半身浴でヒートショックを防げるのか

投稿者: | 投稿日時: 2017年01月15日 13:53

冬になると、お風呂場での高齢者の死亡事故が話題に上ります。日本家屋はリビングなど普段過ごすスペースと脱衣所・風呂場との温度差が激しく、脱衣~入浴~お風呂上りに血圧の激しい上下が起きるためです。心臓への負担を減らす入浴法として半身浴がよいとされますが、本当でしょうか?


交通事故の4倍もの高齢者が入浴中に亡くなっている

消費者庁によれば、家庭の浴槽での溺死者数は、平成26年に4,866 人と、10年間で約7割増加したとのこと。そのうち高齢者(65 歳以上)が約9割を占め、特に75歳以上で増加しているそうです。


増加の原因に関して同庁は、「高齢者人口が増えるに従い、入浴中の事故死が増えてきている」ためと指摘しています。東京都健康長寿医療センターが、東京消防庁全救急隊の協力を得て1999年に調査を実施したところ、入浴中の急死は全国で約14,000人で、うち高齢者は11,000人と推計されました。その後、2011年の同じ調査でも、全国で約17,000人が入浴中に急死、うち14,000人が高齢者と考えられています。


内閣府の「平成28年度版高齢社会白書」によれば、2010年頃には23.0%だった高齢化率は、2015年には26.7%と、約1.16倍になっています。全人口は2010年頃に1.280億人でピークを迎えて減少に転じているものの、現在は1.273億人といまだ0.5%減にとどまっています。そこで、ごく単純に考えれば、現在では2011年の推計値より1割以上増えた16000人超の高齢者が、毎年、入浴中に亡くなっていると見られるのです。この数字は、近年、4000人強で推移している全国の交通事故死亡者数(全日本交通安全協会)に比べて、約4倍にも上ります。



原因はヒートショック

東京都健康長寿医療センターは、入浴中の急死のメカニズムについて、「気温、室温、湯温などの温度や水圧の影響を受けて心・血管反応や発作が起こり、意識障害が現れる。その場が浴槽内であれば溺水や溺死事故となり、浴槽から出ていれば転倒、湯あたり事故となるのではないだろうか」としています。


「気温、室温、湯温などの温度」の影響とは、いわゆるヒートショックのことです。ヒートショックとは、「暖かい部屋から寒い部屋への移動などによる急激な温度の変化によって血圧が上下に大きく変動することをきっかけにして起こる健康被害のこと」「失神や不整脈を起こしたり、急死に至る危険な状態で、気温の下がる冬場に多く見られます」と同センターは説明しています。


暖かいリビングから寒い脱衣所・風呂場へ移動すると、それまで体熱の放散のために拡張していた血管が、今度は熱を逃すまいと、一気にきゅっと締まって細くなります。血圧は①心拍出量の増加と②末梢血管抵抗の増加によって上昇しますが、この場合、②によって血圧が急上昇し、脳出血や脳梗塞、あるいは心筋梗塞などにつながります。


あるいは、脱衣所・風呂場できゅっと締まった血管が、湯船につかって急激に温められると、今度は体は体温上昇を防ぐために血管を拡げ、熱を逃がそうとします。先ほどとは逆に、急激な血圧低下を招くのです。入浴後、約4~5分で、収縮期血圧(最高血圧)は入浴前より5~30%低下し、入浴時間が長くなったり、湯温が高温となったり、高齢者、高血圧症の人では変化率がさらに著しくなるそうです。浴槽から出とうと急に立ち上がれば血圧はさらに降下する可能性があります。いわゆる脳貧血状態となって、意識障害、湯のぼせ、湯あたり、といった症状が出やすくなるのです。
入浴中の血圧変動.gif
(グラフ:一条工務店ホームページより)


半身浴は心臓への負担を影響を和らげる?

温度変化に加え、入浴という行為そのものが心臓への負担になり、ヒートショックを助長するとされます。水圧(静水圧)の影響です。
入浴時の水圧.gif
(図:東京都健康長寿医療センターホームページより)

水圧は、大気圧と深さに比例します。下肢は血液を心臓に戻す重要な役割を担っていますが、全身浴で下肢は水中深くに位置するため、その分だけ高い水圧がかかります。すると静脈血を心臓に戻す力が強まり、心臓に多くの血液が戻ってくることになります。結果、心臓が押し出す血液量も増加し、それだけ心臓への負担は大きくなります。また、2002年の九州大学医療技術短期大学部紀要によれば、水圧によって全身浴では胸囲が2~3cm、腹囲が3~5cm縮小するとのこと。胸郭が圧迫され、腹囲が縮小した結果、横隔膜が押し上げられます。そのため心臓から肺への血流が抑えられ、心臓への負担が増加する、というのです。


そこで勧められるようになったのが、半身浴です。腰から横隔膜の位置までの水位のお湯につかるもので、水圧による心臓への負担が少ないと考えられています。「お年寄りは半身浴がよい」とどこかで聞いたことがあるかもしれません。


ところが、とある博士論文によれば、半身浴は全身浴と比べると、同じ湯温・入浴時間であれば心臓への負担が少なく安全な入浴スタイルだけれども、浴中には全身浴同様に急激な血圧低下が起きていると言います。やはり体が温まることで、皮膚の血管が拡張し、血液が末梢に移動するためとのこと。体の温度変化が少ないような水温(湯温)の場合は、確かに水圧の影響で水位が高い、つまり深いほど、心臓が押し出す血液の量が増えて、血圧が上昇するはずですが、湯温が高くなると、水位による血圧の差はほとんどなくなってしまうというのです。


全身浴では、皮膚がお湯に触れる面積が広い分、温熱作用も強く影響し、末梢血管拡張による血圧低下が大きくなります。半身浴と比べて水圧の影響も大きく血圧上昇作用が働くとしても、結局は両者がある程度相殺し合うため、血圧変化は半身浴と大差なくなる、と考えられます。


心臓への負担を増やすと血圧上昇ばかりが懸念されがちですが、血圧低下も心臓や脳など主要臓器の虚血を招きかねません。同論文では、実験を40℃の湯温で行っており、「今回の設定よりもやや低めの湯温で(半身浴を)実施することが望ましいのではないか」としています。


日本の脱衣所・風呂場は寒い!

ただ経験上、寒いお風呂場での半身浴は、やっぱり寒いのです。冬は、いつも過ごす室内は暖かいと言っても、夏のように汗をかくほど暑いではありませんし、お風呂に入ってみると思いのほかお湯熱く感じられて、初めて自分の体が冷えていたことに気づきます。まして経験上、ぬるいお湯での半身浴はなかなかあったまった気がしませんし、何十分もお湯に漬かっていれば汗は出てくるのですが、それだけの時間を毎日とるのは困難です。しかも、お湯の量が少ないほど湯温はどんどん下がっていってしまいますし、お風呂から上がってもすぐに体が冷めてしまうのです。というわけで、毎日の短時間のお風呂では、個人的には若干熱く感じる程度の湯温が好みだったりします。


開き直るわけではありませんが、お風呂の効果として、体をきれいにする、温める、ということに加え、気持ちがリラックスする、というのも重要なはず。理論上、体によい入浴法を追求するばかりでなく、ある程度、自分の主観、要は気持ちよさを重視してもよいのではないかと思っています。極端な「あつ湯好き」でもない限り、気持ちよく入れるお湯の量、温度、時間が、体にとっても心にとっても、健康的な入浴でもあるのではないかと。


そして何より、「お風呂に入りたい」という気持ちも大事です。認知症では入浴を嫌がるのは典型的症状として知られていますし、うつでも無気力になってしまってお風呂に入れないという話をよく聞きます。お風呂に入ろう、入りたい、入らないと、と思って入れること自体が、心が健康な証拠なんですね。そのためにも「お風呂って気持ちいい」と思えることはとても大事です。この冬の寒い時期に、ヒートショック予防もさることながら、「さあ、服を脱いでお風呂に入ろう!」と思えるためにも、脱衣所は暖かい方がよいですね。


しかしながら現実的には、日本の一般的な住宅、特に木造家屋では、冬の脱衣所とお風呂、すごく寒いですよね!! 


昔からの例外は、セントラルヒーティング。一箇所の熱源から家中に熱を送り届ける暖房の方式です。一般的にはお湯がパイプの中を伝って各部屋の温熱パネルにいきわたり、空気を汚さずに温めます。特に米国や欧州の他、モンゴルなど冬の寒さの厳しい国では、セントラルヒーティングが発達しています。私も海外滞在中に、廊下や洗面所、浴室など、室内の様々なところで温熱パネルを見ました。当然、外は雪でも室内は半袖でいられるくらい、どこでもぽかぽかでした。さらには二重窓など、建物自体が断熱を重視していたので、窓際や壁から冷気がヒヤーっと伝わってくることもありませんでした。


実際、セントラルヒーティングの住居では「冬の入浴時のヒートショック」問題などほとんど聞いたことがありません。海外の論文などをいくら調べてみても、ドンピシャなものが全然ヒットしないのです。


とはいえセントラルヒーティングは、わが国では本州以南では一般的とは言えませんよね。もし私が家を建てるとしても、確かにセントラルヒーティングを導入すれば非常に快適だろうとは思いますが、電気あるいはガス代、そして水道代を考えると手が出そうにありません。米国など原油が牛乳より安い国だったら、私も当たり前に導入して、ガンガン家中を温めますし、彼らがそうしているように、電気も暖房もつけっぱなしで外出してしまうでしょう(あれ、なんか皮肉っぽい?)。
セントラルヒーティング.gif
(図:直洋建設ホームページより)


今の家でもできるヒートショック対策

セントラルヒーティングはすんなり諦めるとしても、せめて小さな暖房器具で、脱衣所は前もって温めておいた方がよさそうですね。その場合、火気には十分ご注意を。そして浴室内は、今は、暖房機能もある浴室乾燥機がついているお風呂も多いですよね。それを活用するか、なくても、シャワーを使ってお湯を溜める方法もあるようです。東京都健康長寿医療センターでは、「高い位置に設置したシャワーから浴槽へお湯をはることで、浴室全体を暖めることができます」「湯沸しの最後の5分を熱めのシャワーで給湯しても十分効果があります」と説明しています。高い位置からシャワーのお湯を落とすことで、滝のようにしぶきと蒸気が上がり、浴室内を暖かく湿った空気で充満させることができるんですね。ただし、入浴後はカビ防止のためのため換気をしっかりしましょう。また、浴室の床が冷たい素材の場合、裸足で触れるとヒヤっとしますよね。これも血管がきゅっと締まって血圧の急上昇の原因になりますから、お風呂マットなどを上手に活用しましょう。


また、湯温は熱すぎないように! 神奈川県で発生した入浴死についての過去の調査では、事故発見時の湯温は42℃以上が76%を占めていたそうです。温度が高いほど、湯船につかる前の脱衣所・風呂場の温度からの落差が激しくなり、血管や心臓に負担がかかります。また、高温になるほど発汗作用が促され、長引くほどに脱水が進んで血液の粘性が高くなり、血小板の機能も活性化されます。いわゆる血液ドロドロ状態ですね。入浴の前後に水分(できれば電解質を含むスポーツ度リンクなど)を補給します。あるいは高齢になると、熱さに対する感覚や体温調節機能も鈍り、発汗機能が弱って熱中症のような状態にもなりやすいので、熱すぎない(38~41℃)お湯で、長風呂しないよう注意が必要です! 


そして湯船から出る時は、急に立ち上がらずに、手すりや浴槽のへりにつかまって、ゆっくり立ち上がりましょう。消費者庁が2015年に行ったアンケート調査でも、入浴中にヒヤリとしたタイミングとしては、「浴槽から立ち上がった時」という答えが一番多い結果でした。浴槽内に倒れて溺れる危険を回避するためにも、油断せず慎重にいきましょう。

<<前の記事:ノンストップ    東千葉メディカルセンターをめぐる医療講演会(小松秀樹医師):次の記事>>