愛育病院だけの問題じゃないという話。 |
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投稿者: | 投稿日時: 2009年03月26日 13:12 |
昨日流れたニュースにはびっくりしました。
(速報)愛育病院に労基署が是正勧告
「愛育病院は厚労省と調整へ」-東京都が見解
くい止める会事務局のおかれている研究室にも第一報が入り、いろいろな話が他からも飛び込んできました。「ついにパンドラの箱が開いた」と表現している方々もいました。
愛育病院といえば、東京では、山王病院、聖路加国際病院と並ぶ 妊婦の3大ブランド病院のひとつ。 秋篠宮妃である紀子様が第三子を同院でご出産されたこともあり、「ホテル並みの施設」「セレブ御用達」として、全国的にもその名が知られています。
もちろん名前に劣らず、NICU(新生児集中治療室)はもちろんM-FICU(母体・胎児集中治療室)も備え、これまで約10年間、総合センターとして東京都心周辺部の周産期医療を支えてきました。年間千数百件の出産を扱っているといいます。
それが、労働基準監督署の査察にもとづき、是正勧告が先週出されていたそうです。これを受け、「同法の定める時間外勤務の上限を守るには、現在の人員では、総合周産期母子総合センターの指定基準(産科医2人・新生児科医1人の当直)を維持できない」と、一昨日、指定を返上することにしたというのです。
かなりのインパクトを持つニュースでありながら、一方、医療関係者の間には、突然のことで驚くというよりは、「とうとうその時がきたか」という感があることでしょう。
そこへきて私がちょっと「あらら」と思ったのは、同じく勧告を受けたもうひとつの病院についてです。上記の速報記事の中でも「この他にもいくつかの病院が同様の勧告を受けたとの情報がある」としているように、研究室内でもそうした噂が複数ありました。その中に、ちょうど昨日運用が始まった「スーパー総合周産期センター」の指定を受けた広尾の日赤医療センターの名前もあったのです。朝日新聞の続報からも、その情報は確かのようです。
ちなみに、
東京都福祉保険局からの「スーパー総合周産期センター」に関するお知らせ(3月19日付)はこちら。
“東京都では、救命救急センターと総合周産期母子医療センターの密接な連携により、重症な疾患により、緊急に母体救命処置が必要な妊産婦を必ず受け入れる「母体救命対応総合周産期母子医療センター」(いわゆる「スーパー総合周産期センター」)を指定し、患者さんが迅速に救命処置を受けられる体制を確保することにより、都民が安心して妊娠・出産できる環境を整備します。”
その「“すーぱー”総合周産期センター」たる日赤医療センターは、愛育病院を上回る勤務実態・経営状態という話も聞こえてきます。「最後の最後の砦」であるはずの“スーパー”総合周産期母子医療センターの実態がこれですから、本当に来るところまで来たということなのですね。
川口さんも書いていたことですが、厚労省とその下の労基署、そして厚労省の意向を受けて動いている東京都、それぞれが自分に与えられた役割だけを単純にこなしている結果、まるで“四肢が自分の都合だけで勝手な方向へ動こうとして、どーんとしりもちをつき、にっちもさっちも行かなくなっている”といった印象を受けます。もちろんそれぞれの目指すところ、やりたいこと(安心な医療体制の構築・維持を目指す東京都と、労働基準法を遵守させることで医師にも人間らしい生活を保障しようという労基署)は正しいだろうと思うのですが、それらが両立しえない現状を無視して強引にことを進めようとしても、何の解決になるはずもありません。
総合周産期母子医療センターの指定が問題になったケースとしては昨年10月にも、出産間近で脳内出血の症状が見られた東京都内の女性が、7病院から受け入れ不能とされ、最終的に受け入れた都立墨東病院で出産後になくなった事例がありました。このときは、墨東病院も一度受け入れを断らざるを得なかったこと、その理由が恒常的な人員不足であったことから、総合センターの指定を返上しているべきだった旨が指摘されたのでした。
あれから半年を待たずに起きた今回の問題は、墨東病院で指摘されたことが、どの総合センターでも生じうる現状を示しています。産科医不足の解消どころか、本当にもうぎりぎりであること、また、そうした根本的問題解決にきちんと着手していない厚労省の暢気さ・・・。そうしたとこへ、いくら“スーパー”の冠をかぶせてみても、実態が伴わなければ何の意味もありません。官僚の方々も、「プライマリケアを全ての医師に」「研修医の計画配置で医師不足解消を」なんて寝ぼけたことを言っている場合ではない、ってことですよね!
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コメント
堀米さま
官僚批判は耳障りのいい言葉ではありますが、最後の喩えは、「総合医の養成や医師の地域偏在の解消なんてどうでもいい」という主張に受け取られてしまいかねません。
これらの問題は、周産期医療とは別の次元で重要な課題であり、その解決は決して「寝ぼけたこと」ではないように思います。
むしろ、周産期に関して、体制整備がハードに偏り、勤務体制を含めた人員や財政的な措置についての議論がなおざりにされていたり、医師の負担軽減に向けた対策が十分とはいえないという問題があるのではないでしょうか?
個別論では、仮に愛育病院が辞退したとしても、そこから1キロも離れていない日赤が「スーパー総合周産期センター」として残るのであれば、体制確保にどれだけ「著しい支障」があるのか、検証が必要かもしれません。
逆にアクセス管理をするためには、家庭医あるいはかかりつけ医の能力向上とシステム化が必要です。すべてを「専門医」に頼ろうとするような状況はいかがなものかと。アクセス管理がうまくいっていないので、急性期病院が疲弊しているということもあるのではないでしょうか。
プライマリケア臨床研修は、基本的に必要なものと考えます。卒前に行うというのも検討すべきでしょう。
>パンダさん
>むしろ、周産期に関して、体制整備がハードに偏り、勤務体制を含めた人員や財政的な措置についての議論がなおざりにされていたり、医師の負担軽減に向けた対策が十分とはいえないという問題があるのではないでしょうか?
ご指摘のとおり、そこが問題だと思います。“スーパー”であろうがなかろうが、受け入れできる実態整備が先のはずですよね。それをクリアしないうちに“必ず受け入れる”だなんて・・・、受け入れて放っておかれる患者が出てきたりしないのでしょうか?(アメリカやイギリス等ではそういうことも全然珍しくないと聞いたことがあります。)
ということで、私の最後の終わり方は、仰せのとおり、かなり乱暴だったかもしれません。強調すべきポイントはむしろ上記のことでした。
>個別論では、仮に愛育病院が辞退したとしても、そこから1キロも離れていない日赤が「スーパー総合周産期センター」として残るのであれば、体制確保にどれだけ「著しい支障」があるのか、検証が必要かもしれません。
極論から言えば、どちらか片方の状況を改善させ、名実ともに“スーパー”センターたりえるのなら、そちらだけを残しても問題ないのではないかと考えてしまいます。今はどちらも労基法の規定を超えて、いっぱいいっぱいでやっています。それで何とか回っている現状では、どちらかが抜けたらもう片方もキャパシティーをオーバーしてしまうのでは?単純にそう考えるのですが、違うのでしょうか? 確かに検証が必要ですね。
>せんたくさん、
私の認識としては、問題はプライマリケアの奨励にあるのではなく、奨励と称して導入された制度の内容にある、と思っています。
言及されているように、例えば、卒前の研修を充実させることなら、まだ納得がいきます。その中で、自分が医師としてどのような道を歩むのか、考える材料ともなるからです。しかし、卒後に再び、またちょっぴりずついろいろな診療科を回ることに、どれだけの効果があるのか。それだけしたら実際、地方で、たとえひとりでも活躍できるだけの技量と自信を身につけられるかといったら、とても疑問です。(患者側としても、その程度の知識と経験だったら、それほど頼りにできないと思ってしまいます。)逆に、それにより「屋根瓦方式」が崩壊してしまうことの弊害のほうが大きいのであれば、虻蜂取らずの感が否めません。
もちろん、アクセス管理の重要性、かかりつけ医がそこで果たす役割については、ご指摘のとおりと思います。ただ、その人材を育てるための最良の道が、卒後にまで、研修医全員に、各診療科ちょっぴりずつのスーパーローテートを繰り返させることだとは思えない、ということです。むしろ無駄が多く、機会損失も大きいのでは、と懸念してしまうのです。
労働条件の改善は医療者にとって急務です。
救急医療の中で重篤な患者さんが元気になって退院していくとき、「ありがとう」の一言がどれだけ医療者の喜びとなるか、「今日もがんばろう」という気持ちになれることは間違いありません。
その一方で、人間誰しも「がんばる」にも限界があることは明らかです。不眠不休で働く医師を礼賛することはぜひ止めて欲しいと思います。礼賛する心の中には「これからもがんばってそのまま働き続けてください」という気持ち、「あの医師はあれほど立派なので、あなたも見習ってもっともっと働いてください」という気持ちがあるだけで、「そんなに無理して働かなくてはいけない社会制度がおかしい」「医師の労働条件はいったいどうなっているのだろう」という考えは到底出てこないからです。
週40時間、月20時間以内の残業という基準の中で、「病棟の見回り程度の業務であって、主として休養できる」当直ではなく、救急車が何時きても直ちに対応できる体制での当直を行うためには、3交代制で救急のみを扱い日中業務の無い医師を少なくとも5人確保しないと24時間一人の医師を割り当てることができません。2次以上の高次救急では最低2人が必要ですし、「スーパー総合周産期」が全ての分娩を受け入れるためには1人が救急受け入れをして2人で帝王切開するとしても少なくとも3人が必要ですので15人以上の産科医が必要ですし、10人の新生児専門の小児科医が必要です。この人数を確保するために周囲から産科医・小児科医を集めると、さらに分娩が集中するので、ますます多くの医師が必要になります。この悪循環をどこまで行けば克服できるのか、とても試算する気になれませんよね。
>ふじたんさん
>不眠不休で働く医師を礼賛することはぜひ止めて欲しいと思います。礼賛する心の中には「これからもがんばってそのまま働き続けてください」という気持ち、「あの医師はあれほど立派なので、あなたも見習ってもっともっと働いてください」という気持ちがあるだけで・・・
少なくとも感謝と礼賛はちがうということですよね。そうしたことは、報道の仕方においてとくに留意していただきたいものです。
また、必要とする医師数等の試算については、現状とのギャップを思うと確かに気が遠くなりそうです。説得力ある主張をしていくためには、数値化していく作業を、やっぱり誰かがやらないといけないのでしょうね。ふじたんさんがここで示してくださっただけの数字でも、ずいぶんとインパクトを感じています。