睡眠のリテラシー16
高橋正也 独立行政法人労働安全衛生研究所作業条件適応研究グループ上席研究員
知り合いの教師によれば、朝から「疲れた」と訴える子供が多いそうです。しかも、だるそうに頬づえをつきながら、授業を聞く小学生もいると聞きます。1時間目が始まる前に校庭でいかに遊ぶかを登校の途中から考えていた頃とは、かなり違った印象があります。
中学生になると、授業中の居眠りがよくみられ、いわゆる「爆睡」している生徒もいるということでした。高校生の頃には私自身、授業の途中の記憶がなかったり、ノートに書いた文字がみみずのようで、ほとんど読めなかったことがありました。しかし、中学生の時にはそのような経験はありませんでした。
子供の仕事は勉強することです。睡眠の質と量それぞれが学業成績とどのように関連するかについて、多くのデータをまとめて整理した研究があります。予想されるように、睡眠の質が悪くなるにつれて、睡眠時間が少なくなるにつれて、学業成績は下がることが分かりました。
このような関連は子供の年齢が若いほど、強く認められました。これはなぜでしょうか。一つには、年齢の若い方が眠らない(長く起きている)という状況に弱いせいかもしれません。
もう一つは、脳の発達に関わります。私たちの脳、特に頭の前の方の部分は10歳ごろから飛躍的に発達します。この部分の脳は考えたり、学んだり、人の気持ちを理解したりする能力の源になるので、しっかり成長してもらわなければなりません。
逆に、この大事な時期に、なんらかの理由で子供がぐっすり、たっぷり眠れなければ、前の方の脳がうまく発達できず、結果として学習能力が低下してしまうことは十分にありえます。
小学生であれ、中学生であれ、いつまでも子供ではありません。社会人になったら、有能な労働者になることが期待されます。にもかかわらず、最近は入社して半年もたたないうちにメンタルの不調のせいで、仕事を休んだり、退職せざるをえない例も増えているようです。就職難の時代ですので、こうなってしまうのはとても残念です。
もちろん、以前と比べて、仕事の質や量は違いますし、人間関係を含めた職場の環境も大きく変わっていますので、調子の悪くなる原因ははっきりとは分かりません。とはいえ、もし子供の頃に良い睡眠を充分にとれなかったせいで、大人になってからの困った事態につながっているとしたら、大変なことです。
この関連が本当かどうかは次のような実験で確かめられればよいでしょう。つまり、ある一群の子供には良い睡眠をとらせ、別な一群の子供にはとらせないで、その後の健康状態や学業成績を長年にわたって調べる実験です。
当然ながら、このような実験は倫理上、行えません。しかし、現状をみる限り、睡眠を真っ当にとらなかったらどうなるかを、子供や保護者が「自ら進んで」実験していると言えるかもしれません。
たかはし・まさや●1990年東京学芸大学教育学部卒業。以来、仕事のスケジュールと睡眠問題に関する研究に従事。2001年、米国ハーバード大学医学部留学。