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痒い→掻く→痒いの悪循環を防ごう~大人も知りたい新保健理科㉑

吉田のりまき 薬剤師。科学の本の読み聞かせの会「ほんとほんと」主宰
 痒い時にちょっと掻くと気持ち良いのですが、皮膚が傷つくほど掻いてしまうとますます痒みが増し、さらに掻いてしまうという悪循環に陥りますね。このことを「イッチ・スクラッチサイクル」と呼び、治療ではこのサイクルを止めることが大切です。そのため、痒みとは何か、どうして痒いと感じているのかといったことを知っておくことが役立ちます。

原因物質ヒスタミン

 痒みは、定義では皮膚や粘膜を掻破したくなるような不快な感覚となっています。認識するのは脳です。その感覚は、どうやって脳に伝わっているのでしょうか。

 例えば虫に刺された時のように皮膚が身体の外から刺激を受けた場合、皮膚の中では免疫細胞の一種である肥満細胞(マスト細胞とも言います)から顆粒が放出されます。肥満細胞という名前から肥満と関係があると勘違いされる方がいらっしゃるのですが、そうではありません。イメージとして、この細胞が顆粒を持っていてサイズがやや大きめという風に理解していただければ、誤った解釈が避けられると思います。

 さて、放出される顆粒ですが、そのうち特にヒスタミンが痒みを生じさせます。そして皮膚に存在する痒みの神経(C線維)が刺激され、脊髄を経由して大脳へと情報が送られ、痒みを感じるようになります。

 しかもC繊維は単に情報を脳へ伝えるだけでなく、その末端からサブスタンスPなどの物質を出します。この物質は、そのままで痒みに関係しますが、肥満細胞を刺激してヒスタミンの放出を促す作用もあります。

 したがって、痒みを抑えるためには、外から受けている刺激を取り除くこと、肥満細胞から顆粒が放出されないようにすること、既に放出されたヒスタミンが作用しないようにすることなどが考えられます。実は花粉症と同じことで、刺激となる花粉が身体に付かないようにし、肥満細胞からヒスタミンを放出させないように抗アレルギー薬や、ヒスタミンが作用しないように抗ヒスタミン薬を服用します。

炎症が痒みを増幅

 ヒスタミンやサブスタンスPは、皮膚の毛細血管に作用、血管を拡張させ透過性を亢進させるため、赤く腫れるなど炎症が生じます。掻くと、それが皮膚にとって新たな刺激となり、もし傷つけてしまうと、そこで炎症が起きてしまいます。

 炎症部位で闘っている細胞からはサイトカインと総称される物質が出ており、それも肥満細胞を刺激します。

 つまり、掻くことは痒みを増幅する行為なのです。

掻きたくなる神経伝達

 ところで中学理科で、皮膚は、温度や痛みの感覚器として学習します。やけどするほどの高温な場合には、熱いと感じる前に(大脳に情報が届く前に)脊髄反射によってとっさに身をよけることが書かれています。また外界の気温の変化を捉え、血管を縮めたり拡げたりして体温を保ったり、病原菌などの異物を認識して身体の中に入れないようにするバリアとしての働きをしたりすることも学習します。このようにある程度は学習する機会があるのですが、痒みについては触れられていません。

 そもそも痒みについては最近になって分かってきたことが多いので仕方ないことですが、アトピー性皮膚炎など幼少の頃から治療している人が多いことですし、痒みは日常よく生じることなので、痛みを学習する時に皮膚の痒みについても学習する機会があると助かります。そうすると、誤解もなくなるでしょう。

 痛痒いという経験があるためか、痛みと痒みとが同じ神経で脳に伝わっていると勘違いしている人もいるようです。もし、同じ神経ならば、痒みでもとっさの危険回避行動がとれるはずです。でもそういうことは起こりません。高校生物レベルの話になってしまいますが、傷みと痒みを伝える神経の構造は異なり、電車にたとえるなら、痛みは急行で、痒みは各停です。また痛みと痒みが同時に伝わっている場合、痛みの方を脳が強く意識しているだけで、痛みが和らいでくると、今まで感じていなかった痒みを意識するようになり、掻きたいという気持ちが生じます。

 皮膚は外側から順に、表皮、真皮、皮下組織の3層構造になっています。前述したC繊維の末端は、通常は表皮と真皮の境界辺りまで伸びています。しかし、痒みや炎症を繰り返していると表皮の表面近くまで入り込みます。そうなると、外界からの刺激に容易に反応、痒みを感じやすくなります。

 さらに最近になって、刺激を受けたC繊維はサブスタンスPの分泌を通して、情報を逆に伝えている可能性のあることも分かりました。川にたとえると、支流の一部で逆流が起き、本来何もない所でも痒みが生じるのです。

 痒みについては、まだまだ研究途上で、今回の「末梢性の痒み」とは全くメカニズムや対処方法が異なる、透析をしている人や肝臓病の人が感じる「中枢性の痒み」というものもあります。

 いずれにしても痒みは生活の質(QOL)を落とします。イッチ・スクラッチサイクルに陥らないよう気をつけましょう。

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