地域医療と地方空港

投稿者: 中村利仁 | 投稿日時: 2009年10月21日 00:52

 ローカルな話題で恐縮です。

 札幌市の中心部から北東約6キロに、丘珠空港(札幌飛行場)があります。1500mの滑走路が一本の小さな官民共用飛行場です。プロペラ機の定期便が運航されており、北海道内の函館・釧路・根室中標津・女満別・稚内の5つの飛行場と札幌市内を結んでいます。

 観光シーズン等はそれなりに利用されているのですが、各便とも普段はあまり満席になることもありません。

丘珠撤退、市議会に説明…全日空「方針撤回難しい」
(2009年10月20日 読売新聞)

 ということで、ANAがこの空港から撤退し、市内からJRで36分の千歳空港に集約化の方針を打ち出しています。

 実は、この小さな空港から行き来する小さなプロペラ機達が、北海道の地域医療の一端を支えています。このままなら廃止はやむを得ないというのが航空会社の判断のようですが、その影響を最小化する努力がされる必要があるのだろうと思います。

 まず、5つの空港周辺から札幌市内に通う患者さん達のアクセスの悪化があります。

 また、札幌市内の大学病院、大規模病院から地方の基幹病院・中小病院への支援の要になっており、その維持の問題もあります。

 地方基幹病院ではウイークデイの手術支援などで利用されています。大きな手術、特殊な手術のための人手が、札幌市内の大規模病院から忙しい診療の合間を縫って派遣されているのです。

 週末には、地方病院に単身赴任している医師達が月に1〜2度を家族の下で過ごすための、そして交代の留守番当直の医師達のための翼となっています。自分もその交代要員の一人としてお世話になっています。

 北海道は広大で、その移動には時間がかかります。丘珠空港からの撤退は避けられないにしても、千歳からの代替便の時刻などがあまり不便だと、支援の医師達と単身赴任の医師達の双方にとって辛いこととなるのです。逆に札幌市内の病院の患者さん達にも不便をお掛けすることになりかねませんし、無理ができないということになると支援が途絶えることも起きるでしょう。

 ANAも存続をかけた決断であり、廃止の方針に反対するつもりはありませんが、地方の医療を守るために一定の配慮が必要であろうと思います。

【追記】2009.10.21.12:31
 1986年入学組から医師養成数は10%削減されており、いま、日本全国にその影響が出ています。20〜30歳代の病院医師数はその上の世代の1割減となっているわけです。対して入退院患者数はこの15年間で2割増となりました。今後5年間で、この削減世代の医師達が40歳代に突入し、入院医療の主力医師全体が人手不足を深刻化させます。今後、状況が改善する兆しは今年入学組が卒業する6年後まで待たねばなりません。

<<前の記事:妊婦の救急搬送、東京消防庁で助産師が行うコーディネートとは?    新型インフルの混乱 「健康局長の責任」 木村盛世検疫官:次の記事>>

コメント

北陸の能登空港では、「搭乗率保証」(http://www.noto-airport.jp/notosypher/www/info/detail.jsp?id=125 )をして一定の成果を上げているとのことですが、そうした取り組みは検討されていないんでしょうか?
ANAとしては丘珠の要員を千歳に集約して、効率的な運用をしたいという意図もあるんでしょうが・・・

 航空行政や技術的なことはあまりよくわかりませんが、そもそもは旧式化した機種の新型への転換に伴って滑走路の延長の必要が生じ、それが周辺在住の市民の反対で不可能となった辺りから話が始まっています。

 搭乗率よりも大型化(といっても所詮はプロペラ機です)が否定されて機種転換に行き詰まっているのが、航空会社としては問題であるようです。

 路線維持は極めて困難な状勢にあります。

ご紹介いただいた丘珠空港のように、定期便としては搭乗率が低めかつ不安定なところは、海外であればエアタクシーのように需要に応じて飛ぶ形態の航空輸送が提供されるべきです。
日本の大方の人が持っている、空港といえばどんなところでも大手エアラインの定期便が飛ぶのが当たり前という感覚が本当はおかしいのです。航空政策がずっとエアライン偏重でやってきたため、小型の航空機を使った航空輸送が健全に育っておらず、大手エアラインが路線撤退となると、すぐに廃港かという騒ぎになります。
そういう100かゼロか、のような話ではなく、ボーイングやエアバスのジェット旅客機、エンブラエルやMRJといったリージョナルジェット、Q400やATRのようなターボプロップ、ガルフストリームやボンバルディア等の大きめのビジネスジェット、サイテーションやホンダジェットなどの小型ビジネスジェット、キングエアのような大きめのプロペラ機、自家用の小型プロペラ機、ごく近距離ならヘリコプター…と需要や予算・目的に応じて多様な形態の航空輸送が提供されるのが本来あるべき姿です。

前置きが長くなりましたが、ご紹介いただいたような地方への医師の派遣といったことを定期便でやっているところに無理があると思います。医療過疎地域への定期便は往々にして便数が少なく移動には不便です。この医師不足の状況下では、時間価値の非常に高い医師の方々は、地方への支援等に際して小型の専用機で必要なときに必要な場所へ無駄なく動くことができるようにすべきです。小型機に医療機器を積んでおけば医師の派遣・帰還だけでなく、大都市の病院での治療が必要な地方の患者を搬送することもできます。
国土が広大な豪州では80年以上前から飛行機による僻地への医師派遣をしています。他の多くの国々でも規模や形態は違えど航空機による医療搬送は普通に行われています。

日本では航空法等の仕組みが、上述のエアライン定期便以外の航空にうまく対応していないため、小型機の運航コストが非常に高くなってしまっていて、高いから使われない、使われないから更に高くなる、という悪循環に陥っています。航空法等の仕組みを少しいじってやるだけで、小型航空機の運航コストは今よりうんと安くできます。

昨今非常に評判の悪い空港整備特別会計のおかげで、日本には100近い空港があります(自衛隊基地や農道空港のようなものまで含めれば、さらに数は増えます)が、どこでもエアラインの定期便を前提に身の丈に合わない豪華なターミナル等の設備をつくるから赤字になるのも当たり前です。需要の小さいところはプレハブのような建物で十分ですし、滑走路だって舗装してなければならないとは限りません。硬く平らな草地だけで使わないときには子供が遊んでいたって構いません。そうした滑走路が無数にあれば、高速道路や鉄道がないような場所でも医師を定期的に派遣したり、ドクターヘリと組み合わせて救急患者を長距離搬送したりもできます。医療に限らず、地域のビジネスチャンスも大きく広がり、地域の活性化に繋がります。

大手エアラインによる地方路線整理が進む今こそ、こうした航空輸送の在り方を考え直し、再構築するチャンスです。広大な北海道は小型航空機の活躍の余地がまだまだあります。
長文・乱文、失礼致しました。

 ご高説ご尤もながら、急の役には立ちません。

生産中止した機材の維持そのものに費用がかさむことが問題とされているので、通常の搭乗率保証は意味がないとするなら…

ANAに路線維持してもらう/現滑走路のまま
→後継機導入費用100億円以上負担?後継機選定&導入には少なくとも数年必要

ANAに路線維持してもらう/滑走路延長でQ400またはジェット機に対応
→滑走路延長には100億超の費用と少なくとも3年以上の期間が必要

ANA撤退を認める/HACに飛んでもらう
→機材追加、乗員増員でさらに少なくとも50億以上必要、準備期間も数年必要

定期便は諦める/医師移動用に小型プロップ機をチャーター
→チャーター費用毎日200万かけても年間7.3億、遅くとも年内に開始可能
 前述の航空法改正等で小型機運航の仕組みを変えれば数年で大幅コスト減は可能。

いちばん急の役に立つのはどれでしょう?

 一番最後が現実的だとの御主張と思いますが、医者が飛行機に乗るためだけに大金を費やすというのでは、地域のコンセンサスは得られないのが現実です。

 また、医療機関には費用負担する余力は全くありません。

 費用を負担する側にそのつもりがないので、採用されないでしょう。

中村様

救急患者搬送用には同じような額をかけてヘリコプターを導入していますね。患者さんを運ぶのも、救急当直医を運ぶのも、どちらも命を守るためですよね。むしろ救急当直医の方がたくさんの命を守ると思いますが。少し工夫すれば何とかなりそうな気もします。医師搬送と患者搬送の共用とかで説得できませんかね。

 非日常の患者搬送と日常的な出張医の移動を同枠で論じるわけには行かないように思います。

 重症患者搬送ということであれば、自衛隊や海上保安庁の固定翼機が地方空港から丘珠まで飛ぶことがあります。北海道の場合、ヘリコプターでは航続距離と速度が不足するため、固定翼機とヘリの併用が必要かつ効果的です。

 ただし、いずれの組織でも医療機関からの依頼による患者搬送は本務ではなく、手続きもかなり面倒です。

 これを出張医の搬送のために使用することは困難と思います。定期便について千歳というアルタネイトが考慮されていることはともかくとしても、ひとつには定期便が利用されてきたことでわかるように、機材の数の確保が必要だからです。また、災害時や海難時は当然後回しになります。

 千歳便の確保が何らかの理由で難しくなった場合、やはり地方病院と住民はまた見捨てられる方向で話が進む可能性が高いと考えます。自衛隊や海上保安庁と交渉するのは個々の地方病院です。形式として門前払いされることはないでしょうが、実質は相手にされないでしょう。派遣元である大学病院や大規模病院としても既に厳しい人手不足の状況にあり、難しい交渉をしてまで地方に出す人手を捻出するインセンティブはありません。

中村様

個別の医療機関が交渉するのは良くないと思います。
医師確保を病院が行うのではなく、北海道が行うべきです。
大学医局が地域の医師確保を行っていたのを破壊したのですから、都道府県が医師確保に責任を持つべきです。都道府県が必要医師数を把握し、当直医を主たる勤務地から目的の病院まで送り届けるべきです。そういう風に考えれば患者搬送と医師搬送を一元的に考えることも可能だと思います。とにかくこれまで通りの考え方ではどうにもなりませんから。地域医療計画を建てたら、それを実行することも都道府県の責任でしょう。

札幌市、丘珠滑走路延長を検討 ジェット化議論再浮上
北海道新聞 (10/23 10:05)
http://www.hokkaido-np.co.jp/news/economic/195906.html

 北海道庁の動きとしては、現実には滑走路延長の方向で検討が為されているようです。日本の組織の通例として、このような場合にうまく行かなかった場合に備えて交渉をはじめるというようなことは憚られます。

 時間切れとなり、荒廃するにまかせることになりそうな気がしています。

 失礼いたしました。紹介した記事は北海道庁ではなく札幌市の動きを報じたものでした。

「丘珠は重要な空港」高橋知事 存続へ努力する考え
北海道新聞(10/24 08:59)
http://www.hokkaido-np.co.jp/news/politics/196095.html

 知事は具体的な動きをしていないようです。

必要なのは滑走路延長・大型ジェット就航セットではなく、国費で地方空港の管制レーダー網をまず拡大充実し、法規制を変えて小型機運航の航空会社参入を容易にすることではないでしょうか。
余禄というより本来の雇用対策としても、たとえば自衛隊パイロットや既存航空会社パイロットの転職先も増える可能性があります。

日航再建にあっても、こうするほうが急がば回れに適うと思います。

 そこから先は自分には全く分からず、お手上げです。

 医者や看護師のことならある程度基礎的な数字は知っていますし、病院経営の数字もおおよそ議論できる程度には分かります。

 しかし、自衛隊の退役パイロットの実数も機体の善し悪しも何も自分にはわかりません。…5年ほど前に仙台ー伊丹をCRJという小型ジェットで飛んだときには、機長さんは既にカタカナ名前の方だったような…。

 丘珠便の存続が不可能であったとして、後は航空専門家達の議論と工夫に期待したいところですが、さて、ニーズがどこまでお耳に届いておりますことやら、また工夫の余地がどこまであるものやら、全く見当がつきません。

小さなプロップ機を使い、定期便としてでなく都度チャーターする扱いにすれば、現行のしくみの下でもかなり縛りの緩い運航が可能です(最大離陸重量5,700kg以上になると事業としていろいろ面倒になります)。
救急の飛行はまずは3機のドクターヘリに任せ、固定翼機は公的ドクターヘリではできないことになっている医師の移動や患者の施設間搬送に使うようにすればよいでしょう。

半径50kmの活動範囲が基本のヘリコプターだけでは(特に北海道や離島等は)なかなかカバーしきれないですから、現在普及を進めているドクターヘリに加え、固定翼機の導入が検討対象になるのもそう遠いことではありません。

 繰り返しますが、地方にも医療機関に金はありませんし、札幌市にしろ北海道庁にしろ、患者さんのためならともかく、医者のためにわざわざ飛行機を飛ばすなんて話にコンセンサスが形成できるとは思いません。

では貴殿のおっしゃる下記のことが起こるだけです。

「北海道は広大で、その移動には時間がかかります。丘珠空港からの撤退は避けられないにしても、千歳からの代替便の時刻などがあまり不便だと、支援の医師達と単身赴任の医師達の双方にとって辛いこととなるのです。逆に札幌市内の病院の患者さん達にも不便をお掛けすることになりかねませんし、無理ができないということになると支援が途絶えることも起きるでしょう。」

地方の医師不足が解消できるだけの十分な数の医師が養成されるまでじっくり待つとしましょう。

通りすがりさま

>地方の医師不足が解消できるだけの十分な数の医師が養成されるまでじっくり待つとしましょう。

待てないから問題なのだと思います。地域ではとてもひどいことが起き始めていて、かろうじて都会からのバイト医でやりくりしています。それが医師の努力とは関係ない交通システムで阻害されるとなると。事は当直に来てもらえなくなる病院だけの話ではなく、そういうところが夜間患者を見なくなると、その周りにしわ寄せが行って、さらに見ないところが広がる負の連鎖が始まります。

私は航空機の種類も何もわかりませんが、患者を救うために患者を搬送することと、患者を救うために医者を輸送することは、まったく同等だと思います。そして医者を輸送した方が効率は圧倒的に良いと思います。

住民と、行政と、医療者が一体となって解決策を見出すしかないと思いますが、こと北海道に関しては選択の余地はありません。あまりに広い地域の中で、医師の供給源としての余力が残っているのは札幌と旭川の2都市しかありませんので、ここで融通するしかないでしょう。何人かの医者を乗せた飛行機を公費で飛ばし、空港からは医療機関が負担するしかないでしょう。効率的な輸送とするためには一日一便で、24時間交代の導入も考慮すべきでしょう。このような変更は医療機関ごとには交渉できませんので、北海道全体で決めるしかないでしょう。
極論に聞こえるかもしれませんが、今できることはほとんど選択肢がなく、しかもその選択肢は従来の路線の上には一つもありません。

 結論は出たようです。結果は来年の夏以降にははっきりします。

新千歳移転、来年7月 A−net 丘珠撤退を表明
北海道新聞(11/04 15:56)
http://www.hokkaido-np.co.jp/news/politics/198123.html

コメントを投稿


上の画像に表示されているセキュリティコード(6桁の半角数字)を入力してください。