事務局のナゾ

投稿者: | 投稿日時: 2009年02月21日 08:00

くい止める会について、よく聞かれるのは、「なぜ堀米さんの所属してる部署に事務局があるの?」ということです。確かに、私のいるのは「東京大学医科学研究所 先端医療社会コミュニケーションシステム 社会連携研究部門」という恐ろしく長い名称の、周産期医療とは無縁に思えるところです。


なぜそこに事務局がおかれたのでしょうか。
当時を振り返ってみたいと思います。


周産期医療の崩壊をくい止める会の代表は、福島県立医科大学医学部産科学婦人科学教室の佐藤章教授です(⇒佐藤教授のメッセージ)。そもそも大野病院事件は、2004年12月に同院で帝王切開手術中の産婦の方が亡くなられたことに端を発します。ただ、それが“事件”と呼ばれるまでに発展することとなった大きな契機は、2006年2月の執刀産科医の逮捕でした。彼は佐藤教授の弟子でした。


信頼する弟子の逮捕に衝撃を受け、納得のいかない佐藤教授は、なんとか無罪を検察と司法、そして世論に訴えたいと考えました。支援する会の発足と署名活動を思いつかれたのはそのときです。


とはいえ、佐藤教授にはそれを遂行するすべがありません。何よりマンパワーが不足していたのです。支援する会のいわば手足となって働く、実働部隊が必要でした。そして最終的にたどり着かれたのが、当時、探索医療ヒューマンネットワークシステム部門と呼ばれていた、ちょっとユニークな研究室だったというわけです。


この研究室では、医療ガバナンスの研究・実践に努めています・・・・・・といわれてもピンと来ないかと思いますが、要は、昨今の医師不足、医療崩壊や医療紛争といった問題をいかに解決し、同時に新しい医療サービスの形を提案し、実現していくか。それを考え、実行していこう、といったところです。そのための手法やプロセス、ネットワーク等を、まさに日々、手足を動かしながら模索し、創り出しています。


当時、研究室でも、ちょうど周産期医療についての問題意識が高まっていました。“崩壊寸前”という悲鳴があちこちから伝わってきており、何らかの具体的なアクションが必要になることは、皆が予期していたと思います。情報収集という点では、助走がすでに始まっていたのかもしれません。そこに飛び込んできたのが福島での産科医逮捕のニュースだったというわけです。


つづく・・・

<<前の記事:はじめまして。    期末試験と病院実習:次の記事>>