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睡眠のリテラシー27

高橋正也 独立行政法人労働安全衛生研究所作業条件適応研究グループ上席研究員

 朝シャキッと目が覚め、昼はしっかり活動でき、夜はぐっすり眠れたら、どれほど幸せでしょう。このような素晴らしい生活を送るには、いくつかの条件があります。特に、私たちの体のリズムを調節している時計(体内時計)がきちんと動くことが大切です。

 体内時計は、昼であれ夜であれ、それぞれの時間帯で最も良い状態になるよう、体の中を整えています。この時計の針が正しく回るには、適切なタイミングで(=朝から昼にかけて)明るい光に当たらなければなりません。

 また同じように、良いタイミングで(=夕方から夜にかけて)明るい光を避けることが望まれます。さもないと、体内時計が乱れ、体調が悪くなり、ひいては病気につながります。

 健康でメリハリのある生活に欠かせない光を、私たちは眼、より正確には網膜で受け取ります。そこから、光の情報が体内時計に届きます。

 他の動物、例えば鳥や亀などは眼以外で光を知ることができるそうです。もし私たちも、眼ではないところで光をキャッチできれば、体内時計を整えたり、修正したりするための方策や治療法が増えるかもしれません。

 今から15年前、なんと「膝の裏」に光を当てると、体内時計を調節できるという論文が米国の最も有名な科学雑誌に掲載されました。この成果は当時かなり注目を集めました。膝の裏に光を当てる装置を使えば、夜勤や海外出張で困る多くの人々を救えるのではないかという期待も大いに高まりました。

 ところが、現実はそう簡単ではありませんでした。他の研究者が同じように膝の裏に光を当てる実験を繰り返しても、体内時計に対する効果は認められなかったのです。

 ついには、より厳しい条件の下で行った実験によって、膝裏への光は無効であることが確かに証明されました。この論文は、元の論文が掲載された専門誌に発表されたことから、いわばとどめを刺されるような形で、膝裏説は否定されてしまいました。

 元の実験の何がまずかったのでしょうか。その原因と考えられるものは、実はたくさんあります。恐らくそれらが少しずつ関わって、膝の裏に光を当てると、あたかも体内時計に影響を及ぼすかのようにみえてしまったのが実情のようです。

 科学の世界では、誰も報告していない新しい技術や考え方を発表することが第一です。そうすることで、科学のレベルは高まりますし、研究者自身の株も上がります。一般の世界でも、より便利で効果のある技術を求めています。多くの人々が悩む睡眠については、なおさらでしょう。

 であればこそ、膝裏説のようにならないよう、新しい方策の真偽を見極めなければなりません。基本的には、専門家の責任ではありますが、私たちにも何事に対しても「本当かな?」という冷静で慎重な態度が求められるように思います。

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