二十年一日の如く |
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投稿者: 加藤大基 | 投稿日時: 2007年05月13日 01:26 |
更新が滞ってしまい、あっという間に3週間も経ってしまいました。
現在のところ、幸いにも自覚症状がないので、病気のことだけをテーマにすると、どうしても滞ってしまいがちな状況です。
ただ一般的に言って、がんで自覚症状があるようであれば、少なからず進行した状態なので、術後経過観察中の私にしてみれば、がんに伴う症状がないことは、ある意味当たり前のことなのです。
根治術を受けた私にとっては、今後がんの再発があった場合、それはすなわち数ヶ月から数年の命ということであり、今後もがんの症状が出現するという状況は、絶対に避けたいところです。
そこで、今日は病気から少し離れたお話を。
今晩TVで「めぞん一刻」の実写ドラマ版を観たので、それに関連して思ったことを。
TVのアニメ版が放映されていたのは、今から20年前頃。
この頃、中学生~高校生の私は、7時からドラゴンボールを観て、7時半からめぞん一刻を観るのが毎週水曜日の楽しみでした(さらには9時からの夜のヒットスタジオDELUXE、11時からはプロ野球ニュースも観て)。
同じような経験をお持ちの、現在30代の方も少なくないかと思います。
当時の私は、部活(中学までの野球部)とTVだけ、といっても過言ではないような生活でした。
あれから20年も経つのか…
当時の年齢15~16歳の倍以上の年月を、あれから経たのだと思うと、この20年があっという間に過ぎ去ったことを改めて実感する次第です。
さらに、今晩のこの番組のCMで「(トヨタ)プリウスが誕生して10年」と言っていました。
まだつい最近だと思っていたのに…。
年齢を重ねるに従って、体感時間は短くなる傾向にあることはよく知られていることではありますが、これは少々まずい。
今度の20年後は50代後半!!
もっとも、がん患者である自分に20年後があればの話ですが。
体感時間での人生の折り返し地点は20歳とも言われています。
仮にそうであるとすれば、今年36歳の私は、もはや人生の折り返し地点を過ぎているのかもしれません。
しかし、このまま漫然と日常を送っていると、がんを克服したとしても、あっという間に人生が終わってしまうような気がします。
体感時間を少しでも長くするために、人生の密度を濃くする努力をせねばとの思いを、がん罹患後は一層強くするようになりました。
大患を経験すると、喜びに対する「しきい値」が恐ろしく低くなります。単純に生きているだけでもとても素晴らしいことなのだと。
人生の密度を濃くすることと、矛盾しているようですが、少しでも楽しんで人生を終わりたいとの思いが根底にはあるという点では同じことだと思います。
現状に不平・不満ばかりを言っていては、勿体ないと感じるようになりました。
このあたりのことは、ロハスメディカル紙上対談、さらには本に、より多くのことを書いていますので、よろしければ見て下されば幸いです(結局、宣伝になってしまいました。すみません)。
コメント
ドラゴンボールって7つ集めると願いが一つ、叶うんでしたね。
子供の頃、『私だったら・・・』っていろいろ考えました。
あの頃の願いは『大きな宇宙船に乗って5百年、旅をしたい』でした。(笑)
5百年、と寿命よりは長いけど限りをつけたのは、『永遠は有り得ない』と漠然と感じていたからでした。
あの頃は物事の本質を素直に受け入れられていた気がします。
生きる事は死ぬ事。
産まれたからには必ず死ぬんだろうな、という具合に。
でも、大人になるとどういう過程で死んでしまうのか、それこそが重要と考えるようになりました。
ひとつしかない自分の人生をどう生きて、どう締めくくるかはもちろん大切なんだけど。
その感情に捕らわれずに生きる事ができたのなら、生も死も、もっと色濃く、自然の摂理として受け入れていけると私自身は思います。
繰り返すことのない時間を生きている事。
死ぬ事は『何かの間違い』ではない事。
だらだらと頭の中のまとまらない事を書き連ねてしまいました。
先生はドラゴンボール、7つ揃ったら何をお願いしますか。
>仁山様
コメントをいただき、ありがとうございます。
当面は、やはり病気が完治することですね。
しかし、これではあまりにも予想された答えかもしれませんので、それ以外だと…
自分も含めた一人でも多くの人が幸せになれる社会の到来です。
とてもくさいことをいうようですが。
格差社会・いじめ・自殺・事件・事故・企業の不祥事、世界に目を向ければ貧困・差別・紛争など、毎日のニュースが、なんだか暗い話が多くて。
私には何の力もありませんが、社会の上に立つ人には、ノブレス・オブリージュの精神を持っていただきたいと心から思います。
しかし、力のない私のような者でも、社会に対して少しでもできることをすべきなのでしょうね。
自分自身のことに目を向けると、命の長短によらず、悔いのない人生を送りたいなと思います。
しかしこれは、ドラゴンボールにお願いするのではなく、自分の努力で叶えるべきことかもしれませんね。
加藤様
う~んたしかに!
34歳元野球部の私は、TVのタイムテーブルに大変共感してしまいました。
この前の「めぞん一刻」は見逃したのですが、
CMで見て「高橋由美子、大丈夫か?!」と思いました。
やはり、当時のアイドル像が頭にちらついて。。。
プリウス誕生10年CMも、ああそうだなあときのう思ったばかりなのでした。
生まれて初めて公の賞をもらったのが、
1999年のラジオCMコンペでプリウスを扱ったときなので、
なんだか時間の流れを感じます。
あのころのハイブリッドという単語は、
いまでいうバイオマスという単語と
認知度ではいい勝負かもしれません。
きょう喫茶店で、
「30代って全然像つかないよね」という中学男子の会話を小耳に挟みましたが、
そういえば昔の自分もそうだったよなと思いました。
30代の自分は何をしているか、どんな感じなのかまったくわからなかった。
そしていま、、、なんとかやってる。
新しいような古いようなここ20年、
いやはや
タイムリーな話題をありがとうございました。
訂正です。
本文中の
「当時の年齢15~16歳の倍以上の年月を、あれから経たのだと」
では、現在少なくとも45歳以上になってしまいますね(笑)。
「当時までに生きていた15~16年を超える年月を、あれから経たのだと」
とでもなりますか。
長文を書くと、つい推敲がおざなりになってしまいます。
>みやっち様
プリウスのラジオCMコンペで公の賞を受賞されたとのこと、すごいですね。
私は公の賞など頂いたことがありません。
高橋由美子は、私もどうかと思っていましたが、結構役にハマっていました。
確かに、我々世代には、「20世紀最後の正統派アイドル」といわれていましたもんね。
しかし、ショムニではじけ始めてからは、うまくイメージから脱却したのではないでしょうか。
今の中学生に、「30代なんてあっという間だよ」なんていうと、完璧におじさん扱いされてしまうのでしょうね。ガックリ…。