『がん研究、戦略持って再構築を』 中村祐輔・東大医科研教授
研究者が研究のための研究、論文が最終的にゴールであるような研究を進めてきた結果、医学研究が患者さんの思いとはかなり乖離していたのではないでしょうか。たとえば薬を使い分けして、自分に投与された薬が有効であってほしいと思うのは患者さんにとっては当たり前のことです。副作用で苦しみたくないと思うのも当たり前のこと。この患者さんが求めていることが技術や基盤情報の整備によって色々と研究、そして応用できるようになってきているのに、それに向かって、みんなが協力しようという体制作りが図られてきませんでした。ライフサイエンス研究者は自分で楽しく研究をやりましょうというようなことをキャッチコピーのように言っていたのが、患者目線で物事を捉えれば当たり前のことをシステムとして導入できなかった一つの要因ではないかと思います。メディカルサイエンスというのはベッドサイド(臨床現場)という目標が明確であって、それは患者さんにQOLのいい生活を提供することであり、患者さんが笑顔で暮らせる、あるいは笑顔を取り戻せることができるための研究です。つらくても苦しくてもやらなきゃならないのがメディカルサイエンスだと、私はずっと思ってきました。サイエンスは楽しみましょうという考え方だけで本当にいいのかと思いますし、社会に貢献するという使命感を持った若い人たちが医学研究の場にどんどんはいってきたもらうことが必要だと考えています。
患者さんを対象とする臨床研究の場合には、一つの小さな研究室単位では非常に難しく、特に病院と研究所の連携、しかも、複数の施設の連携が不可欠となってきます。日本全体として、大きな病院ネットワークを使って一つのゴールへ向かう研究を進める体制作りは非常に弱かったと思います。そこは改めていかないと、日本の応用研究や臨床研究はいつまで経っても強くならないと思います。
日本版NIHの必要性
メディカルサイエンスは明確な目標を持った研究ですから、ロードマップを書いて、ある程度それに向かって着実に行かないとなりません。そのためには、3省庁縦割りで別々に色々なプランニングをするのではなく(3省庁だけじゃなくて本当は外務省や環境省も含めて、医療・環境の分野で国際協調、国際連携をどうするのかを考えるのが望ましいのですが)、国家戦略として、医療の発展につなげる戦略を練って行くことが不可欠です。その場合に、医療のための国家戦略局の中で財源を持って、そこで病気の研究あるいは病気の予防の研究というのを一本化してやるのがいいのではないでしょうか。10分の1の予算で10か所にばらばらに投資しても、合計で1の成果につながるものでもないですから、集約することによってこそできるものはそれなりの集約化をおこなってこそ、非常に価値の高い成果が生まれ、それが世界との競争につながると思います。
日本版のNIHのようなもの、バーチャルでもいいですから、少なくとも予算などを決めて、本当に将来を見据えた目効きを集めて、将来に向けての戦略を練って行くことが非常に大事だと思います。ゲノムに関しては、ある意味失われた8年、ゲノムに批判的な人たちが科学技術政策に携わってきたことは、日本にとって非常に不幸なことだったと思います。
また、今まで、なぜ臨床研究が円滑に進められなかったのかという問題点を明らかにしたうえで、それを推進するのに必要な考慮を払いながら、新しいシステムを組み立てて行くことが必要だと思います。評価の方法に関しても、基礎研究と臨床研究では、評価をしていくポイントが異なるべきです。臨床研究の場合、膨大な労力と時間をかけてもネガティブな結果に終わることも当然あります。それを結果だけでネガティブだから、成果ゼロと片づければ、やる気をなくしてしまいます。臨床研究では結果はもちろん大切ですが、ネガティブでもそこに至ったプロセスもきっちりと評価する方法を導入しないといけません。いい結果が出たら、よかったですね、よく頑張りましたねで、悪い結果やネガティブな結果が出たら、くだらないことにカネを使ってしまったと批判するのではなく、プロセスを大事に評価していかない限り、臨床研究は伸びてきません。