こんな理由で、受けられる医療が後退?!

投稿者: | 投稿日時: 2009年04月06日 12:32

レセプトのオンライン請求が、原則、2011年からほとんどの医療機関で義務化されます。・・・と聞いても、反応はさまざまかもしれません。私をはじめ、一般の患者にしてみればあまり馴染みのない「レセプト」。

私も「そういえばそんな話があったなあ」くらいに暢気に構えていたのですが、実際、レセプトのオンライン化には解決すべき問題が山積しているようです。しかし今のところ、一般国民からすれば、さほど議論が盛り上がっているようには思えません(医療関係者、とくに開業医の方々には大問題のようですが・・・)。

それでも、オンライン化に多くの医療機関がつまづけば、やっぱり受診する側にも影響が及ばないとは限りません。大丈夫なのでしょうか?

まずはいったん、レセプトのおさらいから。

レセプトとは、医療機関で診察を受けた際に、私たち患者の自己負担分以外の料金、すなわち医療保険で賄われる料金を、医療機関が保険者(市町村や健康保険組合等)に請求するための明細書類です。全国に何万何十万とある病院、診療所、歯科診療所、そして調剤薬局で、毎月毎月、1億以上のレセプトが作成されるそうです。 それらは、審査の代行と病院・保険者間の決済の代行を行っている「国民健康保険組合連合会」もしくは「社会保険診療報酬支払基金」というところに提出され、審査を通ったもののみ、保険者に引き渡されます。 (詳しくは、『ロハス・メディカル』2009年3月号で解説されています。)


 レセプトは現在、大部分が紙文書でやりとりされていますが、2011年度以降は、一部の例外を除き、オンライン上で行うことが原則、義務付けられます。

2006年4月10日、厚生労働省
療養の給付、老人医療及び公費負担医療に関する費用の請求に関する省令の一部を改正する省令の施行について

業務の効率を上げ、国民医療費の適正化に寄与することが目的だそうです。 (ちなみにこの原則については今、かなり揺れ動いているのですが、それはまた明日。)


しかし、冒頭でもお話したとおり、問題点もかなりあります。それでも、2006年に義務化が発表された直後に盛り上がった議論もどこへいったのか、今は皆、大人しく2011年のその日が来るのを待っているといった感じです。というか、一般国民はたぶんみんなすっかり忘れています。

たしかに、レセプト自体、普通に医療機関を受診しているだけの国民の大部分には、全くなじみのないものです。それでも、もしその事務処理に問題が発生して、機能がストップしてしまったら・・・?受診する私たちにも弊害がないはずはないと思うのです。


では何が問題か、これについては先日、「“適応外使用”はいけないこと?」のエントリーへのコメントの中で、一内科医さんからも、適応外使用に関連して「病名」の問題をご提示いただきました。


上記のロハス・メディカル本誌(2009年3月号)でも、「レセプト病名」の問題として紹介されています。抜粋してみますと、

【 医療の進歩に比べて保険適用の拡大は遅くなりがちなので、過剰などでなく最善なのに保険を使えないという疾病と薬・治療の組み合わせが数多く存在します。この、制度と現場の乖離をつなぐための必要悪的行為として、行いたい治療の方に合わせてレセプトに別の診断名を書くという「レセプト病名」づけが広く行われるようになっています。しかも、ルール破りの共犯にするわけにいかない、と患者に知らせていない医師も少なくありません。後からレセプト開示の際に「知らない病名がついている」とトラブルの原因となることもあり、正常化が急がれます。審査の締め付けがもっと厳しくなってレセプト病名でも対処できないと、医療機関は持ち出し覚悟で治療を続けるか、査定されない範囲に治療を留めるかのどちらかしかなくなります。最近は、どこの医療機関も経営が厳しいので、後者の運用が増え、結果的に患者からすると医療内容が後退しかねない状況になっています。 】

そして、これがオンライン化されることで、

【 医療機関に一層の「レセプト病名」を強いることになるかもしれません。そもそも「レセプト病名」を放置したままデータベースにしたとしても、実態と乖離していていて使い物にならない危険性があります。 これをクリアするには、患者の最善を考えると「レセプト病名」を選ぶしかないという状況を変える必要があります。適用内か否かという機械的審査ではなく、医療の必要性に即した柔軟な審査が求められます。機械的審査の背景には国を挙げての医療費抑制政策があります。 】


・・・うーん、なんとも理不尽です! 医療機関が医療費を無事請求できるために、「レセプト病名」ありきの診断・治療となるだなんて、本末転倒もいいところですよね。「適用内か否かという機械的審査ではなく、医療の必要性に即した柔軟な審査が求められます」というのは最もなのですが、オンライン化はそれに逆行するものにほかなりません。

「医療費抑制政策」としてオンライン化を進めるのは、効率化という点では正しいのかもしれません。少なくとも、医療費抑制政策そのものの是非はともかく、無駄を省く努力は必要です。それにしても、効率化の名の下に、結果的に国民の享受できる医療内容に歪みが生じかねないというのは、どう考えても納得できません。このあたり、たとえば諸外国ではどのように対応しているのでしょうか? 医療のなかで、効率化すべきところ、効率化すべきでないところ、また適切な効率化の手段、そういったものが、十分議論をつくされないうちに、とにもかくにもオンライン化を急いだような気がしてなりません。


そう考えると、疑心暗鬼がまたアタマをもたげてきます。レセプトのオンライン化で、誰か得をするヒトがいるのではないか(もちろん、大義名分としては、医療費削減等、いろいろありますが)。オンラインシステムの導入に必要なモノや、それに関わる組織、ヒト・・・国民の知らないところで、様々な思惑が渦巻いているんではないかと、勘繰ってしまいます・・・。


さて、そうしたことを含めて、レセプトの問題はもちろん病名に関することだけではありません。もっと抜本的な改善が必要だという話もあります。これについては、明日、つづきをご紹介したいと思います。

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コメント

レセプトオンラインに限らず、全てに言えることなのですが、新しい制度が導入されようとしているときは、「誰がなぜ推進しているのか」と「誰がなぜ反対しているのか」を抑える必要があります。

生活改善を指導している糖尿病患者は何人いるのか?
経口糖尿病薬を投与されている患者は何人か?
インスリンを投与されている患者は何人か?

どれも、誰も、答えられません。その中で特定健診制度が始まりました。その効果はどうやって判定するのでしょう?

レセプトオンラインに限る必要はありませんが、そのデータを分析させてもらえるのなら、レセプトオンラインはとても有意義な仕組みになると考える人がいます。

紙のレセプトを入力しなおして審査している人たちは、レセプトオンラインになるととても効率が良くなります。医事コンピュータで請求している施設では、紙でレセプトを提出することは無駄以外の何ものでもないようにも思います。こういう理由でレセプトオンラインを欲している人がいます。審査の費用もつまるところ国民が負担しているので、合理化は悪いわけではありません。

レセプトオンラインに伴うIT特需を待っている人たちもいます。通信業界、ハード・ソフトコンピュータ業界、カード発行や印刷業界などの人たちです。

一方、保険証をごまかして使っている人がいる事も事実で、この面から反対している人もいます。

IT投資に耐えられない(金銭的・労力的)として反対している人もいます。

レセプトの審査が機械的に行われて医療を行いにくくなると考える人もいます。

レセプト情報を解析すること自体が、データ収集の目的から外れるので良くないと考える人もいます。

レセプト情報はバイアスのかかった情報なので、バイアスを取り除く方法を考えない限りレセプトオンラインに踏み切るべきでないと考える人もいます。

もっと別の理由でも賛成したり反対したりしています。
ただ、レセプトオンラインで無ければ実現できない機能は何か、運用で解決できる問題は何か、どうにも解決できない問題点は何か、よく考えるべきと思います。

私個人は、全ての医療機関が無料で使える医事会計システムを国が提供してオンラインに踏み切り、人が関与しない一次審査、本当の識者が関与する二次審査とし、審査が終わったものを解析できる仕組みにすべきだと思います。

>ふじたんさま

ご指摘いただいたとおり、支持する側、反対する側、両方の言い分があり、それをきちんと比較衡量する必要がありますね。その前提となる議論がまったくもって不十分だと感じます。

>私個人は、全ての医療機関が無料で使える医事会計システムを国が提供してオンラインに踏み切り、人が関与しない一次審査、本当の識者が関与する二次審査とし、審査が終わったものを解析できる仕組みにすべきだと思います。

大変興味深いアイディアです。ひとつ、「人が関与しない一次審査」を前にもってくることで、かなりのコスト削減が望めそうですが、先にエントリーでも書かせていただいた適応外使用の問題と関連して、システム設計等にも工夫が必要になってくるのだろうなあ、とは思います。また、「審査が終わったものを解析できる仕組み」は重要です。そうしたこと含め、明日のエントリーに書かせていただこうかなと考えています。

レセプト・オンライン化について厚労省は紙の媒体を電子化すると単純に考えているのかもしれませんが様々な問題点を含んでいます。私が考える問題点は以下の3つです。

1.現在レセコンを使用していない診療所の問題
現在もレセコンを使用していない医療機関は約2割もあるそうです。多くは高齢化した院長が担当しているところで、これから機械の操作を覚えるのはコストや労力に合わないところがほとんどです。
厚労省は当初オンライン化は努力目標として設定していました。ところが誰に承諾を得てもいないのに突然、義務化と書き換えられていました。
厚労省はやりかたを間違えたと思います。たとえば「オンライン化した診療所には5,000点付加する」とでもアメをぶら下げれば、レセコンを使用していない診療所も努力したことでしょう。そうすれば2割のうちの数十%は自己解決し、紙の媒体と併用することも可能になったはずです。

2.コード体系の問題
オンライン化するということは、レセプト査定もコンピュータ化するということを意味します。電算機というものは1対1対応が基本ですから、シソーラスだの類推だのは不得意な分野以外の何物でもありません。ここで使われる病名はコード化されICD-10に準拠するということになっています。このICD-10という病名コードは、法医学あるいは病理学的には使用可能ですが、臨床医学の点からは非常に使いずらいコード体系になっています。
もちろん「上気道炎に対する解熱作用」などというコードは存在しません。ならば、すべてが分類不能のコード9999になってしまう可能性があります。
これを電算機処理するためには、もっとおおまかな分類に直す必要があります。さらにコードを一致させるために保険支払機関・製薬会社・検査会社・医療機関が統一コードを作り直す必要があるはずなのです。

3.個人情報保護の問題
レセプト・オンライン化は実はどのようにやるのかご存じでしょうか?
レセコンを国のサーバーに直結して請求するのではありません。レセコンから出力したファイルを、国と独占契約した一企業のサーバーにパソコンを使ってそのファイルを送るというのがオンライン化の中身です。
このとき、万一情報が漏れた場合には、どこが責任をとるのでしょうか? 国のサーバーであれば、まだ責任の所在が明らかであきらめもつくような気もします。
全てが見切り発車というか、煮詰めもせずに発進した計画という気がしてなりません。

追記:なお、医療情報のIT化というのは、2006年度版の「米国の対日:年次改革要望書」に列挙されていたものです。この後オンライン化が広く騒がれるようになったのは偶然なのでしょうか?

長文済みません。

>一内科医さま

丁寧なご指導をありがとうございました。こうろう省がやり方を間違えたという点、ご提案どおりにやっていたら実際、かなり違ったでしょうね。間違えたというか何と言うか、そういうやり方が当たり前だと思っているし、そのあたりを考えようなんて気はおそらくないでしょう。その能のなさが、やっぱりお役所なのでしょうね。

>追記:なお、医療情報のIT化というのは、2006年度版の「米国の対日:年次改革要望書」に列挙されていたものです。この後オンライン化が広く騒がれるようになったのは偶然なのでしょうか?

それは存じ上げませんでした。独断と偏見で言うなら、偶然ではないでしょうね。郵政民営化や法科大学院の設置など、ここ10年ほどの日本の政策の多くに、要望書の内容をそのまま反映したようなものが目立ちます。今年は医薬分野についても盛り込まれるそうですね。日本はやっぱり51番目の州なんでしょうか。

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