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【九州版】がん治療最前線① 中西洋一・九州大学病院呼吸器科教授

肺がんの最適治療へ 最適治療積み上げる
九1-1.JPG(この記事は、九州メディカル創刊号に掲載されたものです) がん治療に取り組むリーダーたちをご紹介していきます。

九1-2.JPG イレッサという肺がんの薬、名前は聞いたことがあると思います。数々の話題を提供した薬です。10年前に日本でいち早く承認され、「夢の新薬」ともてはやされたのが一転、副作用死が相次いで訴訟にも発展しました。また欧米の試験で「効かない」という結果が出て、欧州では承認に至らず、米国でも05年に承認が取り消されました。
 この辺までの経緯を報道などで目にして、何となく「怖い薬」という印象を持っていないでしょうか。
 でも実は現在、我が国の医療界では「素晴らしい薬」という評価が一般的になっています。効く人と効かない人を事前に予測して使い分けできるようになったからです。

個別最適化が可能に

 次の段落は、若干難しい言葉が出てきます。覚える必要はありませんので、止まらず読み進めてください。
 がんとは、遺伝子異常を起こした細胞が無制限に増殖する病気です。遺伝子の異常がいくつも重なってがんとなるのが一般的です。
 ところが、たった一つの遺伝子異常だけでがんのできることがあります。その場合、この遺伝子の働きを抑えることで、がんを治療することは可能です。根幹の異常遺伝子とも言うことができるでしょう。最近、こんな遺伝子異常が見つかり始めました。これまでに見つかったもののうち代表的なのが、肺腺がんの人に多くの割合で見られる上皮成長因子受容体(EGFR)異常です。多くの研究から、日本人の肺腺がんでは約50%にEGFR異常のあることが分かっています。
 このように根幹の異常遺伝子に働きかけようとするのが、「分子標的薬」と呼ばれる新世代の抗がん剤。イレッサは先駆けですが、承認当時は何に作用しているのか正確に理解されていませんでした。後からEGFR異常という分子標的が見つかり、その異常のある人には標準的な化学療法より効果が高いと、日本の2研究チームがそれぞれ独立に確かめました。
 つまりEGFR異常が起きている人には、標準的な化学療法に加えてイレッサを使い、そうでない人にはこれらの新薬を使わないのが望ましいということになります。
「100人のうち3人にしか効かない薬は消えていきますが、3人のうち3人に効くなら良い薬です。効くか効かないか見分けるバイオマーカーさえ見つかれば、あなたに最適の治療はこれですよ、と示すことができます」
 こう中西教授は語ります。

日本の最適を探る

 どの異常の割合が多くて、どれが少ないか、人種によって異なるということも分かってきました。EGFR異常も、日本人を含むアジア人で割合が多く、欧米人では少ないのです。日本でよく効いたイレッサが、欧米で効かなかったのも道理です。少なくとも、がんに関しては、薬の効き方や副作用の出方に人種差があって当然なのです。
 中西教授は「欧米の臨床試験結果を準用して日本の治療ガイドラインも作られてきましたが、日本の臨床研究に基づいて作らないとズレが生じてしまいます。最適な医療を確かめていくため国内の力を結集する必要がありますし、十分でなければアジアと協力すべきです」と語ります。
 自身これまで、日本でなかなか進まない臨床研究の体制整備や推進に努めてきました。
 問題は、近年見つかってきた標的遺伝子は全体の数%にしかないというものがほとんどで、そのように割合の少ない分子標的やバイオマーカーを見つける、あるいはその標的に対する薬の安全性・有効性を確かめるには、大きな母集団が必要なことです。
 一つの医療機関・診療科では、明らかに不可能です。また後述するように、臨床研究には極めて長い時間がかかるため、後進を育てていかないと意味のある結果が出る前に途切れてしまいかねません。質を担保するための相互研鑽も必要です。中西教授は、ネットワークを作ることで対応しようとしています。
 8年前に、福岡の呼吸器内科、呼吸器外科を中心とするLOGIK(九州肺がん研究機構)というグループを立ち上げました。現在、約140の診療科が参加し、10数本の臨床研究を行っています。一昨年は韓国のグループとも共同研究を行いました。
 また09年から、全国の有力な200以上の医療機関が参画しているWJOG(西日本がん研究機構)というNPOの理事長も務めています。こちらは現在計画中のものまで含めると50本以上の臨床研究を扱っています。
 LOGIKで小規模な試験を速やかに行い、その中で有望なものをWJOGでの大規模試験につなげるという関係にあるそうです。冒頭に説明したEGFR異常の場合イレッサの効果が高いという論文の1本は、このWJOGから出されたものです。その論文が出た後の09年、ヨーロッパでもEGFR遺伝子異常のあるがんの場合に限って、イレッサを使ってもよいと販売承認されました。
「欧米のマイノリティの患者さんにも貢献したことになります。新しい国際協力の関係ではないでしょうか」

地道に積み上げる

 臨床研究は、今ある治療法より優れているのでないかと想定される治療法について、何をどうやって比較するのか事前に明確に規定し、倫理的な問題がないか審査を受け、被験者の同意を得て、行うものです。スタートするまでに、研究計画(プロトコルと言います)を妥協なく突き詰めて作ることが非常に大切です。
「症例の一つひとつが患者さんの命です。面白そうとか誰もやってないといった根拠でやっては絶対にいけません。現在の治療法を凌駕するはずという確信が必要です。また予期せぬ副作用にも細心の注意が必要です。日常診療で現状のエビデンスやガイドラインの最高を提供するのが大前提で、さらにその先をめざすものなので、常に知識をブラッシュアップしていないととてもできません」と中西教授。
 臨床研究のアイデアが最初に出てからプロトコルが完成するまで300日。倫理審査などが済むまでに1年半から2年。試験そのものに2年から3年かかります。
「いかにも歩みは遅いですが、しかしこれを地道に積み上げていくしか、最適な医療の提供はないのです」

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