睡眠のリテラシー73
高橋正也 独立行政法人労働者健康安全機構 労働安全衛生総合研究所 産業疫学研究グループ部長
昨年の年の瀬には大きな出来事がいくつかありました。愉快なことがあった一方で、悲しいことも起こりました。なかでも、広告代理店で働いていた女性新入社員の過労自死が労災認定されたのは、人の命に関わる重大な事件でした。
テレビ、新聞、広告などマスコミ業界が長時間労働であるのは今に始まったわけではありません。先の事件とは別の広告代理店に勤める私の先輩に聞くと、かつてのある時期は一日が仕事と睡眠しかなかったそうです。24時間の大半を働き、数時間眠るという生活が繰り返されていました。残業代が大幅に増えたのは嬉しかったものの、大きな金を使う暇がありませんでした。仕方ないので、ほとんどを高額の外車に費やすほかなかったと苦笑いしながら話してくれました。
こうした激しい広告業務をなんとか乗り越えられたら良かったのですが、かの女性社員は入社1年目(一昨年)のクリスマスに自ら命を絶ちました。本当に残念ですし、ご冥福を祈るばかりです。
この件が過労死等にあたるとしてご家族が労災申請したところ、昨年の9月に業務上として認定されました。報道によれば、亡くなる1カ月前の残業は100時間を超えていました。それだけでなく、上司からのパワハラもあったと言われています。
この労災認定を踏まえ、昨年11月には会社に強制捜査が入り、12月には法人としての会社と女性社員の上司が書類送検されました。その後、会社社長の辞任に至りました。
今回の広告代理店では、25年前にも男性新入社員がかなりの長時間労働によってうつ病になり自死するという事件が起きています。最高裁判所まで争われた結果、仕事によって社員の心身の健康が損なわれないよう、会社や上司は充分に配慮しなければならない、との判断が下されました。この義務が守られていたなら、いわば2番目となる本件は起こらなかったはずです。
過重労働によって精神障害になったとして労災申請される件数は近年急激に増えています。平成18年度は819件でしたが、平成27年度には1500件を超えました。このうち、業務上と認められたのはそれぞれ205件、472件になります。そのうち100人弱が自死という状況です。
業種の内訳をみると、マスコミ業界ばかりでなく、製造業、卸売・小売業、医療・福祉、運輸・郵便業などからも多く申請されています。つまり、ある特定の業種だけの問題ではないと言えます。
働き過ぎと精神障害、そして自死をつなぐメカニズムはまだ解明されていませんが、働いている時に嫌なことをされ続け、眠る時間も削られ続けると、心(脳)の疲労が回復できなくなると考えられています。
お金をいくら積んでも、睡眠は買えません。睡眠がしっかりとれるような勤務体制や労働環境でなければ、今回と同じ悲劇は増え続けていくでしょう。