インターベンション学会報告(3)

投稿者: 川口恭 | 投稿日時: 2008年07月08日 12:44

1日遅れで3番目の寺野彰・独協医科大学学長の発表の模様をご報告する。


寺野先生は弁護士資格も持っているらしい。
「今日与えられたテーマは医療事故の刑事事件化をいかに防ぐか。非常に大きなテーマで20分間に全部説明することはできないので、主に死因究明制度、事故調のことについて述べたい。

医療過誤の法的責任は言うまでもなく、民事、行政、刑事の3つで問われる。刑法でこの関係で問題になるのは、211条の業務上過失致死傷罪、それから重大な過失。極端には、こんな法律やめてしまえという意見もあるが、しかしこの法律を潰すわけにはいかない。もの凄く範囲の広い法律で刑法の中でも重要な位置を占めているので潰すことはできない。ただ、これを変えられないかという考え方はある。実は、211条には2項がある。交通事故に対して特殊に扱っている。だから3項で医療を扱っても構わない。可能は可能なんだが、そうすると個別にどこまで作ればよいのかという話にもなって、医療は交通事故ほど普遍的なものではないと考えられており、まだそこまで至っていないのだが、この問題について真剣な議論を続けていくと、3項をつくろうという動きが出る可能性はある。

民事事件は損害賠償請求になり、実際には行政責任が大きなもので我々にとって一番怖い、というのは刑事事件も大体が罰金で略式裁判が多いのだけれど、そうすると行政処分で医師免許を取り上げられるというのが一番怖い。だから本当に大事なのは行政処分なのだけれど、しかし我々の感覚からすると刑事責任というのは重大で、非常に心理的に参ってしまう。罰金で終わっても、執行猶予がついても、取り調べの過程で心理的に参ってしまう。無罪であっても実質的な刑罰になってしまう。しかし刑法には、本来の姿・運用として、できるだけ謙抑的にするという大原則がある。医療に限らず、すべての分野でそうなんだけれど、しかし今は刑事がグっと大きくなっていて、それによって医療の萎縮が起きている。これを何とか断ち切らない限り、医療崩壊は現実味を帯びる。これを元のように刑事を小さく、行政を大きく直したい、ということ。

そういうことを今度の医療安全調査委員会が実現可能なのか、これが一番の問題なんだと思う。

起訴から公判までの所は今は申し上げない。異状死の届け出が捜査の端緒になることは間違いない。で業務上過失を認めてしまえば略式命令で罰金になるが、罪状を争うならば訴訟になる。医師法21条は皆さんもよくご存じだと思うが、これ自身は元々は医療事故のためにあったわけではなくて、路上で見つかるような原因不明の死体に対しての届け出なので、このこと自体は必要。医師法21条をなくせ、廃止しろという主張もあるけれど、この法律そのものは一般的には必要な条文ということになる。これに医療事故が含まれるかどうかというのを、どう工夫するかになる。実際は法医学会がガイドラインを出しており、未だに頑固に言ってるけれど、これのお陰でだいぶ医療事故が異状死に入ってしまったという非常に責任のあるガイドラインだったと思う。それを何とか変えようではないかという大きな流れの中で、途中経過はすっ飛ばすけれど、昨年の10月17日に厚労省第二次試案というものが出された。

実は私もその内容を公表された時点では、よく知らなかった。消化器外科学会の時に小松秀樹先生が特別講演で試案をかざしながら興奮して話された。そこで初めてこれは大変だってんで、〆切まで1週間しかなかったけれど、かなり厳しいパブコメを大急ぎで書いた。他にも色々な意見が出ていたけれど、私のパブコメが反対を盛り上げる起爆剤になったことは確かで、厚労省からは『そーっと作りたかったのになんてことをしてくれたんだ』と恨まれることになったけれど、やむを得ないと思う。

その後、数カ月間、いろんな議論をしているうちに今度は第三次試案が出てきた。これは、だいぶ第二次試案に寄せられたパブコメなどを反映して内容がずいぶん変わっている。最大限の努力をしたということは評価せざるを得ない。一点、非常に大きいのは遺族からの調査要請の部分。遺族の告訴権は侵すことができないので、実際問題としては捜査機関との関係で言うと、ここが大きい。問題点は個人的な責任追及をすべきかすべきでないか、ということについては、その目的はないとハッキリ書いてあるし、届け出対象の範囲も重要な点、それからこの委員会の設置場所を厚労省にするのかどうなのか、医師法21条の改廃の問題、一番大きいのは捜査機関との関係どうなるのか。

そうこうするうちに6月に法案大綱が出てきた。もともと法案にするような段階じゃないんだ、もっともっと議論しなくちゃいけないんだということを私も主張してきたのだが、自民党がつくってしまう。しかし続いて民主党の法案も出てくる、と。委員会の設置場所は、個人的には厚労省に置くしかないんじゃないかと思っている。そのうえでいかに厚労省の処分権と切り離すかだろう。届け出範囲はフローチャートで示されているけれど、これを実際に当てはめて分かるかというと極めて難しい。このことだけでも大変な議論が必要。実は法律論の中でも『過失』については、刑法の中の重要なテーマで昔からある。因果関係についても重要なテーマ。時代と共に変わってきている。そういうものを病院長に判断しろと言っている。病院長がもし判断を間違えたら罰則という内容になっていることは非常に大きな問題で、法案の文章ではそのように表現されている。パブリックコメントにも書いたけれど、こういうことでは病院長になる人がいなくなる。さらに、医療側でこういう判断をすることになると、透明性の問題が出るし、隠ぺいの温床として被害者遺族は当然信用しないであろう。捜査機関との関係では調査報告書を出すわけだが、できるだけ行政処分に用いるのであって捜査機関には通知しないと言いながら、とはいえ結局通知せざるを得ない。患者さんからの告訴・告発は警察へ行くので、良くなったとは言いながら相当大きな問題であることは事実。捜査機関に通知するのは悪質な事例に限定するということなんだが、では悪質な事例とは何だということになる。故意は仕方ない、それからいわゆるリピーターっていうかな、これも仕方ない。問題は『重大な過失があった場合』どうか。普通の過失はいいけれど、重大な過失はダメという時に判断が非常に難しい。業務上過失致死傷罪に重過失というのがあるけれど、あまり議論する価値がないのでないかと思うのは、医療の場合、業務上に決まっているからあまり意味がない。あえて『重大な過失』と言う必要はないのかもしれない。今度の法案では、重過失は色々批判されたので表現をやめた、やめたけれど実質は何も変わっていない。21条に関しては、ただし書きで医療事故を外そうと工夫している。さっきも述べたように21条自身を削除するのはできないだろうと個人的には思っているので、この方法はいいのかもしれない。で第三次試案について学会の大多数は賛成している。

私は第三次試案は医療側に偏りすぎた内容でないかと思う。そして、国会情勢から見て、厚労省案がそのまま通るとは思えない。できあがった法律は全く別のものになっている可能性がある。民主党案と厚労省案は全然違うので、厚労省案がそのまま通ることはないだろう。民主党案も理想論と言えば理想論だけれど、果たして可能性があるのかと言うと非常に大きな疑問を抱かざるを得ない。医師法21条を削除するなんてのはムチャクチャな議論だと思う。

さてまとめる。実際にこれが実施可能かというと、まずはマンパワーが足りない。今の医師不足、看護師不足の中で、これだけの医師を調査員として出すことはムリ。予算も年間2000例やると言っているが、一つの県で毎年40例を処理するだけのものが出せるか、これはとてもじゃないが相当の予算が必要である。100億円あればできるだろうと言っているけれど、本当にそれが毎年つくのかも分からない。今までに色々問題があったんだけれど、医療側の主体的協力が果たしてできているのか。もしこれが実施された場合に、医療側でそれだけの人材を出して積極的な体制を組まない限り回らない、そうなったら当然のことながら患者サイド、国民サイド、そして捜査機関サイドから『やはり医者はダメなんだ』という結論が出されてリバウンドが起こるであろうと思う。反対の方向に大きく揺り戻しが来て、今よりさらに悪くなる可能性がある。この辺が、医療側にボールが投げかけられているんだと思う。投げられてしまった以上、こちらも積極的にやっていかざるを得ない。ハメられたと言えばハメられたのかもしれないが、やらなかったら社会からの批判が相当強くなるのは覚悟しないといけない。

この医療安全調査委員会だけで刑事事件化を完全に防ぐことはできない。しかし、一つの進歩と取るかどうか。問題は、この医療安全調査委員会を医療側でリードできるか運営できるかいうことだが、日本医師会や学会などの態度は非常に曖昧で積極的な姿勢は見られない。我々は医療者として、このシステムができた時に積極的に医療側のイニシアチブで持って行けるのか、それだけの人材を派遣する自信はあるのか、それだけの覚悟はあるのか、ということが今問われているのだと思う」

<<前の記事:怒れ!日本国民    現場を知らないの実例:次の記事>>

トラックバック

池袋の私書箱の紹介です 続きを読む

コメント

 実際に臨床医師としての仕事を業務としておられない方には、とんでもない意見と思われるでしょうが、私個人の意見としては
『医師は、その業務上で起こったことについては、刑事罰を科されない』
という免責があってしかるべきだし、こうしている現在もそうであるべきだと考えています。
 これは医師国家試験に合格し、実際に勤務したその日から与えられるべきものだと確信しています。医師免許状にそれだけの効力を認めていただきたいものです。そうでなければ、そもそも他人にメスをむけることはできませんし、患者さんに薬を渡すことすら危ないものがあります。
 もちろん故意は別です。それは悪意ですから。
 ミスはどうでしょう。これは刑事罰ではなく行政処分と民事で争われるべきものだと思います。医師として活動することを許したのは行政ですから、そこからの処分であれば、例えその処分が医師免許剥奪であっても筋道としては正しいと思います。
 またミスであるかどうかは判断が難しいものです。ある事件がAという医師にとってはミスに見えることでも、B医師にとってはミスではないかもしれませんし、Aという国では標準的手技でもB国にとっては違うかもしれません。これを画一的に法律で定めること自体が困難です。ですから、その結果については民事で争われるべきものだと思うのです。

寺野先生が第三次試案を「医療側に偏りすぎた内容」と捉えていることに少なからずショックを受けました。
確かに文面は、第二次試案に対する医療者側からのパブリックコメントの内容をかなり反映させて、一見医療者側に配慮したもののように見えますが、以下の根本的な部分では第二次試案と全く変わりません。
・過失を刑事罰に問う点
・事故調をスルーして訴訟が起こりうる点

また、「医療崩壊は現実味を帯びる」も、危機意識が弱いように感じます。
産科医療は残念ながら、もう崩壊していると思います。

医師であっても、やはり現役で臨床をしておられない方の認識はこの程度なんでしょうね。もっと現場の人間に耳を傾けていただきたいです。

コメントを投稿


上の画像に表示されているセキュリティコード(6桁の半角数字)を入力してください。