『がん研究、戦略持って再構築を』 中村祐輔・東大医科研教授
患者にできること
アメリカを見ていて思うのですが、患者さん団体が活発に声を挙げています。例えば対がん協会とか、すごく大きな組織の患者団体がロビー活動をして、我々の命と健康を守るためにこういうことをしてほしいという要望書を出すわけです。膵臓がん患者や家族の団体のPanCAN(パンキャン)も、「膵臓がんは過去何十年と予後がよくなっていない、発生数と死亡数がほぼ同じ数字で推移している、この病気を何とかしてほしい」と声を挙げている。研究者も、その人たちと共に闘うという姿勢がすごく大事だと思うのです。これまではメディアなどは意図的に、患者対研究者、患者対医者という対立の構図を描いてきたわけですけれど、本来、病気がわれわれの敵であって、その敵と闘うために、患者さんのグループと研究者、医療従事者が一緒にタッグを組んで闘うようなスキームを作って行うことが重要です。今までは、医師や研究者と患者さんの距離が遠かったことは事実ですので、われわれの姿勢を変えていくことも当然必要です。
距離が遠い理由はいくつもありますが、教育の問題が大きいと思います。たとえば、我々のように遺伝子研究・ゲノム研究をやっている立場からすると、遺伝学やゲノムなどを学校教育でほとんど教えてないのは何とかしてほしいと思います。遺伝学は少し触れられていますが、病気に関することはほとんど出てきません。だから、がんというのは遺伝子の病気、あるいはゲノムの病気だと言われるようになって20年以上経っているにも関わらず、正確な知識が一般の人に共有されていません。新しい薬が出てきた時に、それがどういうプロセスででてきたのか、一般の人はほとんど知らない。このような環境では、基礎研究の重要性を理解してもらうことも厳しいですし、当然研究をサポートしようという動きが一般の方から出てこないことになってしまいます。
学校での教育に加えて、研究や医療情報を仲介してきたメディアの問題もあります。平易で分かりやすくという名のもとに、難しい言葉や内容をいつまでも避けてきたため、その間に知識ギャップが大きく広がってしまいました。ゲノム研究が始まったころに多くのメディアが取材に来ましたけれど、ゲノムという言葉が分からないから使わないでくれとか、言葉を置き換えてくださいとか注文が相次ぎました。2000年を過ぎたあたりでも、同じようなことを言うメディアがたくさんいましたから、本当に大変です。
患者さんと医学研究従事者が共にお互いを知り合うと、みんなで頑張ろうという気持ちが高まると思うのですけれど、今でも多くの研究者は、自分の研究を一般の人に分かりやすく説明しようという努力をしていません。一般の方を対象とした講演会でも、学会で利用した英語のスライドを使って、専門用語を駆使して、聴衆がどう受け止めているのか全く意に介していない研究者もいます。これでは、話になりません。また、メディアも研究の進展についてくる努力をしてこなかったと思うのです。お互いに歩み寄って、研究者は難しい言葉で語るのではなくて、患者さんや一般の人にも分かる言葉で語ることが必要です。一般の人たちも、病気はどうして起こるのか、どうしてこの薬ができたのだろうとか、もっと勉強して欲しいと思っています。現実的には両者の知識ギャップを埋めるには、どういう形でやっていくのか難しいですけれど。我々は積極的に患者さんの会に行って話をするようにしていますし、患者さんに近い看護師さんとか薬剤師さんにそういうことを分かってもらう努力はしていますし、学会などでも一般講演会というのは、必ず付随してやるようになっています。協力関係をどんどん広げていく必要があるのでないかと思っています。
(中村教授は、『ロハス・メディカル』誌において、『オーダーメイド医療をあなたへ』というコラムを連載中です)