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がん⑨ がんワクチンなぜ効くのか

抗原を注射するがんペプチドワクチン。

 がんワクチンには、がん抗原の素材として
●患者さんのがん細胞そのものを放射線照射で死滅させたり凍結破壊して用いる
●がん細胞に特異的なタンパク質を大腸菌などを使って作り、精製して用いる
●がんタンパク質の断片(ペプチド)を合成して用いる
といった方法があります。
 このうち最も注目を集め、研究が進められてきたペプチドを使った方法をご紹介します。「がんペプチドワクチン療法」です。
 前頁で、がんワクチンでは、「がんでのみ発現が高まっている遺伝子をもとに生み出される物質」を抗原として、リンパ球による特異的免疫応答を導く、とお話ししました。この抗原の実体こそ、「ペプチド」と呼ばれるもの。
 まず、最も基本的な特異的免疫応答の仕組みを、順を追って解説させてください。
 体に侵入した病原体などの抗原は、樹状細胞等の免疫細胞によって発見されます。樹状細胞は抗原に出くわすと、食いついて丸呑みにし、小さく分解します。細菌などの病原体も人間の体と同じで、要はタンパク質でできていますが、タンパク質はもともとアミノが数百~数千個、長くつながったもの。それが細かく断片化されると、アミノ酸8~10個の短い鎖(=ペプチド)ができます。そのペプチドを、樹状細胞は自身の表面上に提示します。するとようやく、細胞傷害性T細胞(キラーT細胞)等のリンパ球が抗原の存在に気づき、その抗原特異的に攻撃を始める、というのが一連の流れです。
 では、この特異的免疫応答を使ってがんを駆逐するとはどういうことでしょうか。
 がん細胞内では、がん遺伝子から作られるがん抗原タンパク質が、絶えず合成と分解を繰り返しています。分解されてできた断片は、がん細胞由来に特有のペプチド(がん抗原ペプチド)ということになります。このペプチドのいくつかは、がん細胞表面に提示されることが分かっています。
 これと同様に、がん細胞やがんタンパク質を樹状細胞が分解した場合も、樹状細胞の表面にがん抗原ペプチドが提示されます。あとはその情報を受け取った細胞傷害性T細胞ががんを排除する、というふうに、特異的免疫応答が立派に成立するのです。
 というわけで、もうお分かりかと思いますが、この仕組みをそっくり使ったのがペプチドワクチン療法。がん抗原ペプチドをワクチンとして患者さんに注射し、特異的免疫システムを誘導してがんを封じ込めようとするものです。通常、人工的に合成されたペプチドが用いられます(次頁参照)。

臨床試験が各地で進行中

 実際、ペプチドワクチンは実用化に向けて様々な医療機関で臨床試験が行われています。
 例えば現在、日本で開発が順調に進んでいるのが、「エルパモチド」(開発コードOTS102)です。効果が認められれば、世界初のがん治療用ペプチドワクチン誕生となる可能性もあります。当面、適応が予定されているのは、生存率が低く克服することが難しいすい臓がん。胆道がんの臨床試験も進んでいます。副作用はほとんどないとされ、その実力に期待がかかっています。(なお、エルパモチドは厳密には、がん特異的タンパク質を標的にしているのではありません。詳しくは特集の最終ページへ)
 また、がん抗原ペプチドを1種類でなく複数、混合して用いる研究も進行中です。米国では10種類以上のペプチドを混ぜたワクチンの研究も行われています。
 いずれにしても、ペプチドワクチンは皮下注射するだけで済むことや、人工的に合成できるので比較的安価に量産でき取り扱いも容易であること、何より、特定のがんに特異的に効くように作ることができるという期待から、広く臨床試験が行われています。患者さんとしても、比較的手の届きやすい最新治療法として望みが持てそうです。

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