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特に監修者の肩書などは、変わっている可能性があります。

ストップ!!萎縮医療

28-2-1.JPG自分や家族が急に倒れて病院に運ばれた時
医師に最善を尽くしてほしいと願うし、そうしてもらえると信じていますよね。
でも最近、それがちょっと危ないのです。

監修/亀田信介 亀田総合病院院長
    小松秀樹 虎の門病院泌尿器科部長


世界屈指だったのに

 医療の価値を測る時、一般に3つの指標が用いられます。医療の受けやすさ(アクセス)、医療技術やサービスの質の高さ(クオリティ)、費用の安さ(コスト)です。高いとか低いとかは相対的なもので、社会の要求レベルや技術の進歩などによって変化して行きます。
 3つは相互に関連性があり、一般的には費用を一定にしてアクセスを改善するとクオリティが下がり、アクセスを維持したままクオリティを高めるなら費用が上がるという風に、3つ同時に改善することは至難の業とされています。
 しかし日本の医療は、長くこの難題をクリアし「総合世界1位」(WHOの判定)を続けてきました。医療従事者たちの多くが国際的には安い基本給で残業代も休日手当もなしに働いて費用を吸収していたことと、医療紛争・訴訟が少なくて、その対応費用を計上せずに済んだことが理由として挙げられます。
 医学生たちが事あるごと肝に銘じさせられる「ヒポクラテスの誓い」という基本哲学の中に「能力と判断の限り患者に利益すると思う養生法をとり、悪くて有害と知る方法を決してとらない」(小川鼎三訳)という文言があります。3つ同時に求めれば「患者のためになる」という、医療者たちの使命感とモチベーションによって支えられてきたのです。
 しかし最近、誠実に努力したのに、後で社会から納得いかない理由で批判され、場合によると訴えられるということが多くなっています。
 そしてこの結果、後からとやかく言われないことを優先して、医療者がギリギリのところまで責任を引き受けずに必要以上にリスクを避けるということが増えています。当然、それは3つの指標を悪化させます。
 分かりやすい例として、検査が挙げられます。「最高の価値」をめざすなら、不要な検査はしないに限ります。やらない方が費用は安く、患者の苦痛も少なく、治療も早く済むからです。しかし、もし「検査していれば分かったはず」の何かを見落とした場合、医師は大いに責められます。だから今は少しでも迷ったら検査しておくのが一般的で、どんどん検査の量が増えています。
 また、救急医療現場では、すぐに治療しないと症状が悪化し手遅れになる可能性が高い患者が数多く運ばれてきます。症例によってはリスクを覚悟で起死回生を狙う治療も必要です。以前ならば、すぐ積極的な治療に入っていたはずですが、最近は家族などに対するインフォームド・コンセントが済んだあとでないと、リスクのある起死回生を狙った治療はしなくなりつつあります。
 これらが萎縮医療とか保身医療とか防衛医療とか呼ばれるものです。端的に言うと、検査は最大、治療は最少、自信のないものは引き受けない......。当然、費用は上がり、アクセスは悪くなり、クオリティも落ちます。
 医療従事者たちも好きでやっているわけではありませんが、この萎縮医療が急速に広がりつつあるのです。
 救急車の引き受け先がなかなか決まらないとか、救急病院が減り続けているというのも、一つの表れと見ることができます。

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