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研修医が見た米国医療2

労働週80時間まで 質の向上は限定的

反田篤志 そりた・あつし●医師。07年、東京大学医学部卒業。沖縄県立中部病院での初期研修を終え、09年7月から米国ニューヨークの病院で内科研修。

 米国の研修医には「80時間ルール」があります。これは03年に導入された制度で、研修医は週に80時間以上働いてはいけない、としたものです。
 それ以前の米国では現在の日本のように、研修医の総労働時間に制限はなく、24時間当直や、当直明けで日常勤務を行う36時間連続勤務も普通に存在していました。長時間労働で疲れ切った研修医が致命的な判断ミスをする確率が高いという研究結果により、この制度の導入が決まりました。
 本制度の導入以降、研修医の労働状況は大きく改善されました。多くの病院で24時間勤務を避けるため夜間シフトの研修医を置くようになり、最低週に1日は休みを取れるようになりました。私の病院では、24時間勤務は月に1度程度、週平均労働時間は65~70時間程度です。日本では上級医でさえ月3~4回の当直業務が課せられている現状に比べると、非常に恵まれています。
 一見すると良い制度のように思えますが、いくつか問題もあります。まず、医療の質を改善するために開始されたものの、その効果は集中治療室など特殊な環境を除き、現在のところはっきりしていません。なぜでしょうか?
 研修医の働く時間が減ると増えるのが、研修医同士の引き継ぎです。ほとんどの場合患者さんごとに担当の研修医が決まっていますが、その研修医が働いていない時間帯は他の研修医がその患者さんをカバーすることになります。カバーしている研修医はその患者さんの全体像を把握していないので、例えば容態の悪化につながる初期の変化が起こった時に対処が遅れる可能性があります。80時間ルールの導入で、眠気で判断能力の低下した医師によるミスは防げるものの、患者さんを良く把握していない医師によるミスが増えることになります。また、患者さんに対する責任感は相対的に低くなりますので、患者さんやその家族への病状説明や、細かい問題への対処が疎かになり、患者さんの満足度は低下する傾向にあります。
 研修医にとっても良いことばかりではありません。労働時間が減ることで、1人の患者さんを継続的に診ることができず、症例から学ぶ機会が減ります。研修医は、自分の治療行為により生じた臨床的転帰を体験することにより、経験を積み、次に同様な症例に遭遇した時の正しい対処法を学びます。自分で投与した薬により患者さんが良くなったかどうかを見て、時には苦い経験をしながら、臨床医として成長します。シフト制の中では自分の治療行為の結末を自分の目で見る機会が減るので、その成長が遅くなることになります。
 日本で休みもなく月に10回当直していた時は、論文を読んだり、一つ一つの症例を詳しく振り返ったりする余裕もなく、週80時間制度を羨ましく思ったものでしたが、今から見ると、その激務にも意味があったのだなと感じます。

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