普通、真っ先にチェックするところですよね)
結局、子供が12歳になるまでは対症療法で乗り切ることになりそうです。ちなみに舌下免疫療法は保険が利くので(2014年~)、3割負担だと「診察の費用なども含め、おおよそ1ヵ月あたり3,000~4,000円」。決して安くはありませんが、我が家の自治体では、一定条件に該当する多くの家庭の小中学生には「義務教育就学児医療費助成制度」が適用され、1回の受診につき200円の支払いで済みます。その制度を利用できる間に、早々に治療を開始して、中学生卒業までのうちに何とか終わらせよう、と心に決めたのでした。
ヒノキ花粉症が今後増えていく
さて実は長男、診断時に、「ヒノキもありますね」と言われてしまいました。アレルゲン二番手はハウスダストやダニあたりかと思っていましたが、伏兵がいたようです。
ご存じの通り、日本では終戦後~高度成長期に木材需要に対応して大規模なスギの植林が行われました。そのため現在、人工林の半数近くがスギです。スギは樹齢が30年を超えた頃から本格的に花粉を飛散させはじめます。そのため戦後に植えたスギによって1970~80年代から患者が急増し、さらに大部分が樹齢30年以上となった2000年代以降も、スギ花粉症患者は増えています。
そしてスギに次いで植栽された人工林がヒノキなのです。ヒノキは、本数こそスギほどではありませんが、それでも人工林の4分の1ほどを占めます。ヒノキの植林はピークが1970年頃とスギよりも5年ほど後で、しかも、スギよりも成長が20~30年遅く、花粉の飛散時期も5~10年遅いというのです。つまりヒノキの花粉飛散のピークはまさにこれからということです。
というわけで、今後はヒノキの花粉の飛散が増え、それに伴って花粉症の患者も急激に増え、放っておけば症状も悪化していくはずです。
では、スギ花粉症の免疫舌下療法は、ヒノキにはまったく効果はないのでしょうか? 同じ針葉樹ですし、人間とチンパンジーくらいの違いに見えるので、うまくすれば効いてもよさそうなものです。
と思ったら、調べた人がいました。
やはりヒノキとスギは同じヒノキ科で、両花粉の抗原性には共通性があるとのこと。また、スギ花粉症の約70~80%でヒノキ花粉症を合併しているようです。そこで、ヒノキ花粉症合併のスギ花粉症患者55人に舌下免疫療法を行ったのですが、「良好例と明らかに悪化例が同程度であったことから,舌下免疫がスギ花粉症に効果があっても、ヒノキ花粉症には半数近くで効果がないと」と結論付けています。
無花粉スギは今?
さて、花粉症で思い出したのが、数年前に報道されてちょっとした話題になった「無花粉スギ」です。その後、普及は進んでいるのでしょうか?
●農林水産省広報誌 2011年3月号
偶然の発見から開発された夢のスギ 無花粉スギ「はるよこい」
気になったので調べてみると、苗木の生産量の推移を示したグラフが、林野庁のウェブサイトにありました。
眺めていて考えたのが以下のことです。
●近年もまだ毎年1400万本近く(!)も、従来品種のスギが毎年植樹され続けている。
●これは無花粉スギの7倍近い本数!もし無花粉スギの苗木が足りないなら、従来のスギでなく広葉樹など花粉症が問題になっていない様々な樹木をバランスよく植えるべきではないのか? そもそもなぜ毎年、計1600万本もスギを植えているの?
●グラフのデータは平成25年まで。今はどうなっているの?
林野庁のウェブサイト内をあちこちクリックしたもののお手上げとなったので、同庁の「森林整備部森林利用課森林環境保全班」に電話してみました。やり取りは概ね以下のとおり。
私「グラフを見ると、平成25年時点でも、従来品種のスギの苗木を『花粉症対策スギ苗木』の7倍近い本数、植え続けていますが、なぜですか?」
担当者「10~20年前、ようやく無花粉スギの開発に成功して徐々に切り替えている最中です。新たな品種の苗木の供給量の問題もあり、一度に切り換えるのはやはり難しいのですが、現在180品種くらいできていて、普及させていきたいと考えています」
私「ウェブ上にはここ数年のデータはありませんが、平成25年~現在までのスギ苗木の生産状況も、同じような推移の仕方ですか?」
担当者「はい。花粉症対策スギ苗木に徐々に切り替えていて、最新データは未公表ですが、平成26年で約15%です。林野庁ウェブサイトのどこそこ(と場所をおしえてくれました)にある【花粉発生源対策の推進(平成29年度予算概算要求の概要)】という資料にも載っていますが、平成26年の258万本から、平成29年には1000万本に増やす目標となっています」
私「15%というのは、全国のスギ林の面積に対してではなくて、新たに植林した苗木のうちの15%、ということですよね。そのペースでは、全部切り替わるにはものすごく長い年月がかかりそうですが。今の日本人は恩恵を受けられないということでしょうか」
担当者「そうですねーー、それは難しいですね」
私「なぜスギに植え替えねばならないのですか。改良品種の苗木の供給が追い付いていないのであれば、別の樹木を植えればいいと思うのですが」
担当者「広葉樹木化も助成金をつけて推進してはいます。ただ、スギ林も私有林が多く、国が全部伐採するわけにもいきませんから」
私「それはどういう助成なんですか」
担当者「同じ予算資料にあるとおり、花粉発生源となっているスギの伐採や花粉症対策苗木等の植栽に必要な経費の一部を助成しています。伐採後に広葉樹を植えることも、その1つです。助成は地方交付金で賄われています。」
私「現在花粉を発生させているスギの木については、伐採以外に対策はないのですか」
担当者「そのほかに、花粉飛散防止の農薬も開発中です。現在は5年後を目指して試験中ですが、その後も農薬としての登録にさらに数年かかる見込みです」
私「ヒノキ花粉症への対策も進んでいるんでしょうか」
担当者「スギ同様に、花粉症対策品種の開発を進めているところです」
私「じゃあ、まだまだ先ですね」
担当者「・・・そうですねーー」
電話を切っても、まだ私の中で2つのことがくすぶっていました。
①結局、無花粉スギへの切り替え完了までどれだけかかるの?
②広葉樹への切り替えの助成金は充分なの?
➀について
調べても、電話で聞いてもよくわからなかったので、勝手に計算してみることにしました。スギの人工林の面積は、448万ha(ヘクタール)とのこと。スギは1haあたり3000本植樹するそうです。品種の切り替えは、本格的になってから約8年で15%達成されているので、同じペースなら、現在植えているのと同じ1600万本がすべて無花粉スギに切り替わるのに53年かかります(単純計算で14.2万ha分)。その後も毎年同じく計1600万本くらい植林するなら、年間1600万本=5333ha分が無花粉スギになっていくとしても、スギ人工林の全敷地を無花粉スギに植え替えるには(448万-14.2万)÷5333=813年かかります。結局、今から53+813=866年かかることになります。(伐採や立ち枯れで全体の面積も減少していくはずですが、スギ林は5年間に2万haしか減少していないとした2010年の報告もありますので無視しました)
数学の苦手な私が勝手にやったざっくりした計算なのでたぶん全然あてになりませんが、少なくとも何十年どころでなく何百年単位の話らしい、ということです(どこかにちゃんとした試算があったら教えてください!)。それよりもずっと前に、舌下免疫療法よりさらに手軽に花粉症を根治出来る治療法が登場してくるのではないでしょうか。無花粉スギに期待するのはやめておきましょう。
②について
教えてもらった予算資料には、「花粉発生源対策促進事業」として2017年度は1279億8千万円が計上されています。ものすごい数字に見えますが、国の施策として金額が大きいのか小さいのかが、経済に疎い私にはまったく分かりません。ただ、スギ花粉症の患者数(有病率)は2008年の時点で国民の4人に1人を超えており、増加傾向とする資料もあります。そして、医療費、マスク代などの医療関連費、さらに労働損失を含めたスギ花粉症にかかる年間費用は、有病率10%で2860億円と試算されており、現時点では少なくとも5000億円は下らないとの見方もあります。それを踏まえると、1279.8億円という金額は妥当にも見えてきます。
ただし、それがどれだけ適切に、効果的に利用されているかは、これまた全然分かりません。予算資料に「農山漁村地域整備交付金」とあるので、その資料(農林水産省)もチェックしてみました。地方交付金なので、「地域の自主性に基づき、農・林・水にまたがる広範かつ多様な事業を自由に選択(都道府県が各地区に予算を配分)」となっていて、実際のところ広葉樹への切り替えにどれくらい活用されているのか、といったことは全く分かりません。
林野庁ウェブサイトには、「花粉の少ない森林への転換等の促進」というページが設けてありますが、中身はイメージ図が中心で、具体的な施策は見えてきません。
林野庁の担当者も言及していたように、日本の森林は約6割が私有林です。スギだけの私有林の割合を示すデータが見つからないのですが、林野庁の統計データを見ていると、スギ人工林だけで言えば私有林の割合はもっと高そうに見えます。高度成長期には、成長が早いスギは木材需要を満たすのにもてはやされました。しかしスギの価格は1980年をピークに下降し、産業として低迷しています。そのため人手とお金をかけて適切に管理され、伐採されて、植栽されて、というしかるべき新陳代謝を保っているスギ林はむしろ少ないのです。そんな状態なのに、放置されているスギ林をわざわざ広葉樹林に生まれ変わらせようなどという一段階上のアクションを起こさせるには、相当の動機づけが必要なはず。地方交付金という自治体に裁量があるお金の使い途として、あえて「じゃああのスギ林を広葉樹林に植えかえようか」と言い出すところがあるのか…国産材は高くて大量消費向けとは言えない状況で、勝算のある事業とは思えません。植え替えがすぐに功を奏さなくても、例えば「曾孫が花粉症で苦しまないために」と思っても、自分の家の所有する山を頑張って一つ二つ広葉樹に植え替えたところで焼け石に水なのも目に見えています。
しかも、北海道立林業試験場や山梨県森林総合研究所、福岡県森林林業技術センター、三重県林業研究所、東北大学、(独)森林総合研究所の6研究機関が参画した3年間の「広葉樹林化プロジェクト」では、技術的にも、広葉樹林への転換は口で言うほど簡単ではないことが報告されています。
近年は、スギの成長時の二酸化炭素の利用量の多さが、温暖化防止に貢献しているとして、スギを植栽し、維持し続ける理由にもなっています。こんなにちょうどいい理由があって、わざわざ数百年後の日本人のために、出来るとも分からない広葉樹林の切り替えにいきなり手を出す奇特な人はなかなかいないんじゃないでしょうか。
難しいことも、詳しいこともよくわからないですが、いずれにしても花粉症対策は医療に期待した方が早くて効果がありそうです。今後の患者数増加が見込まれるヒノキへの対策は、医療、行政、どちらの面でも樹木の成長に追い付いていないようですが、ぜひヒノキも舌下免疫療法が早々に開発され実用化されることに期待したいと思います。