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ニュース〜医療の今がわかる

小松秀樹・虎の門病院泌尿器科部長インタビュー

――なるほど。では改めて、なぜこの本を書こうと思ったのか、教えていただけますか。

 今のような医療バッシングが続くと、日本の医療が崩壊して、患者さん、特に所得の比較的低い患者さんたちが真っ当な医療を受けられなくなると危機感を抱いたからです。

 日々の診療を通じて、また病院の紛争対策にかかわる中で、患者と医療従事者との間がだんだん刺々しくなっていくのを感じていました。そんな時に慈恵医大青戸病院の事件が起き、嵐のような報道がされました。それを目の当たりにした時に、世間が問題だと思っていることと、私が問題だと捉えたことがあまりにも食い違っているのに愕然としました。この偏ったモノの見方に異議を唱えないと、医療は決して良くならないどころか、むしろ崩壊すると感じたのです。そこで書いたのが前著の「慈恵医大青戸病院事件」(04年9月出版)でした。ただ、それを執筆していた03年当時は、誰も私の危機感を理解してくれず、私の言葉は宙に浮いていました。

 その後も状況は改善されず、むしろ誰の目にも医療崩壊の進行が明らかになってきたわけで、再度警鐘を鳴らす必要性を感じました。

 今回の本には書いていないのですが、最近私がよく紹介している話があります。昨年の、日本におけるドイツ年記念法学集会での、グンター・トイブナー氏の基調講演です。

 国民国家から世界社会に変貌するにつれて、規範的予期類型(政治、道徳、法)ではなく、認知的予期類型(経済、学術、テクノロジー等)が主役を演ずるようになってきました。世界社会の法がそれぞれの社会分野毎に形成されています。例えば、経済、学術、テクノロジーや医療における正しさは国内法を超えて、世界的に同時進行で形成されています。

 トイブナー氏は、これからの紛争は利害や政策対立というより、世界社会の各分野毎に形成された部分社会間の合理性の衝突が重要だとします。

 このような紛争解決に、法中心主義的アプローチは無力だ、国民国家で形成されたような精緻な整合性をもった規範ヒエラルキー、厳格な審級制度は世界国家では成立し得ないとします。法は到底それらの矛盾を解消できない、互いの規範を尊重し、自律的部分社会同士の相互観察で共存を図ることしかないとしました。たとえば、ブラジルでのエイズ治療薬の特許を無視した製造販売では、保健の合理性と、経済の特許についての合理性が衝突し、保健の合理性が優先されました。

 現在の国内状況は、司法レジームが、国民国家の成立時に制定された法規範に基づいて、国際的に規範が形成されている医療レジーム、航空運輸レジーム、産業レジームと対峙し、ときにこれらに破壊的影響を与えているようにみえます。

 法律は規範の源泉ではありません。規範は人間の営みから歴史的に生じます。トイブナー氏は、分かりやすく言い換えると、法は対話の形式だと主張して、司法に謙虚さを求めました。

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