インターベンション学会報告(7完)

投稿者: 川口恭 | 投稿日時: 2008年07月12日 09:19

結局1週間がかりの報告になってしまった。
しんがりは黒川衛・全国医師連盟代表。


「最近の風潮で、医療費をお荷物と考える、無駄金と考える風潮があって、とても残念。戦後、かなり長い時間をかけて医療に人材が社会的に投資されたと思う。これだけ医学医療に従事する人間を社会的に投資しておきながら、今、医療崩壊を迎えていることは非常に国にとっては悲観的な話になるが、これだけ投資した医学医療だからこそ、やれることがあるんじゃないか、と少し前向きに話をしてみたい。

前提となる事実を挙げたい。まず日本の医療水準は高い。当たり前だが、WHOの2000年のヘルスリポートとOECDの2007年のリポートによれば、健康指標によって国際比較をする。それから日本は非常に自殺が増えているのだが、増えているのにもかかわらず平均余命が伸びているという事実がある。WHOの方はトータルでジャパン・アズ・ナンバー1。これは私たちが胸を張ってよいことだと思う。

二つ目に日本の医療費は低い。05年の統計で対GDP比8.2%は先進国で最低。ふつう1人あたりのGDPが高いと寿命が伸びていくというパターンがあるのだが、日本は1人あたりGDPが低くなっても寿命が高くなっている。ヨーロッパなどは下水道などが完備されインフラが整備されている。そういったもの以外の医療が充実しているから寿命が延びているとしか解釈できない。1人あたり医療費も少ないわりに寿命が延びている。これもやはりコストパフォーマンスの良い医療によって寿命が延びているのだろうと解釈できる。二つのことから見ても、医療への投資が少ない中でかなり健康指標を上げているんじゃないか。これも誇りに思っていい事実だろう。医療費ということでいうと、たとえば虫垂炎、AIUが1996年に調べた外国を旅行する時の保険の値段から比較してみると、ニューヨークでは200万円近くかかる時に日本は30万円前後、他の国に比べて安い。2005年の資料で比べてもニューヨークあたりでは2日間の入院で200万円。1日100万円で2日間しかおれない。それに対して、東京では7泊35万円。こういう風に、具体的な診療報酬で見ても、10割負担した場合、日本の技術料が低く見積もられている。日本の医療は優れているけれど、医療費を非常に低く抑えていることが分かる。

三番目に医療従事者は怠けているかというと、労働基準法無視が放置されているくらい非常に頑張っている。国立保健医療科学院の平成18年の資料で医師が6600人回答しているもの。勤務医の週間労働時間は、非常勤の医師たちも含めても、分布を調べてみると、平均的な勤務医自体が過労死の労災認定基準に達している。一か月あたり合計100時間を超える時間外労働は立派に過労死危険域だけれども、平均的な勤務医でそこに達している。週7日間を毎日20時間働いている人もいる。医労連の調査で見ると、こちらは1350人くらい。待機・拘束の回数が月11回、実際に呼び出される回数が4.2回。宿直明け勤務がない交代制を取っているのが4.4%。これ以外は宿直明け後も勤務している。連続32時間勤務を7割以上の勤務医が月3回以上行っている。だから決して医師が頑張っていないわけじゃない。

もう一つ。不当判決が続出している。いろいろな判決を読んでみると10中8,9は正当な判決。ところが10個の中に1つでも重過失判決とでも言うべき判決があると、私たちは非常に萎縮する。刑事は年平均15件。その中の4分の3は略式命令。50万円以下の罰金として略式命令で済んでいる。年間5件程度刑事訴訟で争いになっている。それに対して民事訴訟は年間1000件。加古川心筋梗塞3900万円、奈良の心タンポナーデが4900万円、八戸縫合糸が3200万円、神奈川帝王切開が8450万円、亀田テオフィリンが7300万円。これらが実際の不当判決。こういった不当判決が続出している。一般裁判の数自体は毎年14万件から15万件で増えてない。けれど医療裁判は明らかに増えている。近年では年間1000件以上。あともう一つバックグラウンドとして考えておかないといけないのは年間の弁護士の合格者数。ロースクールができて2004、5年あたりから爆発的に増えてきている。だいたい医者の数の10分の1が弁護士の数なんだが、これが何を意味するかということ、いろいろな見方があると思う。診療科別の新規訴訟数も出ている。産婦人科は1000人中12件が毎年訴訟にかかっている。産婦人科医を10年やると8人に1人は訴訟に当たる。同様のことが外科でも起きている。整形も含め、この辺りがハイリスク診療科であることが、この辺りの数字からも分かる。

これらの前提があって、やはり何か運動しなければいけないんじゃないかと思った。私たちが医師包囲網と呼んでいるのは、何も国会で決まったことが医師バッシングになっているのではなくて、総理直轄の経済財政諮問会議、あるいは財務省の財政制度等審議会、それから年次改革要望書というのがアメリカから来ている。こうした外圧や国会の関係しない審議会が直接医療行政を動かしてきているという事実がある。厚労省の医政局は医師職の官製コントロールをめざしている。地域医療支援中央会議、こういったものは地域での大学医学部の自治から地域の官製コントロールへ、弱小医局が解体した時に誰がコントロールするかと言えば今度は官製コントロールをめざしている。総務省の自治財政局は、自治体病院を切り捨てて同時に社会法人化して、社会医療法人債というのが出てくる。社会医療法人債というのは非常に曲者で、これを使って狙われているのは医療法人のM&A。医療法人の再生ビジネスというのは、ここ1、2年で非常に拡大している。病院をM&Aのターゲットにできる。非常に大きなお金が動く。文部科学省高等教育局は医学部に限らず、国立大学法人、地方大学を切り捨てていってる。旧帝大以外の医学部は非常に弱小化が進んでいる。だから私たちは、医療医学というのは頑張ってきているけれど、かなり包囲されていますよというのを自覚しないといけない。これは外に敵がいるだけじゃない。マスコミ、司法も医師バッシングに加わっている。医師組織、医師会や医学会にも封建制がありはしないか。自らの中にも医師を追いやる勢力がいるのでないか。

医療崩壊の5つの要因。医療費抑制政策、劣悪な医療労働環境、不公正な医療報道、医療裁判の低能力これは鑑定医の低能力でもある。医学会の封建制ということで、何か行動しないといけない。私たちは診療環境の改善、医療報道・世論への対処、法的倫理的課題の改善、という3つの最高プロジェクトを持って、なおかつ良質なメディア、市民の協力を得て行動していかないといけないだろう。

諸外国を見ると、たとえば訴訟地獄と呼ばれているアメリカでは法曹グループや新聞社と連合した医師会とは異なる政治団体ができているし、ドイツではワールドカップのさなかに医師の労働組合ができた。これはヨーロッパ最大の医師労働組合で10万人の加盟者を擁している。秩序あるストライキを行っている。お隣の韓国やギリシアなど色々なところで活動が見られている。今までは医師会が戦後日本の保健水準を上げるのに津津浦浦いろいろ役に立ってきたし、医学部教授会や学会の重鎮たちが医学を導いてきたこともたしか。しかし医療崩壊を前にして、新しい解決策を見出しているかというと、この学会は別として、医療崩壊を前にして呆然としている。だから医療再生をめざし、医師と医療の真の社会貢献をめざす第三の道である全国医師連盟をつくった。

少し宣伝になるが、全員投票による役員選出を行った。現在の会員医師が770人。研究医も入れて勤務医がだいたい85%、開業医が15%。運営委員が30人、執行部が7人。まだヒヨコの組織だが、できることが限られているので、先ほどの3つのプロジェクトを行う。6月8日にできたばかりの組織だが、準備委員会の段階を入れると色々な活動をしている。厚労省二次試案への反対声明と国会議員への請願メールを行っている。このメールがだいぶ議員さんたちに効いてきて、超党派議連なんかが出てくるバックグラウンドになっていると私は思っている。怪しい組織ではなくて150人の実名発起人がいる。超党派の組織。今やろうとしていることは、医療費に関して7月に国会議員にアンケートを行う。どういった政治家がどういった意見を持っているか、これを発表していく。あるいは診療環境意識調査も予定している。

1000人の組織を確立して、やがては1万人超の組織をめざしている。何が言いたいかというと、医師と医療の誇りを取り戻したい。日本の医療の力は素晴らしいんだ。WHOのヘルスリポートで見てもそうだが、医学部ブームの中で人材的にも投資されてきた。医療にお金をかければ雇用が確保できる。これは公共事業の1.4倍の雇用能力がある。何より国民が健康になる。医療費は決して無駄金ではない。今は色々な規制あって、日本発の創薬あるいは医療機器がなかなか作りにくい状況だが、日本の技術力は非常に大きい。こういったものを考えると医療費は無駄金ではなくて、外国から創薬を学びに来たり、先ほどの虫垂炎でもそうだが、全額負担しても安くて安全な治療をしに来ることだってあり得る。外貨の獲得もできる。我々の知恵をうまく使えば、患者さんを救うだけでなく、国の力にもなり得る。

一つ私たちのアクションとして大きいのは訴訟不安が現場の医師に大きい。それを消すには、救命活動を刑事訴訟の対象外にする。対象外にするやり方はいろいろあると思う。私たちは刑事免責を求めているが、そうじゃなくて非犯罪化をする、あるいは医療上の重過失致死罪を新設してその適用を厳格化する考え方もある。いずれにしても刑事免責と言う言葉にはこだわらないが、刑事訴追の対象外に、これは医師に限らず自衛隊であろうと警察であろうと、救命活動は刑事訴追の対象外にできないのか、同時に患者家族の救済制度を設立してほしい、特に一家の大黒柱のまさか亡くなると思わなかった患者さんが亡くなった場合には医療過誤があろうがなかろうが家族の悲しみは非常に大きいし経済的にもやっていけない、そういう交通事故的確率的に不幸な結果になった場合はやはり救済制度を医師も協力して設立することによって、やっと刑事訴追の対象外というようなことも許されるんじゃないだろうか。だからこれをセットで訴えていくべきだろうと思う。

これまでは勤務医の労働環境を前面に掲げる組織がなかった。私たちは自分たちの愚痴ばかり言わないで労使紛争が先鋭化しているような場面ではドクターズユニオンの形で告発していく必要があるだろうし、細かいことを言えば、自分たちの身を守る方法を具体的に一歩踏み出そうということ。まず診療環境の一斉調査をしようと思っているが、患者や市民に実態を知ってもらいたい、で病棟なり外来なりに必要な掲示をする。診療契約をしっかりきちっと結ぼう。今の医療がどういう実態か、健康な人は知らないので、その実態を知ってもらう活動は非常に重要。医師の訴訟不安、報道不安を軽減するアクションも必要になってくる。そのためのいくつかのツールも考えている。勤務医の過労を軽減することも大事。いろいろな医療事故の原因になりかねない。過労を軽減するために、ぜひとも診療補助を活用してほしい、場合によってはダブルなんとかを調達したり、無駄な会議を見直してほしい。

それからやはり医事刑事訴訟を見てみると、やはりこれはヒドイというのがある。とんでもない同業による犯罪があるということを勉強しておく必要があるし、そういったものを締め出す医師の自浄機能を発揮する活動が必要だろう」


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コメント

いつも記録をありがとうございます。在宅でありながらこれらの学会等の記録を読めることに感謝します。

演題内容を改めて読み返しますと、現在の医療のおかれている危うい立場が胸にしみ込んで参ります。
  ある弁護士が、「今の世の中、まともな病院では、内部告発が避けられないことを自覚して、医療過誤に関しては素直に患者側に謝罪する。従って、現段階で、まともな病院で訴訟になる件は、患者側の誤解に対して病院が戦わねばならぬと思っている例だと思ってもらっていいんですよ。」と述べたことがあります。この「まともな病院」の定義を医療者が定めなくて、一体誰が定めることが可能でしょうか?現在の病院機能評価システムは、医療レベルには一切タッチせず、単に事務レベルからみた機能評価に過ぎません。もちろん、症例数でランキングをしているマスコミの評価も、百害と百利あると思います。
  病院の評価のみならず、医師個人としての医療結果への評価、医師の痛みを伴う自浄作用(システム)に関しては、科学者としての医師、つまり「医学」の立場と、社会の中の医師としての「倫理」の立場の双方から、早急に組み立てる必要があります。臨床医が中心となって作り上げるべきものと思いますので、たとえばインターベンション学会が一つの見本となるようなシステム構築にチャレンジすることも、講演中に頭を横切りました。
  日本医師会の勤務医部会に期待する勤務医は、小松先生の講演で目が覚めるでしょうし、黒川先生の講演は、さらに積極的に社会と接点を持とうとする姿勢で、最初の川口氏へのアンチテーゼになるものかと思います。
  学会の意図したものを、きっちりと浮き彫りにしていただいた貴ブログに、心より感謝いたします。

>k先生
コメントありがとうございます。

>治田先生
こちらこそお招きいただき、ありがとうございました。
自分の意見をまとめてみたこと
他の先生方のお話を伺ったことで
少し頭の中がクリアになり
自分が何をすべきかも見えたような気がしております。
今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。

こちらは関東圏ではないので,ロハス・メディカルは個人購読しておりますが,ブログの報告も,いつも参考にさせていただいております.なかなか会議を聴講に行く機会が無いのですが,7月28日に日本医学会で行われる「診療関連死の死因究明制度創設に係わる公開討論会」で各学会の理事の発表があるようです.こちらもチェックしていただけたら助かります.

こちらは関東圏ではないので,ロハス・メディカルは個人購読しておりますが,ブログの報告も,いつも参考にさせていただいております.なかなか会議を聴講に行く機会が無いのですが,7月28日に日本医学会で行われる「診療関連死の死因究明制度創設に係わる公開討論会」で各学会の理事の発表があるようです.こちらもチェックしていただけたら助かります.

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