1月17日なので

投稿者: 川口恭 | 投稿日時: 2007年01月17日 16:37

~ 災害拠点病院に診療余力と地域の調整能力を ~
      山田憲彦 防衛医大教授
               MRICインタビュー vol 18
               聞き手・ロハスメディア 川口恭
               

―― 最近、災害時の医療対応のあり方を含め、医療・病院の危機管理に関心が高まっているように思います。つきましては、患者さんにも分かりやすいように解説していただけないかと思って参りました。

 病院の危機管理というと、大きく分けて2つの面があります。災害など普段と異なる状況下で、傷病者が普段と桁違いに集中発生する一時的なニーズに応えること、それから、病院そのものの機能が失われる中で入院患者さん・手術中の患者さんをサポートする機能を継続することの2つです。

 危機管理で難しいのは、その時になってみないと準備ができているか判明しないことです。しかも、この準備は普段の病院にとってあまり得がありません。


―― 得がない。

 今の時代、病院経営が厳しいので、診療を休んで訓練するのは基本的に難しいのです。患者さんの理解も得にくいのではないでしょうか。とはいえ、病院に得がないからといって、やらなくて良いかと言えばそんなものではありません。

 そもそも医療の危機管理が注目されるようになったきっかけは、阪神・淡路大震災です。この震災への対応にかかわった方々が一生懸命やられた事は誰も疑いを挟むものではありませんが、もし準備や体制ができていれば、死者6千人のうち一定部分は救命できたのでないかと見られています。通常レベルの医療が提供されていれば防げた死、これをプリベンタブル・デスと呼びますけれど、これをできるだけ少なくするというのが、大震災以降、災害時の救急医療体制に関する国家的な目標になっていると言えます。

 この方針に沿って、南関東、東海、東南海・南海の3ヵ所については、内閣府を中心に災害医療計画が策定されています。厚生労働省もDMAT(災害医療派遣チーム)制度を設けていますし、防衛庁も搬送ニーズに応えようと、航空自衛隊に10月に患者搬送チームが発足しました。

 国の重要な対応方針の一つとして、被災していない地域へ重症患者を搬送する等の広域対応があります。このような対応においてキーとなるのは災害拠点病院の活動です。災害拠点病院は、イザという時、地域のみならず全国の出来事への対応も求めらる訳です。

 しかし、先ほども申し上げたように、災害拠点病院の患者、管理者、現場医療者にとって、こうした災害への備えの必然性や蓋然性を、実感をもって理解することはなかなか困難です。もちろん、皆、頭では理解していると思いますが実感の伴わない分、どうしても後手後手の対応になる、これが現状だと思います。


―― 現状まだまだですか。

 とはいえ、JR西日本の脱線事故の際には、阪神・淡路大震災の時にはうまく行われなかったトリアージやヘリコプターによる患者搬送も行われ、相当に進歩が見られることも確かです。ヘリについて言えば、阪神・淡路大震災の当日に運べたのが1人だけという惨状でしたから、格段の進歩だと思います。ただし、実際に対応された方々からは、もう少し事故の規模が大きければ、十分な対応は難しかったかもしれないと伺っております。良い方には向いているが、当初の目標からすると、まだまだ十分ではないという状態です。


―― 何が足りないのでしょう。

 災害対応に必要なのは拠点病院を含む救急医療の余力です。これは日常的な効率性や利便性とは必ずしも直結しない側面もあり、ある種、不便さを織り込むというか、効率を度外視する必要もあります。これが今後の課題です。

 ドクターヘリが正式に運用されるようになって3年経ちますが、少数に留まり、通常時の所要も十分には満たしていない状態です。そんな状態で、災害時に大規模な運用ができるのか不安です。空自の輸送機を活用した空港から空港への広域搬送訓練は行われるようになりましたが、一方で大幅に所要が増加する被災地内の搬送や、被災地の拠点病院から広域搬送のために拠点空港まで搬送する際にヘ
リコプターがどこまで寄与できるのか不安が残ります。


―― 拠点病院に求められる「余力」とは何でしょう。

 診療能力にある程度の余力を持つことと、地域の医療機関の調整拠点としての役割を果たすことです。地域レベルでの診療余力と調整力が整備されてこそ、広域対応の拠点として機能することも可能になります。地域の調整は県などの公的機関に負わせるという発想もありますが、拠点病院が一定の役割を果たすのが合理的です。

 しかし、これらの機能は、病院経営からすると一見無駄な機能です。余力というのは、人が余っているように理解されるだけでなく、普段あまり用いないものの管理も含みます。明らかに短期間の経済合理性に反しますので、中・長期的な視野に立って国や県など公共部門が経営を強力に支える仕組みは必要だろうと思います。

 広域対応が実際に機能するためには、まず地域単位、県単位、道州単位での連携が確立している必要があると思います。日常的に迅速な対応が取れるなら、広域対応も可能になります。日常抜きに広域対応だけ検討しても、それが日常の延長にない限り、医療者や関係者のアパシー(無関心・無気力)を招いて、イザという時に信頼できる対応はできません。非常時に、普段とは全く異なることをイチから組みなおすというのは机上の空論です。普段出来ていることさえ出来なくなってしまうのが災害の普遍的な特徴ですから。

 ですから、内閣府が広域対応の方針を明確にしたのは意義深いことだとは思いますが、現状の計画は日常とかけ離れた特定の大震災専用の計画として立てられているので、想定外のことが起きたときにまったく対応できないと思っています。

 繰り返しになりますが、最初のキーステーションは災害拠点病院の地域における調整能力の整備で、そこへの公的な支援制度が欠かせません。そこが非常に弱いと思います。


―― 公的関与が必要とのことですが、患者としてできることはありませんか。

 そうですねえ。患者さんが、急な時に頼りたいと思うような地域の拠点病院が普段の救急で手一杯という状況は問題です。救急に関係する病院は重要なリソースとして、余力を持てるように見ていただければ勇気づけられます。余力を持つのは、運営者や現場の思いだけでは達成できません。ポリティカルマターとして、国民の皆様に応援していただければと思います。


―― 普段の救急で手一杯にしないよう、不急の時に救急を利用しないよう心がけたら良いですか。

 オーバートリアージは許されると思いますので、救急を利用するなというのは言えません。ただ救急車が疲弊していることは確かなので、その適切な使い方を考えていただきたいと思いますが、不安があったら遠慮なく救急を利用するべきだと思います。

 これまでの救急は分散型で、近場で対応するという発想でした。しかし、分散していると、たとえば救急施設ごとに外傷専門の医師と麻酔医が24時間待機しているような状態を作るのは不可能です。広域対応が国の政策として明確になってきました。日常のニーズと広域対応との整合性を取るためには、集約化とヘリ搬送の充実とが表裏一体で必要なんだと思います。地域の特に高度な救急医療機能を拠点病院に集約することも必要かと思います。災害時には遠方からの支援医療チーム(DMAT等)との協同や広域搬送も必要になりますので、大型空港とのアクセスが良い拠点病院の充実強化はとても重要だと思います。


―― 患者として他にできることはありませんか。

 普段から「もっとヘリを使って欲しい」とか、「なぜ、たらい回しするのか」といった声を行政・政治へ挙げ続けることでしょうか。そもそも地域の調整機構が日頃から働いて搬送体制がしっかりしていれば、たらい回しは相当減少させることができます。現状は搬送力が弱いし医療機関も必要な情報の共有ができていません。

 我々は阪神・淡路大震災の際に、なぜこの程度の重症度の患者さんが亡くならねばならなかったのかということに愕然としました。それがあきらめきれないから、今こうして危機管理の議論をしています。仕方ないと思ったら進歩はありません。そう簡単にあきらめてはいけないし、日本にはそれだけの潜在能力はあります。問題は、社会全体が組織立って動けるかです。「社会全体が動く」ためには、危機感が一般の人にも共有されることが必要です。

 名医ブームですが、どんな名医でも1人で診られる人数なんてタカが知れています。災害時は、医療者のみならず多くの方々の協力が必要ですが、このためには、広く皆様のご理解と協力が必要です。一緒に声を挙げてほしいと思います。


―― 災害対応が進めば、日常のたらい回しがなくなるわけですか。

 余力を持った災害拠点病院というのは、総合病院の救急医療に関する機能が24時間フルスタッフで営業しているイメージですから、搬送先を迷う必要がありません。高度な救急医療を分散したままでは、医師や看護師の大幅増員がなければ、たらい回しになるのは避けられないのではないでしょうか。

 国民にとって、救急医療は身近にほしいというニーズがあります。それは地理的でなくて時間的でも構わないはずです。一方で医療が高度化・複雑化してリソースを集中しなければならないという大きな流れもあります。身近なニーズに応えつつ医療の高度化に対応すること、すなわち救急医療の近接性と高度性の両立のポイントは、集中したリソースを効率的に運用する体制の構築にあります。このような体制こそ、日常のたらい回しの解消と災害時の適切な救急医療提供の基盤になるものと思います。


―― 大変勉強になりました。

 以前、ヤマト運輸の人から面白い話を聴きました。クロネコの宅急便は、サービスを開始した時から25年間で荷物の取扱量が10の4乗オーダーで増えたそうです。最初は単純な宅急便だけだったのが、クールとかタイムサービスとかサービスが細分化しましたので、タスク量を考えると10の5乗にはなっているでしょう。しかし、人員やトラックは10のオーダーでしか増えていない。こういうことが実際に起きているんです。

 それを可能にしたのが毎年100億円近い情報管理への投資なんだそうです。限りある資源を効率よく運用するためには情報管理が不可欠ということがよく分かります。この観点はまだ災害医療の分野にはないのですが、新たなリソースの投入が困難だとすると、情報管理の充実は今後のキーポイントになると考えています。


(ご略歴)
1960年 兵庫県生まれ
1985年 防衛医科大学校卒業
1987年 航空自衛隊部隊勤務
1994年 大阪大学大学院卒業
2002年 自衛隊岐阜病院教育部長
2004年 防衛庁航空幕僚監部 首席衛生官付衛生官
2005年 現職

*このインタビューを一般の方向けにリライトしたものが『ロハス・メディカル』1月20日号に掲載されます。

MRICの許可を得て転載しています)

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