がん医療を拓く⑮ 口内をケアして治療効果アップ
「がんの治療中は、口内環境に起因する様々な合併症が発生しやすくなります。特に頭頸部がんや食道がん、血液腫瘍で口腔ケアの重要性が高いと言えるでしょう」と話すのは、がん研究会有明病院歯科の富塚健部長です。がん専門病院と歯科は、意外な組み合わせに思えるかもしれませんが、「全国のがん診療連携拠点病院のうち、約70%には歯科が設置されていると考えられます」と富塚部長。
がん治療中は、口腔環境に関連する合併症が起きやすくなり、その原因は、抗がん剤あるいは放射線照射の副作用だったり、体力・免疫力の低下から口の中に元々いた歯周病菌やむし歯菌が勢いづいたりと、実に様々です。
合併症は、患者に肉体的精神的な苦痛を与えるだけでなく、がん治療を最後まで完遂できなくさせかねないので、制御できるか否かが治療成績の良し悪しに直結します。
治療の副作用については対処療法で症状を緩和したり、二次感染を防ぐしかありませんが、がん治療の合併症の原因になりそうな歯周病や進行むし歯は事前に治療しておくのが理想です。また後述するように、治療法によっては、金属製の被せ物類をあらかじめ外しておく必要があります。しかも、いったんがんの治療が始まってしまうと、気分がすぐれなかったり、体力や免疫力の問題も出たりして、歯科治療は難しくなってしまうのだそうです。
「ですから、がんの治療が始まる前に、できるだけ時間の余裕を持って口腔ケアを始めることが重要になります。実際、がんであるとの確定診断のための検査と並行して、最低限必要と思われる歯科処置を始めることも多くあります」
開業歯科医が道を拓く「口腔ケアが支持療法(*)として注目を浴びたきっかけは、1999年、英国の一流医学雑誌『Lancet』に掲載された、いわゆる『米山論文』でしょう」と富塚部長。
静岡でクリニックを開業している米山武義歯科医師が、東北大との共同研究として、全国11の老人ホームで歯科衛生士による口腔ケアを週1回、2年にわたって実施しました。するとケアを受けた高齢者で発熱が半減。肺炎の発症者も約4割減少、かかっても重症化せずに死亡率が低く抑えられました。
口腔ケアが誤嚥性肺炎の予防に効果的であると世界に示され、その後の医科歯科連携への足掛かりとなったのです。
*病気そのものに伴う症状や、主たる治療の副作用を、予防・緩和するための治療。