日本では歩け、歩け! |
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投稿者: 中村利仁 | 投稿日時: 2010年01月23日 20:47 |
研究者としても産業医としても、メタボ検診にはずっと違和感を感じていました。
予防医学には、population strategyとhigh risk strategyの二つの手法があります。各々、公衆衛生学的アプローチと医療介入的アプローチとも呼ばれます。
前者は集団全体に働きかける方法で、後者は集団の中で特定の病気にかかりやすい性質を持ってしまっている一部に対して働きかける方法です。
後者の場合、1)リスクの有無の影響が圧倒的に大きく、2)一部が集団に占める割合が小さく、3)しかも介入の費用を抑制したいときには非常に有効且つ効率的です。
因みに、ちょっと意外かも知れませんが、治療行為もまた、死亡や重度障害という結果を予防するために行われるため、3次予防と呼ばれます。明らかに何らかの病気に罹っている人たちに対して適切な診療を行うということも予防の範疇に入るということです。high risk strategyです。このとき、3)の条件はしばしば満たされませんが、2)と1)の要素が非常に強いのである程度は目的合理性があるということになります。
対して、前記の3つの条件のいずれかに当て嵌まらないときがあります。
生活習慣病対策が典型です。
生活習慣病のリスクの中で、日本人が特に多く抱え込んでいるのは喫煙習慣です。
対して、日本人では体重について1)が満たされないことが知られています。理由は未だよく分かっていません。遺伝の問題と、肥満(obesity; BMI 30〜)人口の割合が低いこと等が影響しているのではないかと言われています。
肥満だけをリスクとしていれば未だよかったのかも知れませんが、メタボ検診では体重増(overweight; BMI 25〜)程度の腹囲85cm以上(男性)、90cm以上(女性)が管理対象となってしまいました。結果としてメタボ検診で管理対象となる人の割合が非常に大きくなりました。費用が大きくなります。そして外れた人も実は一定のリスクを持っているため、管理対象外の人でも生活習慣病を発症することがしばしば起こります。
今回の記事で紹介された研究では、そのメタボ検診の考え方とは全く逆に、とにかく国民全体が歩くことを増やすとどうなるのかが検討されているようです。population strategyです。歩くのは特定の集団ではなく、国民全体です。みんなが歩けばみんなのリスクがちょっとずつ下がり、全体のリスクもちょっとずつ下がります。
この記事では、体重は問われていません。問題となるリスクは運動不足と考えることができますが、いま、どれだけ歩いているのかも問われていません。リスクの有無を問うことにあまり意味がなく、ましてリスクを持つ集団を特定することもできず、しかしその追加費用が大きくないなら、population strategyが有効です。追加費用は国民一人一人が歩くのに費やされる時間と、歩きやすい服装への投資という程度であって、検診センターも医療機関も関係ありません。
この國の生活習慣病対策としては、結局、最も大きな効果を上げるのではないかと期待しています。
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