医療崩壊と司法の論理(1)

投稿者: 川口恭 | 投稿日時: 2007年12月23日 20:51

表題のようなシンポジウムが
早稲田大学で開かれたので行ってきた。
シンポジストは法律家3人、医師3人。
「なるほど」と思うことが多々あった。


まずは主催者である和田仁孝早稲田大学教授が
「医療と司法、2つの専門システムの間に齟齬が生じており
医療者から、いわゆる”トンデモ判決”に対して批判が高まっている。
しかし司法の側から見れば
法という一つの枠組みの中で、それなりの苦悩があるんだと思う。
今日は、2つの専門システムの間にいかに架橋するかという
問題意識で議論を進めていきたい」と挨拶。


以下、法律家として
手島豊・神戸大教授と佐藤彰一・法政大学教授
医療者として
中田善規・帝京大学教授と小松秀樹・虎の門病院泌尿器科部長が
30分ずつ講演し
そこに井上清成弁護士と長谷川剛・自治医大教授が加わって
パネルディスカッションという式次第。


ちなみに、上記3人の弁護士は全員民事が専門らしい。
で、まず手島教授が医療訴訟の法的解説をする。


要約すると
1)原告が提訴する法的根拠は
民法415条の債務不履行 か 民法709条の不法行為である。

2)責任の根拠となる義務違反は
医療技術上の過誤か
自己決定権の侵害を中心とした説明義務違反。

3)では、何に反したら医療技術上の過誤とするか。
最高裁判例によれば
『業務の性質に照らし、危険防止のために実験上必要とされる最善の注意義務』(昭和36年2月16日)
『注意義務の基準は、診療当時のいわゆる臨床医学の実践における医療水準』(平成7年6月9日)

4)では、医療水準とは何か。
『当該医療機関の性格、所在地域の医療環境の特性等の諸般の事情を考慮』し『知見が当該医療機関と類似の特性を備えた医療機関に相当程度普及しており、当該医療機関において右知見を有することを期待することが相当と認められる場合には、特段の事情が存しない限り、(それが)その医療機関にとっての医療水準』である。
つまり、一律のものではなく、個別性があると解釈されている。
ただし、そんなものを「水準」と言うのは語義矛盾だとの批判もある。

5)何をもって説明義務違反とするか。
『乳がんの治療法の選択における説明につき、医療機関で一定数実施され積極的な評価のあるものは、患者がその治療法の適応可能性があり患者が強い関心があることを医師が知っている場合には、医療水準になくても、医師の知る範囲で一定の情報を説明すべき義務がある』(平成13年11月27日)
『医療水準として確立した療法が複数存在する場合に、患者がどれを選択するかについて、熟慮のうえ判断できるように、各療法の違いや経過観察も含めた選択肢の利害得失について分かりやすく説明すべきである』(平成18年10月27日)

6)そして民事訴訟の場合
違反があり、損害があって、
違反と損害との間に因果関係が認められる時、賠償も認められる。
では因果関係があるとは、どういうことか。
『経験則に照らして全証拠を総合検討し、特定の事実が特定の結果を招来した関係を是認しうる高度の蓋然性を証明すること』『通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ちうるものであることを必要とし、かつ、それで足りる』
上記と同時に、『相当程度の立証の可能性』を立証すると
小さな賠償責任を認められるというのもある。

以後の内容については割愛するが
要は
医療者が不満に思う判決の数々も
判例法的に検討すると不当とは言い切れない、ということ。


注意してほしいのは
手島教授自身が、そのことについて価値判断を下してはいないこと。
手島教授に対してケシカランと怒るのは筋違いである。
引き続いて佐藤教授が「医療事故事実認定について」を説明。

1)医の論理、法の論理だけで、この問題を見ようとすると
要素が足りず、実は市民の論理が色濃く反映されている。

2)民事の裁判官が判断するのは
過失・因果関係・損害という法律構成の認定のみである。

3)その認定手法は以下の点において
自然科学的な証明と異なる。
・時間的制約がある
・手段的制約がある
・二者択一的判断を強いられる(分からない、は許されない)
どちらだか分からないことについては証明責任で済ませる
(これが刑事の場合、疑わしきは被告人の利益に)

4)この過失・因果関係の判断に
規範的評価が入っていないか
非専門的常識的判断が入っていないか、が問題視されている。

5)とはいえ、そもそも通常人が疑いを差し挟まない程度という
判例である。
世の中の考えとともに変わり得るのである。

と説明した後でトンデモ判決(八戸太い糸で縫合した訴訟)
の検討をして
「過失、因果関係、損害が
たとえ一本の線であってもつながれており
この線以外のすべてのルートを検討しなければならないとすると
実質的に医療訴訟は起こせなくなるので
上の判決に法的には問題がない」と総括した。


法律家とは、こういうものの考え方をするのかと思った。


続いて登壇した中田教授は
帝京大市原病院の副院長だった際、
訴訟対応に追われた経験に基づいて
帝京大病院・入院説得足りず突然死訴訟
亀田テオフィリン訴訟
2つの判例を出し
「私たちはどうすれば良かったのか。
 もし同じような患者が来た時にどうすれば良いのか」
と問題提起。


休憩を挟んで登壇した小松部長は
ジュリストに投稿した論文に基づいて
法の限界と法律家の独善を強く指摘した。
論文に書かれていないことだが「法が社会を壊す例」も挙げた。
姉歯対震強度偽装に端を発した建築基準法改正が行われ
その結果、審査が滞って住宅などの新規着工が半分以下になり
GDPが年1%下がりそうだという現在進行形の話である。
医療事故調の問題点を世の中の人に訴えるとき
この例は分かりやすいかもしれないなと思った。

(パネルディスカッションから稿を改める)

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コメント

川口さん、お疲れ様です。面白くてためになるシンポでしたね。
私、医師会から出張費をもらってこのシンポに参加しました。よって、医師会で報告をしなければいけないのです。レポートどうしようかな、面倒だなーと思っていたのですが、・・・ひらめきました!
ロハスがあるじゃないか!!!
川口さん、頼りにしてまっせ~!

>満岡先生
先日はどうもありがとうございました。
昨日、中田先生とお目にかかりまして
解説を伺って
また「なるほど」と思いました。
記憶が鮮明なうちに更新を終了させますので
もう少々お待ちください。

司法家の論理、凄いですね。
つながった線の妥当性とかは考えず、とにかく過失・因果関係・損害をつなげるのが仕事とは。言っちゃ悪いがひとつの病態にひとつの疾患しか思い浮かべない研修医以下にしか思えないです…。やはり司法と医療は根本的に馴染まないのではないかと危惧します。

>ひろ先生
法に限界があるという考え方を
メディアをはじめとする多くの人に早く広めないと、と思います。

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