コップの外でザワつこう。 |
|
投稿者: | 投稿日時: 2009年03月15日 12:23 |
先日、「おしゃべりのチカラ」について、取り上げました。それに対していただいたコメントの中に、昨日のエントリーの中で浮かんできた思いへのの答えになりそうなアイディアがありました。
私が昨日考えていたことは、医療(界)の現状に関心を持っている一般の人が「コップの外にいて、内側を眺めている状況がもったいないなあ」ということです。
私を含むコップの外、すなわち「政、官、業の内輪の、権力の仲間回し」を外側から眺めている人間であっても、例えば医療界という“業”の中で起きている問題が結局自分たちに降りかかってくる以上、関心を持っている人がいないわけではないと思っています(私は、自分については「コップのフチにつかまって、外側にぶら下がっている」感覚だとお話しました)。ただ、問題は、その無力感であり、実際、多くの人にはアクションのきっかけもないことです。これはもったいないなあ、という私の暢気なつぶやきに対し、よくよく考えたらそこにすでに手を差し伸べてかたちにしている人たちがたくさんいたことに気づかされたのです。
それは、「優秀なオブザーバー」というものでした。そもそもそれは、「堅苦しい討論会での議論よりも、本音が引出される気楽なおしゃべりにこそ大事な情報が入っている」という話から出たものです。兵庫の「県立柏原病院の小児科を守る会」のお母さんたちの取り組みや、血液内科の患者会が円滑かつ有効に進められているのは、そこに優秀なオブザーバーがいたからだ、という指摘を、ご自身も「医療サポーター養成所」というコミュニティをつくっている山根さん(こちらも“お母さん”)にいただいたのです。「守る会」でいえば丹波新聞の足立記者、患者会でいえばロハス・メディカルでコラムをお持ちの田中祐次先生が、その役割にあたります。
自分で彼らについて触れながら、その取り組みの意味合いを、大きな枠組みのなかでとらえられていなかったことにまず反省、です。
その上で、「優れたオブザーバー」の役割等を考えると、まず人を集めることができることは、最低限の条件です。人が集まるインセンティブは何か。これについては改めて考えてみるとなかなか難しくなります。
例えば、そこに金銭的な動機(謝金が出るなど)が絡んでくれば、その出所含め、会じたいの性質が避けるべき“検討会”に近づいていってしまうことが考えられます。そもそも一定の関心と意見を持った人たち以外が金銭目的で集まってくることが考えられ、これでは次のステップにつながりません。
そこで、オブザーバーとなる人は、まず人々の意見や要求をうまく発見し、発掘する必要があるように思います。つまり、何かインセンティブをわざわざ用意するのでなく、もとからある問題意識をうまく引出して集めるのが役割というわけです。それでさらに人が集まってくれるかどうかは、テーマの適切さもさることながら、オブザーバー自身の人間性や肩書きへの信用など、個別の要素も絡んでくるかもしれません。
さらに、おしゃべりするなかで意見交換するだけでなく、せっかくですからそれを発信していくことが必要です。それがなければ、そこだけで終わってしまう可能性が高く、オブザーバーがいないただのおしゃべりと同じです。もちろん、おしゃべりの効能・効果としては、しゃべること、聞くこと、意見を交換すること、相手と知り合うこと、といったその場で得られるものも大きいのですが、情報発信することで仲間や協力者を外へと増やしていくことが、問題意識をそこで終わらせないための次のステップとなってきます。
その他、優れたオブザーバーの資質や役割については、突き詰めるのであれば、研究対象にもできそうなくらいに検討の余地がある気がします。
とはいえ、私が上に挙げたようなことなら(いってしまえば当然のことにすぎないし、たいしたことでもないので)、オブザーバーとしての条件はさほど厳しくないようにも思えます。とくに「コップの内」にいる人にとっては、たいした障害はないはずです。それでも、「コップの内」にいながら実際にオブザーバーとしてのアクションを起こしている人が少ないのは、関心はあっても、そもそも自分がそんなことをするなんて思ってもみないという人が多いのではないかと思うのです。
では、関心がない、あるいはできない、というならともかく、考えたこともない多くの「コップ内」の人たちに、ちょっとだけ考えてもらうためにはどうするのか・・・それこそがまさに、少しずつでいいから、「コップの外」にいる私たち一人ひとりが声を上げていくことなのではないでしょうか。「なんだかコップの外がざわついているなあ」とコップ内の人に気づいてもらう、このザワザワ感を徐々にでいいから地道に盛り上げていくことが、気概あるオブザーバーの誕生につながるのでは・・・そう思ってちょっとずつ、毎日ここでひとりザワついている私です。