勤務医の疲弊、無力な中医協
■ 当直が負担、「主観的なお答え」
2009年10月30日、東京都千代田区の九段会館。
「日常業務において負担が最も重いと感じる業務は何ですかと訊くと、これも主観的なお答えですのでなかなか評価は難しいのですけれども、『当直です』という方がかなり多いということになります」
政権交代に伴う中医協委員の見直しで、9月30日を最後に中医協が1カ月中断した。日医の役員3人を外すなど「新体制」となって最初の中医協が開かれた。議題に「病院勤務医の負担軽減」が挙がった。
議論に先立ち、厚労省保険局医療課の佐藤敏信課長(当時)は検証部会の結果を報告した。08年度改定では、「勤務医の負担軽減策」が最重点項目に挙げられたが、改定の影響を調査した中医協・検証部会によると、勤務医の状況は改善していなかった。その勤務医が最も負担を感じる業務のトップは「当直」だった。
しかし、佐藤課長は「主観的なお答えですので」と無関心を決め込んだ。まるで他人事という感じだった。時間外勤務や過重労働の問題について同日の中医協では議論されなかった。
その後、11月6日の中医協で産科や救急医療に関わる医師から意見を聴く場が設けられた。参加した医師すべてが長時間勤務や医師不足など「医療崩壊」と言われる現状を訴えた。
そうした現場の声を踏まえて議論するかのように見えたが、「いかに現状を改善すべきか」という方向に議論は進まず、いつもの"ガス抜き"に終わった。「医療現場のご意見を聴きました」というアリバイづくりをしたかったのだろう。
ただ、海野信也・北里大医学部産婦人科学教授だけは労基法違反の問題に触れ、こう指摘した。
「とにかく医療の現場を、病院の現場を合法的な状態にしていただきたい。合法化に誘導していただきたい。労働基準法というものが全く適用されていないような現場を、少なくとも三六協定を結んで、どんな特例を用いてもいいですが結んで、それで時間外を認定して、その時間外手当をきちんと払ってください」
これまでの中医協ではあり得ない珍しい発言だった。勤務医の疲弊を解消する方法として、海野教授が「勤務医確保加算」の創設を求めたことに嘉山孝正委員(山形大学医学部長、当時)が加勢したが、診療報酬を医師に直接支払う「ドクターフィー」の導入の是非に議論が向かってしまった。
ヒアリングでは参加者から様々な要望が出されたが、「ドクターフィーを導入すべきか」という議論に集約されてしまった。労基法違反の問題について踏み込んだ議論もなかった。
遠藤久夫会長(学習院大経済学部教授)は参加者や診療側の委員らに言いたいだけ言わせ、厚労省の見解を求めることはなかった。厚労省の責任を追及したくなかったのか、巧みな議事運営だった。この日の厚労省職員は「一般傍聴者」のようだった。
その後、10年度改定に向けて「勤務医の当直」をめぐる問題が中医協で議論されることはなかった。勤務医をはじめ医療職の勤務実態を把握しようなどという動きはないまま10年度改定を終えた。
【目次】
P2 → 当直が負担、「主観的なお答え」
P3 → 中医協で労基法が議論されない理由
P4 → 調査できないのは病院管理者のせい?
P5 → 労働時間の調査は難しい
P6 → 「医師1人あたりの患者調査」で逃げ切り
P7 → 「医療崩壊」を阻止できない理由