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新型インフル ワクチンを焦るのは禁物

 確実に国内での感染を広げている新型インフルエンザAH1N1。手洗いなど消極的な予防策だけでなく、もっと積極的な予防策であるワクチン開発を急ぐべきと考えている方も少なくないだろう。しかし焦りは禁物だ。(堀米香奈子)

 以前から新型インフルエンザに関心を持っていた方々の中には、「なぜ早くプレパンデミックワクチンを使わないのか」と思っている方もいるかもしれない。鳥インフルエンザに感染した患者や鳥から分離したウイルスを弱毒化して製造するワクチンで、新型インフルの発症予防を期待し、事前に接種して体内に抗体をつくるものだ。今年2月に出された政府の行動計画でも、厚労省の見解に沿い、「医療従事者及び社会機能の維持に関わる者に対し」プレパンデミックワクチンの接種を行うこと、「その原液の製造・備蓄を進める」ことなどが書き込まれている。

だが、今のところ、そのような話は厚労省などから全く出て来ていない。

森澤雄司・自治医大病院感染制御部部長は、以下のように説明する。「まずお分かりいただきたいのは、これまで準備が進められてきたプレパンデミックワクチンは、高病原性鳥インフルエンザ、すなわちH5N1型のウイルスをもとに製造したものです。一方、いま問題となっている新型インフルエンザは、H1N1型。これがどういうことかというと、両者はいわば鳥と豚くらい違う。全くの別物なわけです。ですから今回、そのようなワクチンを接種したところで有効かどうかと聞かれても、お答えのしようがありません。のみならず、そもそもこのプレパンデミックワクチンが鳥インフルエンザ由来の新型ウイルスに効くかどうかさえ、実は未知数なのです。発生前段階である以上、データがなく、確認しようがないからです。治験も済んでいないということは、安全性(副作用)も不明です」

 本来、新型インフルエンザ用のワクチンは、新型インフルエンザウイルスの発生後、そのウイルス株をもとに製造されるものだ(パンデミックワクチン)。しかし現在の製造方法だと、パンデミックワクチンの製造には、ウイルス発見から少なくとも6カ月はかかる。上の行動計画にプレパンデミックワクチンの接種が盛り込まれたのも、あくまで「パンデミックワクチンの開発・製造には一定の時間がかかるため、それまでの間の対応」としての位置づけに過ぎない。

 つまり現段階では、今回のH1N1型のインフルエンザに有効と確かめられたワクチンは存在しないことになる。

 問題は効果がないことだけに留まらない。

 「実は今回同様、豚が発生源とされるインフルエンザが、1976年にもアメリカで、兵士の間に広まりました。保健当局はスペイン風邪のような大流行を恐れ、全国民を対象に予防接種プログラムを実行したのです。ところがその後、数週間のうちに、注射の直後にギラン・バレー症候群(麻痺を伴う神経疾患)を発症するケースが報告され始めました。2カ月足らずで500人にこの副作用が現れ、30人以上が死亡したといいます。しかも、このウイルスは後に弱毒性であったことがわかりました。結局、インフルエンザそのものが原因で死亡したのは、最初の兵士1人に過ぎなかったのです。この事例からも、ワクチンというもののリスクが分かります。急ごしらえでワクチンができたとしても、それに飛びつくことが本当に正しい判断なのか。特に今回のH1N1型は強毒性ではないようですから、むしろ焦る必要は全くないのです」(森澤部長)
 
 タミフルもそうだが、副作用のない薬は存在しない。同様に副作用のないワクチンも存在しないのである。そう念頭に置いて、やみくもに薬やワクチンを求めるのでなく、まずは正しい手洗いを励行し、万が一の場合も軽ければ自宅療養で様子を見るなど、冷静に行動すべきということだろう。

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