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機器も身の内⑦

kiki007.jpg浅井慶子さん
千葉県・69歳、96年に人工弁に置換

千葉県市原市の浅井慶子さんは、100歳の義父を介護しながら、旦那さん、お嬢さんと4人で元気に暮らしています。でも実は2度も大掛かりな心臓手術を受けています。

 浅井さんは、大分県で4人兄弟の一番上の子供として生まれました。1歳の時に電気技師だった父親の仕事の関係で朝鮮に渡り、小学校1年生の時に終戦で引き揚げて来て、再び大分県に住まいます。高校卒業後は、地元のガソリンスタンド会社に就職し、事務とスタンドの接客業務とを兼務していました。本来そのまま大分で暮らしているはずでしたが、1年経った時に転機が訪れます。
 東京電力に勤めていた従姉が結婚するというので、その式に上京したところ、従姉から「東京電力にお茶くみの仕事の空きがあるんだけど」と誘われたのです。そのまま大分に帰らず東京に住み着いてしまいました。ご両親は仰天したようですが、帰って来いとは言わなかったそうです。
 東京電力ではボイラー技師の旦那さんと巡り会い、2年で結婚退社しました。以後、東京都江戸川区、横浜市鶴見区、市原市と転勤に伴って転々とします。結婚から4年で長男、さらに6年で長女に恵まれ、忙しいながら充実した平穏な暮らしが続いていました。
 ところが、下のお嬢さんが小学校6年生になったある朝、目が覚めてみると、膝の関節が痛くて動きません。慌てて、かかりつけ医に診てもらったところ、リウマチ熱でした。
 リウマチ熱とは、ある種の細菌感染の後に起きる合併症で、全身の関節や心臓、血管などに炎症が起きるものです。炎症の起きた部位に障害が残ることもあります。
 そして、それ以降たびたび発熱と関節痛に襲われるようになります。症状が出た時は、抗菌薬を飲むとともに、無理せず安静にしているくらいしか対処法はありません。かかりつけ医への定期的な通院が始まりました。

心臓の音がおかしい

 ある日、かかりつけ医から「心臓の音がおかしい。専門の医師に紹介状を書くから」と言われます。ちょうど家から歩いて通える距離に帝京大学市原病院(現・帝京大学ちば総合医療センター)ができたところでした。そこでの診断は、「典型的なリウマチ性の心臓弁膜症」。
 心臓弁膜症とは、心臓の中で血液が逆流するのを防いでいる4つの弁のどれかに異常が起きて、心臓に負担がかかったり、血液が十分に流れなくなったりした状態です。浅井さんは、左心房と左心室との間にある僧帽弁、左心室から大動脈への間にある大動脈弁の2つが機能不全を起こしていました。
「いずれは手術が必要になる。若くて体力のあるうちの方がいいだろう。手術の時は、県の循環器病センターに行ってもらうことになる」と告げられました。
 最初は、遠くまで行くのは大変だなあ、と気乗りしなかったそうです。ところが、日を追うごとに、どんどん倦怠感が襲うようになり、日々の買い物すらままならなくなります。心臓に水が溜まって入院したこともあり、早く手術したいと思うようになりました。
 そんな94年、帝京大学市原病院の心臓外科部長に小坂眞一医師(現・大和成和病院副院長)が赴任して来ました。渡りに舟とばかり手術を受けることにしました。
 手術は、人工心肺を使って心臓を止め、僧帽弁と大動脈弁を機械弁に取り換えるという大がかりなもので5時間近くかかったそうです。ただし当人曰く、「私は寝ていただけだから。終わってみたら、本当にそれまでが嘘のように楽になったのよ」。
 機械弁は半永久的にもつので、定期的な外来点検だけで済むはずでした。ところが8年経過して、何だか調子がおかしくなります。動悸がしたり、頭がボーッとしたり、胸が苦しくなったり。でも、レントゲンや心電図では異常が見つかりません。あまりにも苦しくて救急車でで運ばれた時、カテーテル検査してみたところ、弁に小さな血栓が詰まって動かなくなっていることが分かりました。そこで再度、小坂医師の執刀で血栓のできにくいブタ由来の生体弁に付け直す手術をしました。
「いいタイミングで、いいお医者さんに診てもらえて幸せだなあと思いますよ」
 前回の手術後ほど劇的に楽になったわけではありませんが、「歳もあるんでしょう。まあそれなりに元気に過ごしています。それよりリウマチの影響か、関節が痛くてねえ」。
 現在の楽しみは、寝床で読む時代小説。新聞の新刊広告が出ると切り抜いて持ち歩き、買い物についでに本屋さんに立ち寄って仕入れてきます。行きつけの本屋が何と4軒。
 実は、大分にお母様がご健在で、浅井さんの体のことをとても心配しています。手術の時は2度とも話を伏せていて、無事済んでから事後報告したそうです。「やっぱりね。電話しても出てこないし、おかしいと思ったのよ。(逝くのは)順番だからね」と言われたんだと笑いました。


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