読後感想ありがとうございます。 |
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投稿者: 加藤大基 | 投稿日時: 2007年07月20日 20:38 |
私の6月1日のブログへ、新たなコメントをいただいているとのご指摘を、川口様よりいただきました。
今までに手紙の形でも、同様の読後感想をいただいていますが、今回はブログに直接書き込んでくださっているので、公開を前提との認識のもと、この欄に返信及びいただいた文章を再アップさせていただきます。
(ロハスメディアなどに直接お手紙をくださった方には、メールや手紙での返事を順次したためている最中ですので、しばしお待ちください。)
〉吉田様
たくさんのコメントをいただき、ありがとうございます。
また、繰り返し拙著を読んでくださったとのこと、重ねてお礼申し上げます。
私と同じように、術前に悪性を疑われたということで、とても気分が重かったことでしょう。
私も術前、とても気分が重かったですし、術後は悪性の診断もさることながら、痛みや違和感・倦怠感もあることから、とても弱気になっていました。
吉田様は幸いなことに良性だったとのこと、本当によかったですね。
私も肺癌罹患前までは、漠然と80歳くらいまでは生きられるだろうと、何の根拠もなく思っていました。
しかし今回の罹患で、死をものすごく身近なものに感じることになり、人間いつ死んでもおかしくないのだということに、改めて気づかされました。
歴史上には、多くの仕事を成し遂げているにもかかわらず、若くして亡くなっている人も少なくありません。
そのような人たちの生き様を改めて書き記すことによって、読者の方はもちろんですが、実は私自身をも鼓舞させようと考えていました。
私自身はがん患者となりましたが、レントゲンでの異常陰影発見当初は、医者であることが災いしてか、最悪の事態(多発の肺転移)を想像していました。
しかし、結果的には病変は肺だけとわかり、原発性肺癌との診断となり、生きながらえる可能性も残されていることを知りました。
術後の人生は拾った命だと思って、有限な人生の残りの時間を、少しでも有効に、また人の役に立てるように使いたいとの思いを強くしました。
本当に自分だけの命ではなく、周りに生かされていることを心から感謝し、自分が社会に貢献できることがあれば、積極的にしていきたいと考えています。
拙著を読んでくださった方の中にも、吉田様のように、何かを感じてくださる方があれば、これ以上の喜びはありません。
勤務医の労働環境に関しては、入院を経験された方なら、多かれ少なかれご存じだと思いますが、外来だけ受診されている方は、なぜ外来であんなに待たされるのかなど、理解できないことが少なくないのではないかと推測します。
勤務医の労働環境を、少しでも多くの方に知っていただき、皆が少しでも安心して病院にかかれるようなシステムに変えていかなければいけないと思っています。
私は、術後1年を経て、今までのところは順調に経過しています。
吉田様も、術後まだ日が浅いようですので、くれぐれもお大事になさってください。
………以下、6月1日ブログへの吉田様のコメントの引用です………
はじめまして。
加藤先生。
私は、吉田と申します。
感謝の御礼の手紙かメールをと思い、本を見て、ここにたどり着きました。
先生の著書を何度も何度も繰り返し拝読させていただき、立ち直ることができました。ありがとうございました。
先生と同じように、肺にできた腫瘍が悪性かそれとも何かを見極めるために手術をいたしました。悪性であるという所見を挙げないわけには、いかないということで、先生と同じような検査をして、手術もいたしました。結果、良性の腫瘍でホッとしたのですが、私は、医療従事者でもなく、病気に対する知識もとぼしく、先生の本で、初めてがんや検査について色々な意味を知りました。それまで、先生からの話や自分なりにインターネットなどで、調べたつもりでしたが、医療の世界は奥が深く、改めて、その意味を知ることとなりました。手術前は、全く未知の世界でとても不安で、悪性と思っただけで、涙がとまりませんでした。退院後、痛みから来る不安と、悪性ではないかという緊張がとけたためか、心のバランスを崩してしまい、悪性ではなかったのに、手術後4週間たっても元気になることができずにいました。
そのような時に、先生の本と出合いました。自分の中で昇華するのに2週間、何度も何度も繰り返し読みました。
私が一番ありがたかったのは、心の持ち方と生は有限である、ということです。
吉田松陰の春・夏・秋・冬、ルターのりんごの話、古市公威の話など、私には、新鮮で、再び、がんばれよ、もう、だめかと思っていたのに、授かった命なのだから、まだ、いろんなチャンスはある、あなたの気持ち次第だよと、諭されているようでした。そして、私なりの春・夏・秋・冬の満足のいく、後悔しない生き方をしようと、心に決めました。また、有限である生、ある程度、年を老いてから亡くなるものと勝手に思っておりましたが、実は、違うということを、今回死を意識した時に、再認識させられました。人は、100%死ぬ、命に限りがあるということを知り、1日1日を感謝して、足るを知り、生活していきたいと思います。
深く、暗いもやの中におりましたが、ここ1週間でかなり気持ちが楽になりました。
本当にありがとうございました。
私の担当の外科のお医者様も月~金は、朝・夕の2回土・日もなく毎日回診にきてくださり、一体いつ休むのだろう?なんて、素朴に思い、ハードな仕事だと、本当に思っていたところへ、全く同じ内容の激務のことが書かれてあったので、やはり、と、納得してしまいました。
先生だって、休みがないと、いくらなんでも、心も体も壊れますよね。労働環境は、とても大切だと思います。
駄文で申し訳ございませんが、心より、感謝申し上げます。
末筆となりましたが、先生のご健康をお祈り申し上げるとともに、この本が多くの人に読まれますよう、そして、多くの患者さんたちに、勇気を与えてくれることを願っております。
ありがとうございました。
多謝
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コメント
『有限な人生の残りの時間を、少しでも有効に、また人の役に立てるように使いたいとの思いを強くしました。
本当に自分だけの命ではなく、周りに生かされていることを心から感謝し、自分が社会に貢献できることがあれば、積極的にしていきたいと考えています。』
先生はどういう生き方が理想ですか?
今まで通りの人生とか、新しいことをはじめるとか。例えがうまくないですねw
それとも『命』があるだけで幸せって実感ができますか?
もし、よければ教えてください。
先生の幸せの形ってなんですか?
>仁山様
たしかに抽象的な表現だったかもしれませんね。
しかし、具体例を挙げるのも少々ヤボかとも思いまして。
今までの私は、どちらかというと消極的で、世間からも少し距離をおいているところがありました。人との交流にも消極的な方で、誰にも迷惑をかけなければ世間から距離を置いてもいいのではとも考えていたのですが、現在は自分にできることがあれば積極的に行動しようと考えています。
学問的には、医学に関しては、今までも患者さんにきめこまやかな医療情報提供をしてきたつもりではありますが、人文系の学問をするにおいては、ただ自己満足に陥ることなく、自分が習得したことを他者に還元できることがあればそれをしていきたいと考えています。
具体的には、現在、東大の(医学部・文学部・法学部などの)学部の枠を超えた死生学に関する調査・研究に参加することを予定しており、その成果として、がんを始めとする重篤な病気にかかっている患者と緩和医療にかかわる多くの医療者とが共有できる情報・思想を提供できないかなどと、少々分不相応とも思える構想を抱いています。
私はがん患者と医療者の両側に属している人間なので、これは私のような人間に与えられた、ある種使命のようなものだと考えています。
物事を思索するに当たっては、個人で完結するのではなく、広く問うてみるような行動に移さなければならないということです。当然のことながら、それに対する批判的意見もあるでしょうが、議論をすることから始まるのではないかと考えています。
また、がん治療を取り巻く環境や、勤務医の労働状況を、少しでも多くの方に知っていただく機会や、学ばせてもらう機会があれば、積極的に参加させてもらうことも考えています。
もちろん、命あっての物種であり、命があるだけでも十分に幸せなことだと思います。
ただ、せっかくある命ならば、周りにとっていてもいなくても同じ存在であるよりは、人から必要とされる人間になりたいということです。これまた抽象的な表現ですが、上記の内容などから判断していただければと思います。
今回の吉田様からのメッセージのような、読者の方からの共感や感謝・励ましのお手紙をいただいて、多くの人と喜びを共有したり悩みに共感できたりすることも幸せなことだと思っています。
お答えありがとうございます。
先生は、一生を医療の関係にささげたいとお考えなんですね。
怖くないですか?
疲れませんか?
病気から意識をそらしたいとは思いませんか?
先生はいつも満点なお答えです。
>仁山様
医療を中心として、もう少し広い視野で、世の中の事象を捉えられないかなどと考えています。
いろいろと思索すると、わくわくすることも少なくないです。
私も再発を恐れる気持ちはもちろん強くあります。
しかし(がん患者である私に限らず)ほぼ全ての人の人生は、たかだか数十年です。
死は意識しなければいけないけれども、死を恐れるあまり行動が滞ってしまっては、有限な人生、もったいないと思います。
「言うは易く行うは難し」ですが、考えていることのうちの少しでも多くのことについて行動できればと考えています。
加藤先生、
小学校時代に同じ社宅で、まるで弟のように可愛がって頂きました朝日健太郎と申します。頭の片隅にでもご記憶にございますでしょうか?一緒に野球をして遊んだり、帰省したり・・・当時の楽しかった事は今でも鮮明に覚えております。
本日9日の産経新聞記事でのお名前にはっとなり、約25年ぶりに紙面でお姿を拝見させて頂きました。インターネットで検索し、内容が不適切かとは思いつつも、こちらに書き込ませて頂いた次第です。母親から医師としてご活躍されている旨は聞いておりましたが、それにしても、ご活躍に加え、癌患者をもご経験されたとの記事には驚きました。ただ、昔ながらの正義感と使命感で、医療の現場でご活躍されているご様子は、さすがだと感じました。昔と変わりませんね。
現在、私は妻と2人の子供と共に東京に住んでおります。お時間のある時にでもお返事頂ければ幸いです(メールアドレスも添付致しました)機会がございましたら、一度お会いできればと思っております。
それでは。
無理をなさらぬよう、お体には十分にご留意されて下さい。
>朝日様
メールアドレスを公開するのは危険なので
加藤先生に直接お伝えいたしました。
>朝日様
本当にご無沙汰ですね。
もちろん福岡の社宅でのことは、とても鮮明に覚えています。
東京にお住まいだったのですね。
私も現在は東京に住んでいるので、是非近いうちにお会いしましょう。
後ほど、直接メールさせていただきます。
>川口様
プライバシーに対するご配慮をいただき、ありがとうございます。
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ブログの更新をしなければと思いつつ、日常の雑多なことに忙殺されている次第です。
来週、少しお休みをいただいているので、ブログの更新他、がんばろうと思います。