受診しても診過ごされる亜鉛欠乏症 |
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投稿者: | 投稿日時: 2017年05月01日 23:28 |
先に「成長ホルモン分泌を促し、若さを保つ」のに必要なミネラルとして、亜鉛を取り上げましたが、このほど、国内で初めて「低亜鉛血症」を適応とする薬剤が登場し、それに関するプレスセミナーに参加してきました。低亜鉛血症は、肝機能障害や皮膚障害の原因となりますが、医師にも知られないまま診過ごされていることが多いようです。
肝硬変で不足 亜鉛投与で肝がん再発予防も
亜鉛はこれまで、味覚異常の原因と説明されることが多かったのですが、実は300以上の酵素活性やその構造に関与しており、小児の成長や免疫機能維持、皮膚代謝や傷の治り、代謝、活性酸素除去、造血機能、生殖機能、インスリン分泌、ビタミンA活性化、などなど体中で重要な役割を担っているミネラルです。
先に取り上げた際も、亜鉛は厚労省が認める「保健機能食品(栄養機能食品)」として、以下3つの栄養機能の表示(味覚を正常に保つ、タンパク質・核酸の代謝に関与、皮膚や粘膜の健康維持)が認められているとご紹介しました。
さらに近年、肝硬変や肝がんとの関連が分かってきました。
肝臓病は、肝炎ウイルスや肥満・脂肪肝、薬剤によって慢性肝疾患→炎症→肝細胞死→線維化(硬くなる)→肝機能低下→合併症(静脈瘤、消化吸収機能低下)や発がん⇒臨床症状といった具合に進行します。肝炎ウイルスなどによって肝細胞が攻撃されて死んでしまうのが慢性肝炎です。また、肝細胞の3分の1以上に脂肪がたまってしまったものが脂肪肝ですが、内臓脂肪は炎症を引き起こすことが分かっています。
どちらの経路にしても、炎症が肝臓の線維化を引き起こします。肝細胞が傷害組織を置換・修復しようとするほどに線維化が進行していき、肝組織の構築が崩壊し、最終的には肝機能が障害されるのです。線維化が広範囲に進むと、肝硬変と診断されます。肝硬変に至った肝臓は、見た目も既にぼこぼこ異様な状態で、肝細胞がんの発生母地となり、すでにがんを含んでいることもあります。
大阪国際がんセンターの片山和宏副院長(臨床研究センター長)によると、肝硬変では、窒素(タンパク質)と脂質、糖(エネルギー)の3つの代謝異常が起きていることが分かっています。このうちタンパク代謝異常はアルブミンの合成能によって判断し、肝硬変で入院している人について調べた1984年の研究では、アルブミン値が3.5gを切ると、5年生存率が半分になると報告されています。片山副院長によれば、今はもう少しよくなっているそうですが、タンパク質代謝が悪くなると、命が短くなることは間違いなさそうです。
肝臓はホルモンを含む様々なタンパク質を合成する臓器で、その過程で、どうしてもアンモニア(NH3)が出来てしまいます。肝臓はこれを尿素として無毒化処理しますが、肝臓が弱っているとアンモニア値が上昇し、ひどければ意識障害(肝性脳症)等に陥ります。この尿素回路を正常に働かせるのが亜鉛なのです。
肝硬変や高齢
→亜鉛欠乏
→アンモニア上昇
→肝性脳症
→あるいは、タンパク質合成の低下により、腹水・むくみ、止血機能低下
片山副院長によれば、肝硬変では、進行の程度を3段階に分類した場合、肝臓の悪い人ほど亜鉛の血中値が低いと報告されています。最も悪化した段階では、生命予後が半年から1年で、65%に亜鉛欠乏が見られたそうです。アルブミンが3.5まで下がると、亜鉛欠乏率(70mg未満)が90%にも上るとのこと。
肝臓に関係する様々な血液検査の結果と、血中の亜鉛値も高い確率で関係性が見られ、タンパク質の合成能、解毒能、脂質代謝、肝障害(肝臓の炎症)に亜鉛が関わっていることが分かっています。
ところが、肝硬変診療ガイドライン(2015)では、「亜鉛欠乏を合併する肝性脳症には、亜鉛製剤の補充を考慮してもよいと考える」(-b)と、弱い推奨しかしていません。というのも、亜鉛の必要性は認識されているものの、その根拠を示す研究のエビデンスレベルが低かったためです。要するに、被験者の数が足りなかったり、研究期間が充分とは言えなかったり、ということです。
この問題を解決すべく、2009年~2012年に行われた臨床試験では、3カ月の亜鉛製剤投与で血中の亜鉛濃度が上昇し、アンモニアは30%低下しました。さらに、亜鉛製剤を長期投与したところ、血中の亜鉛濃度を高く(80マイクログラム/dl以上)維持できた症例では、発がんが有意に少なかったのです。亜鉛投与とがん予防効果に関係性が示唆されたことになります。また、肝がん術後の成績を調べたところ、亜鉛濃度が低い症例ではがん再発が多くなりました。
また、動物モデルでは、亜鉛が肝臓の線維化を改善することが示唆されています。マウスの胆管をふさぐと、肝臓が線維化するところ、亜鉛投与で抑制されたのです。
以上のように、慢性肝疾患に対し、適切な亜鉛補充療法で、線維化による肝機能低下や合併症、発がんを抑えられるのでは、ということが可能性として示されました(線維化や発がん抑制は、エビデンスの症例が少ないですが)。
片山副院長は、「肝硬変診療ガイドラインでは、低亜鉛血症が考慮されていない。次回改訂で含めたい」としています。
我が子の“おむつかぶれ”も亜鉛不足が原因?
肝機能以外の疾患でも、診断や治療の過程で亜鉛欠乏の検討が抜けている分野は多いようです。
帝京平成大学健康メディカル学部の児玉浩子教授は、「臨床医が診療で参考にする主要教科書・論文には亜鉛欠乏症で見られる症状の鑑別診断に亜鉛欠乏の記載がほとんどない。」「臨床栄養は医学部教育でこれまであまり重視されず、ここ数年になってようやく医師国家試験に入ってきた。」「したがって、臨床医はまだ亜鉛欠乏に関して、充分な知識をもっているとはいいがたい」と指摘します。
その理由の一つとして、児玉教授は、「これまでは、低亜鉛血症に使える薬がなかったので、むやみに調べても患者さんに不安を与えるだけなので、積極的に調べなかった。結果、見過ごされている」と説明します。
低亜鉛血症は、血清亜鉛濃度が低下し、生体内の亜鉛が不足した状態。低亜鉛血症を伴い、さらにそれによる諸症状が出てしまったものは、「亜鉛欠乏症」と診断されます。
日本臨床栄養学会(児玉教授によれば、会員は臨床医と管理栄養士半々程度)ミネラル栄養部会による亜鉛欠乏症の診療指針では、以下のようなことが示されています。
・亜鉛の1日摂取推奨量は成人男性10㎎、女性で8㎎。吸収されるのは3割程度。ただ、実際の吸収率は一緒に食べるもので違ってくる。
・成人男性の体には2gしか存在しない=筋肉、骨、皮膚・毛髪、肝臓に量が多い。濃度が多いのは、味蕾、前立腺、精巣、腎臓。
・主に便から排泄(尿からも少量排泄)。
・欠乏すると、タンパク代謝が盛んな臓器や濃度の高い臓器に影響:皮膚炎や脱毛、口内炎、褥瘡やおむつかぶれが治りにくい、貧血、味覚障害、発達障害、性腺機能不全、下痢、食欲低下、骨粗鬆症、傷が治りにくい、感染症にかかりやすく治りにくい。
・菜食主義、低栄養、高齢者で欠乏しやすい。
・慢性肝障害、炎症性腸疾患で吸収低下。フィチン酸(穀類豆類の外皮に多い)の過剰摂取でも吸収が妨げられる。
・糖尿病や腎疾患で排泄増加。
・妊娠、スポーツで必要量増加。
私自身、思い当たる節があるのが、我が子のおむつかぶれの話です。我が子は私に似て体が小さいのですが、思えば新生児の頃、下痢がちで、ひどいおむつかぶれに悩まされました。お尻が真っ赤に腫れて、おむつを替えるたびに火が付いたように大泣きされました。塗り薬をもらって塗っていても、改善しないどころか悪化。下痢が頻回なため、とだけしか考えず、毎回お湯で洗うことにして、毎日10数回、多い時は1時間と置かずにお風呂場に連れて行きシャワーで洗う、という悪夢のような日々でした。
今考えれば、下痢がちなことも、腫れるほどにおむつかぶれがひどいことも、一般的な理由以外に亜鉛欠乏症を疑ってみるべきだったのだと思います。
児玉教授の説明は次の通り。まさに我が子の場合とそっくりです。
・未熟児・低出生体重児(2500g未満=日本で9.6%)の乳児期に多い。
・鉄欠乏やビタミン欠乏は有名で、対処されている。亜鉛は未対応。
・皮膚炎(臀部=おむつかぶれや顔面、指先、首回りの湿疹)、体重・身長の増加不良、下痢。
・症例:1カ月半男児、臀部及び顔面の皮疹、日齢13頃から下痢と臀部発赤を認め、“おむつかぶれ”として、外用薬を処方されたが、症状は改善しなかった。皮疹が拡がり、母乳栄養であったことから亜鉛欠乏症が疑われた。
・硫酸亜鉛=試薬を投与したら改善
・低体重児=離乳期~1歳くらいまで、離乳食を始めても亜鉛不足は解消せず。
・まれに母親の遺伝子異常で、母乳中の亜鉛が少ない例も。
おむつかぶれについて、現在の教科書等では、原因としての亜鉛欠乏はまったく記載がないとのこと。つまり一般の小児科医は、上記症状の乳児を診察しても、亜鉛不足を疑うことがないというのです。亜鉛を与えただけで、皮膚症状が劇的に改善することもあるそうで、20例以上医学雑誌に報告がありますが、児玉教授は「氷山の一角でしょう」と話しています。
亜鉛不足では、小児期になっても、食欲無し、身長の伸びが悪い、低身長小児(-2SD以下=100人中の低い方から2~3人目に入る、十数%)で、そうした子供の内成長ホルモン分泌不全や骨系統疾患、染色体異常等を除外した場合、60%が亜鉛欠乏を合併しているそうです。原因は不明ですがが、偏食や腸管での吸収低さが考えられています。とある研究では、10例の患者(男5女5)に硫酸亜鉛2㎎1日を半年投与したところ、対照群と比べて大幅な身長の伸びが観察されています。
臨床医もまだまだ詳しくない
成人の場合の亜鉛欠乏原因としては、高齢による食事量減少が多いようです。特に肉不足。糖尿病、慢性肝疾患、慢性炎症性腸疾患、慢性腎臓病や、キレート作用(体の中で金属をくっつけて尿中排泄する)のある薬剤の長期服用なども考えられます。味覚異常などが現れやすいのですが、それで受診する患者は少なく、多くは年のせいだと思っているとのこと。
先に挙げたような亜鉛欠乏の典型的な症状が繰り返され、一方で他に目立った症状がない、という場合は、ちょっと亜鉛不足を疑ってみてもいいかもしれません。
成人1食分に含まれる亜鉛の量が多い食材としては、カキ、豚レバー、牛型肉、鶏レバー、ホタテなどが挙げられますが、もし本当に亜鉛欠乏症と診断されるほどに足りていない場合、なかなか食事療法では改善しません。サプリメントは1日当たり10~15mg摂取できるようになっていますが、「欠乏症ともなるとそれでは足りません」と児玉教授。亜鉛製剤の摂取が必要だとします。
また、慢性肝疾患、糖尿病、慢性炎症性腸疾患、腎不全の患者さんは、しばしば血中の亜鉛値が低く、亜鉛投与でそれらの所見や症状が改善することもあるのだとか。そのため、児玉教授によれば、「亜鉛欠乏症状が認められなくても、亜鉛補充を考慮してもよい」そうです。
なお、2017年3月24日に「ノベルジン」という亜鉛製剤が、低亜鉛血症について追加承認されました。元々は、ウィルソン病という、銅の排泄障害による先天性銅過剰症の薬として2008年に既に承認されていたもので、一般名は酢酸亜鉛水和物。ただ、亜鉛補充を主目的とする医療用医薬品としては、それまで日本には存在しませんでした。
低亜鉛血症では、食後に、成人や体重30㎏以上の小児は亜鉛として1回25~50㎎、1日2回経口摂取し、また体重30㎏未満の小児では1回25g、1日2回を同じく経口摂取します。いずれも血清亜鉛濃度や患者の状態によって適宜増減することとなっています。
発売元のノーベル社開発本部は、「ノベルジンの投与対象となる推定患者は6.8万人。現状で亜鉛を図っていない潜在的な患者、特に肝硬変の患者、低身長患者も考えれば、数万人ではきかないのでは」と話します。
ちなみに、実は2006年に承認されている「プロマック」という薬も、本来の適応症ではありませんが、亜鉛を含有することから、亜鉛欠乏性の味覚障害や小児の成長障害などで応用されることがあります。本来は、胃酸に対し胃の粘膜の保護を助ける薬で、胃潰瘍の治療に補助的に用いるほか、鎮痛薬など他の薬による胃の荒れを予防する目的で処方されることもある薬です。強い作用があるとはいえない分、副作用がほとんどないのです。亜鉛含有量は、「プロマックD錠75」1錠中約17mg、あるいは「プロマック顆粒15%」顆粒1g中約34mgです。
「臨床医でも、まだまだ臨床栄養については詳しくない人が少なくない。薬もでき、血清亜鉛値も簡単に調べることができるので、今後、一般の臨床家に啓蒙することで、検査や治療が進み、症状改善がもたらされるはず。もっと臨床医に知ってもらいたい」と片山副院長や児玉教授も口を揃えます。
診断はつかない、あるいは一応つけてもらってはいるが、今の治療に効果が感じられない、という人で、亜鉛欠乏による症状に思い当たる節がある人は、血液検査をしてもらって亜鉛の数値を確かめてもらうとよさそうです。