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【九州版】九州にある最先端治療 九州大学先端医療イノベーションセンター②

患者の免疫細胞を使って 副作用少なく、がん抑制
九二2-1.JPG(この記事は、九州メディカル2号に掲載されたものです) 皆さんがお住まいの九州には、日本の最先端、世界の最先端を行く医療施設がゴロゴロあります。ご存じだったでしょうか? まずは昨年7月に開所したばかりの九州大学先端医療イノベーションセンターをご紹介しましょう。

 前回に引き続いてご紹介する『九州大学先端医療イノベーションセンター』は、一つの建物の中に研究開発部門から臨床試験用病床まですべてを備えている日本初の医薬品・医療機器の研究開発拠点です。
 九州大学が持っている知財を企業と共に実用化の方向へ持っていくというミッションを持ち、前号でもご紹介した低侵襲ロボットの他に、ドラッグデリバリーシステム、分子イメージングなどの分野で、4月から5つのプロジェクトが同時並行で進んでいます。
 とはいえ、研究開発には年単位の時間がかかりますので、患者さんがすぐ恩恵に浴せるというものは多くありません。そんな中、既に全額自己負担の自費診療ながら提供の始まっているのが、がんの免疫細胞治療です。

免疫は強いけど弱い

 免疫細胞治療は、読んで字のごとく、患者さん自身の免疫細胞を使ってがんの治療をしようというものです。
 免疫の攻撃を担う細胞とがん細胞が1対1で戦えば、免疫が圧勝します。しかし、がんは免疫の攻撃をすり抜けてきたからこそ発病に至っているのです。また、肉眼で見えるようになった腫瘍の中には、がん細胞が10億個単位で存在し、がんを攻撃できる免疫細胞よりケタ違いに多く、多勢に無勢です。がんの影響で免疫の働き自体も落ちてきます。このような状態では、体内の免疫だけで闘うという考えには無理があります。
 そこで、免疫に対して働きかけようという発想が出てきます。大きく分けると、体内へ何かを入れることで免疫細胞を活性化させようとするものと、いったん免疫細胞を体外に取り出して増やしたり活性化させたりした後で体内に戻すものの2パターンがあり、既に30年、世界中で様々なアプローチがなされてきました。
九二2.1.JPG 同センターが現在行っているのは、いったん体外に取り出す方式です。患者さんから採血し、得られた免疫細胞が細菌などに汚染されていないか確認した後、医薬品と同じ基準で厳密に管理された施設で免疫細胞を培養加工・増殖させ、機能を強化したうえで、再び患者さんに点滴または皮下注射で戻します。
 増殖させる免疫細胞の種類によって、樹状細胞ワクチン療法、αβT細胞療法、δγT細胞療法の3種類あります。この3種類については、細胞を選択的に増殖させる方法が確立されています。そしてその細胞の種類によって、がんとの闘い方として想定されている経路が異なります。他にもNK細胞を用いた療法を、臨床研究によって安全性と有効性を確認した後、提供していくことも考えられています。
 どの療法も2週間おきの6回治療が1コースです。「治療効果を見るために6回1セットが基本です。効果がありそうなら2コース、3コースと続けることも可能です」と同センターの高石繁生外来医長(准教授)は説明します。自分の細胞を使うため、副作用がマイルドで体への負担も少なく、治療を継続して行うことが可能です。

療法の使い分け

九二2.2.JPG がん細胞に対して肉弾戦を仕掛ける免疫細胞は、リンパ球の一種のT細胞です。そしてT細胞が活性化して攻撃を仕掛けるようになるためには、がん細胞を「非自己」として認識する必要があります。
 最も効率がよい認識方法は、司令官役の樹状細胞ががん細胞を食べて分解した後で、T細胞にがんの目印を教える経路です。ちなみに、この樹状細胞を発見したラルフ・スタインマン博士(故人)には、昨年ノーベル医学・生理学賞が贈られています。
 このため、患者さん自身のがん組織やがん細胞が保存されている場合には、体外で増やした樹状細胞にがん細胞を食べさせた後で1回あたり何百万個もの樹状細胞を体内へ戻すという樹状細胞ワクチン療法が、最も効果を期待できることになります。同センターでは希望すれば、樹状細胞に電気刺激を与え、がん細胞を10倍以上、効率よく取り込ませる「エレクトロ・ポレーション」という最新の方法も使えます。
 もちろん弱点もあって、がんの組織が保存されていない場合には使えないことと、がんの状態によっては効果を期待できないことがあります。
 というのも、樹状細胞がT細胞に対して教える目印のHLA(さらに難しい言葉では、MHCクラス1と呼びます)が、がん細胞の表面から減ったり消えたりしてしまっていることがあるからです。HLAが消えている場合は、いくら優秀な司令官を送りこんでも空振りになります。HLAがどの程度表面に出ているかは、事前にがんの組織を検査(免疫染色)することで確かめられるので、必ず事前にチェックします。
 HLAが消えてしまっていたら手も足も出ないのかというと、そうではありません。実は、T細胞が相手を自己か非自己(がん細胞)を識別する時に、細胞表面のHLAだけでなく、がん化した細胞の多くががんの種類を問わず表面に出している共通の目印(腫瘍抗原と言います)なども認識します。αβT細胞療法やγδT細胞療法は、この腫瘍抗原を認識する経路から、がんに攻撃を仕掛けてもらおうと期待するものです。
「αβT細胞の方が元々の血中には多いのですが、γδT細胞は骨の中に入っていきやすいことが分かっています。また抗体医薬との相性もよいです。抗体医薬を使っていたり骨転移していたりする場合は、γδT細胞療法をお薦めしています」と、高石准教授。

薬事承認へ向けて

 これらの免疫細胞治療自体は、国内で他にも先行して提供してきた医療機関が数多くあります。同センターが敢えて手掛ける意義について高石准教授はこう説明します。
「いずれは先進医療の認定を受け、その先の薬事承認まで持って行きたいと思います。どんな人にどの療法がどの程度効くのかを確認する必要がありますし、効く人と効かない人を事前に見分けるバイオマーカーを確立することも必要と考えます」
 その準備段階として現在のところ、患者さんに戻す前の免疫細胞の組成がどうなっているのか、全例を調べています。
「目標とする細胞が基準以上に増えていることは間違いないんですが、それ以外の細胞も結構含まれていることがあり、採血のタイミングや患者さんの状態によって相当の差があると分かって来ました。効くか効かないかやってみないと分からないのは、予想外の細胞が働いているからである可能性もあります。そういったことを一つずつきちんと確かめていきたいです」
 高石准教授は米国留学中に胃がんの幹細胞を研究していました。
「がん幹細胞を攻撃するT細胞を選択的に増やす方法とか、あるいは、がん幹細胞を標的とする抗体を遺伝子導入したT細胞を増やすとかいった新しい治療法も、現在の治療の延長線上にあると考えています」

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