プロ野球観戦が患者や家族、医療者の交流の場に-横浜ベイ村田選手のプレゼント
「自分の子もこんなふうに大きく育つのかなと思うと勇気付けられる」「こんな交流の場を設けてくれた村田選手に感謝したい」-。シルバーウィーク中日の9月21日、横浜スタジアムで開催された横浜ベイスターズ対阪神タイガース戦には、新生児集中治療管理室(NICU)に入院したことのある子どもやその家族、NICUで働く医師や看護師ら約120人が観戦に駆け付けた。家族同士の交流を目的にした、自らも未熟児の息子の父親である村田修一選手からの招待イベントだ。子どもが退院した後の家族へのサポートが社会的な課題になる中、家族や医療者が一緒になってつくる"交流の場"を取材した。(熊田梨恵)
■NICUについての詳細は、こちら
「元気そう。大きくなったね」「今度、理学療法に通った方がいいかなと思ってるんです」。秋風が吹き始めたこの日、横浜スタジアムにはNICUを退院して在宅で生活している子どもやその家族らが東京や神奈川、千葉から集まった。初参加の家族がほとんどで、横浜ベイスターズの応援歌を歌ったり、お互いの子どもの話をしたりしながら交流を深めた。NICUで働く新生児科医や看護師などスタッフも20人ほど参加し、入院中に関わった子どもや家族との久しぶりの再会に喜びの声も聞かれた。
今年で2回目を迎えるこの企画は、未熟児で生まれた息子の閏哉(じゅんや)君の父親である横浜ベイスターズの村田修一選手と、閏哉君の主治医の豊島勝昭医師(神奈川県立こども医療センター新生児科)が中心となって始めたもので、家族同士の交流を深めたり、現場の医療者にも楽しんでもらえる時間を提供したりすることなどが目的だ。前回も約130人が参加する盛況ぶりで、去年に続いて参加した家族もいた。
厚生労働省研究班は年間に約3万6000人の新生児にNICUが必要と推計しており、その数は年々増えている。2008年の年間出生数は109万2000人で、約30人に1人の新生児にNICUが必要という計算になる。こうした需要もあり、母体救急などを行う総合周産期母子医療センターでは、92.5%が、「NICU満床」を理由に新しい搬送を受け入れられないと答えるなど(08年厚生労働省調べ)、国内のNICUはほぼ満床状態だ。NICUでの治療を終えた子どもがスムーズに退院していくことが必要とされているが、医療・介護サービス体制や情報の不足などから家族の社会的孤立などが問題視されている。国は在宅医療体制の整備などを進めるとしているが、家族へのサポートや精神的なケアは喫緊の課題になっている。
■未熟児の親、村田修一選手からの招待イベント
この野球観戦イベントは、家族と医療者の共同によるイベントだ。村田選手の息子、閏哉君は妊娠23週の早産で712グラムの未熟児で生まれた。その後も合併症を起こして手術も受けたが、半年後には無事退院し、現在は幼稚園に入園して元気に過ごしている。村田選手は閏哉君がNICUに入院したことをきっかけに、満床状態で医師不足のNICUの現状や新生児医療の問題について知るようになり、多くの人にこの現状を知ってもらおうと、豊島医師とともに活動を始めた。一般向けのシンポジウム開催や、入院中の子どもにプレゼントを配るなどのチャリティー活動、今回の野球観戦イベントもその一環だ。新生児医療を支援するNPOを立ち上げる構想もあり、新生児医療の普及啓発とともに、NICUに入る家族間の情報共有など、家族同士の交流をテーマにした活動も今後の展開として考えられている。
イベントには豊島医師が務める神奈川県立こども医療センター新生児科のスタッフが、選手の名前入りの団扇や応援用のボードを手作りするなどして協力。京都や静岡で働く新生児科医も駆け付け、家族への案内などを手伝った。県議会議員も参加して家族と交流を図るなど、様々な顔ぶれの集まるイベントになった。
■「野球観戦が家族の交流になる」
今回招待されたのは一塁側内野席。試合開始時、家族同士はまだ面識がないために緊張した様子も見られたが、試合が進むとともに一緒に応援したり声を掛け合ったりして打ち解けていったようだった。横浜は1点を追う1回裏、金城龍彦選手の本塁打で同点。客席は一気に湧き上がり、家族や子ども、スタッフも立ち上がって歓声を上げた。3回には内川聖一選手のヒットと、佐伯貴弘選手の3ランで4点を勝ち越し、選手がホームベースを踏む度に客席は湧き上がった。横浜はその後に3点を追加して、1対8で勝利した。昨年に続いて参加した、大真(ひろまさ)くんの父親、志賀光真(みつまさ)さん(34)は横浜市内在住のベイスターズファンで、普段から球場に通っているという。「去年より選手を近くで見ることができてよかったです。村田選手には一発を期待していたけど、でもヒットは出たのでよかったです」と試合の感想を話す。
今年3月に18トリソミーを持って生まれた詩実(うみ)ちゃん(享年11か月)を亡くした、横浜市内に住む岡村翔太さん(25)は、「野球観戦で交流を深めることになるし、家族の励みになると思います。来年も参加したいです」と笑顔で話し、詩実ちゃんの遺影を抱きながら、家族と一緒にベイスターズを応援した。妊娠中毒症などが影響し、早産で娘の樹希(たつき)ちゃんを産んだ冨川恵美さん(29)は、「ここに来て、未熟児で生まれた子どもが大きくなっているのを見ているだけで勇気付けられますよね。未熟児の親はなかなか周りにいないのでこういうところに来ると違います。こうやって大きくなっていくんだということを実感できてよかったです」と語る。昨年11月に902グラムと小さく生まれた樹希ちゃんは、今では7100グラムと大きく成長し、来場した他の子どもたちから頭を撫でられたりして笑顔を見せていた。イベントに参加した猪谷泰史医師(神奈川県立こども医療センター新生児科科長)は「去年は7月と夏の開催だったのでかなり暑く、子どもを抱えて水分補給に行くご家族もいたが、今年はそういう様子はあまり見られなかった」と、子どもが球場で体調を崩すなど大きなトラブルはなかったと胸をなでおろす。試合が終わるころには、子ども同士が一緒に遊ぶ姿も見られ、閏哉君と母親の絵美さんが同じ時期に入院していた子どもやその家族と再会のあいさつをする光景もあった。
- 前の記事中医協、今こそ大胆な改革を
- 次の記事〔自律する医療⑦〕看護師不足解消の裏技