訪問歯科で、摂食「咀嚼」嚥下訓練を! |
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投稿者: 熊田梨恵 | 投稿日時: 2017年06月19日 14:53 |
ロハス・メディカルは歯についての特集を組んでいます。
私も関西の歯科医療事情を調べようと、以前も取材させて頂いたことのある阿部歯科医院(尼崎市)の阿部勝也医師(写真右)に取材しました。阿部医師はケアマネジャーの資格も持ち、患者の歯や口だけでなく体全体を見ることを大切に考えています。現在は摂食嚥下機能訓練にも力を入れていると伺ったので、訪問診療に同行させて頂きました。
2011年9月号の阿部医師の記事はこちら。
上の記事にも出ている橋本隆さん(写真左、77)が今日の患者さんです。お邪魔させて頂くと、玄関脇の部屋のベッドに橋本さんが寝ていました。
橋本さんはくも膜下出血の後遺症で右半身麻痺があり、寝たきりの要介護5。胃ろうを造設しています。認知症と似た症状があり意思疎通はほとんどできませんが、伝えたいことがあると左手を振ったり、声をかけると目を開けたりするなどの反応があります。妻の陽子さん(仮名)が隆さんを介護しています。
阿部医師は11年前に主治医から紹介されて、訪問診療に月2~4回通っています。胃ろうがあっても、口腔ケアを行わなければ口の中が汚れて臭いも出ます。特に橋本さんの場合、唾液を飲み込む力が弱く、自分で痰を出せません。むせることが多く、誤嚥性肺炎のリスクがあります。嚥下機能の維持向上のために皮膚・粘膜・筋肉刺激などのマッサージも必要です。虫歯治療も行います。
阿部医師は隆さんに「こんにちは。歯医者ですよ、起きてください」と声をかけました。血圧や血中酸素飽和度を測り、頚部の聴診、顔の表情を診て体調を調べます。陽子さんとも話して最近の状態を確認すると、特に変わりはないとのこと。
この日阿部医師が行ったのは、次のケア。
① 口輪筋、頬筋、上舌骨筋群、皮膚を刺激するため、頬と口周り、頚部をアイスマッサージ。
冷やした棒状の専用道具を使用。
② ①と同様の刺激を振動マッサージで行う。ラップで巻いた電動歯ブラシの背中を使用
③ ①を口腔内から行う。歯肉、粘膜の感覚刺激の意味もある。
④ ②を口腔内から行う。ラップは外す。
(ここまでが摂食嚥下機能回復のためのリハ)
⑤ 口腔ケア。歯間ブラシ、歯磨き、歯肉マッサージ。(下の写真)
殺菌作用もある処方薬「ネオステリングリーンうがい液」を使用。
棒の先にスポンジの付いた口腔ケア用品に付け、口腔内粘膜の清拭と湿潤。
残滓を飲み込んだり誤嚥したりしないよう専用バキュームで吸引。
阿部医師は歯肉マッサージによる感覚刺激も考え、歯磨きには電動歯ブラシを使用。
⑥ 虫歯治療。「サフォライド」をう蝕部分に塗布してう蝕の進行を止める。
(サフォライドはう蝕進行抑制剤として阪大で開発され、当初は子どもに使われていた。
塗布すると歯が黒くなるため、最近では子どもにはほとんど使われない。
在宅歯科治療用に保険適用されている)
⑦ 誤嚥性肺炎予防のための抗生物質塗布。
歯と歯茎の間の「歯周ポケット」と呼ばれる部分にテトラサイクリン系の抗生物質を塗布。
常に話しかけながら約40分の診療。橋本さんは途中で左手を動かし、意思表示したそうな様子が見られたため、陽子さんが手を添えました。
口腔ケアの最中にスポンジブラシが赤くなっていたため、阿部医師に尋ねると歯茎からの出血とのこと。「介護スタッフの中には口腔ケアで出血するのを怖がる方がいますが、橋本さんのような状態の方では歯茎が弱っていて、ケアの際に少し出血することがあります。口腔ケアを続けることで歯茎が締まって出血の量は減りますが、続けなければもっと状態が悪化します。出血を恐れて口腔ケアをしないことの方が怖いです」。
阿部医師によると、機能訓練のポイントは感覚を刺激して運動能力を高めること。「口腔ケアでは口の中は400種類以上の菌が存在します。寝たきりの方ではセミファーラー位(上半身を仰向けに15度から30度起こした姿勢)と呼ばれる誤嚥しにくい体位をとり、汚れは吸引器で取り除いて咽頭へ落とさないよう注意します。器具の動きも奥から前に進めます」。
診療後、阿部医師に話を聞きました。「『摂食・嚥下』訓練と言われますが、私は『摂食・咀嚼・嚥下』訓練だと思っています。咀嚼は人間にとってとても大切で、なくてはならない機能です。食べるためという意味だけではありません。NASAの宇宙飛行士は必要な栄養素の入ったチューブを飲むだけの食事だった時があり、皆イライラしてストレスがたまるようになり、噛むこととストレスの関係が言われるようになりました。また、哺乳瓶用乳首の穴や形は、赤ちゃんが哺乳瓶から飲む時に、適度に顎が疲れた時にお腹がいっぱいになるように研究開発されているものもあるそうです。人間はただ空腹が満たされればいいということではなく、咀嚼し、顎が疲れることが大事です。脳に刺激が行き、ストレス解消にもなります。だから咀嚼機能を維持向上していく訓練の意味もあると思い、機能訓練を行っています」