タバコの煙 骨折の元 ~それって本当?
喫煙は骨を弱くします。本当です。
専任編集委員 堀米香奈子(米ミシガン大学環境学修士)
喫煙が、肺がんやCOPD(慢性閉塞性肺疾患)のリスクを高めることは、よく知られています。真っ先に煙にさらされる肺の病気ですから、驚きはありませんよね。でも、煙を浴びるわけでもない骨に悪影響があると聞いたら、眉にツバしませんか?
この関係、専門家には意外でも何でもないようです。慶應義塾大学整形外科の宮本健史特任准教授は「元々、喫煙が骨粗鬆症の誘因となり、骨折のリスクを高めていることや、骨折の治癒を遅らせることは、整形外科分野では経験的によく知られた事実でした」と話します。ただ「様々な研究が行われてきたものの、タバコの何が骨に影響しているのか不明なままだったのです」。
破骨細胞が増殖
さて、骨には、体を支えるという役割の他に、カルシウムの体内貯蔵庫という役割もあります(https://lohasmedical.jp/e-backnumber/116/#target/page_no=82015年5月号「骨粗鬆症」特集参照)。血中のカルシウムイオンは、筋肉や神経の信号伝達に不可欠です。なので、血中のカルシウムイオン濃度が高過ぎれば骨に蓄え、低過ぎたら骨から放出して、と骨自身の新陳代謝(リモデリング)に合わせて調整し、血中濃度を一定に保つのです。
骨からカルシウムを放出する(つまり骨を壊す)際に働くのが、破骨細胞です。
今年3月、宮本特任准教授たちのマウス実験で、ニコチンによって破骨細胞が増えやすくなる、と確かめられました。
依存性があるニコチンは、禁煙失敗の原因として有名です。これまでも骨の健康を害しているのでは、と疑われてきました。しかし、「例えば、試験管内の破骨細胞にニコチンを直接振りかけても、特段の影響は見られなかったのです」と宮本特任准教授。
炎症物質を作らせる
実は、ニコチンが直接骨に働くのではなく、白血球の一種を刺激し、下流で連鎖的に問題が起きていました。刺激を受けた白血球では、炎症物質の放出が抑制されます。その変化が、骨を作る働きの骨芽細胞に作用、骨芽細胞が作るタンパク質のバランスも変わり、巡り巡って最終的に破骨細胞を増やしていたのです。
さらに、ニコチンは迷走神経と呼ばれる自律神経(副交感神経)も刺激し、その信号が白血球に炎症物質を放出させるルートも判明しました。
迷走神経は、脳や心臓などの制御で知られます。それが骨も制御していた、というわけです。カルシウムイオンの挙動に着目すれば、そんなに驚くべき話ではないかもしれません。実験では、迷走神経を活性化させたマウスでは、破骨細胞が15%程度増え、骨量(骨に占めるカルシウム化合物の割合)の減少が観察されました。
その依存性ばかりが注目されてきたニコチンですが、今回の研究から、喫煙者本人と受動喫煙させられた周囲の人の骨を弱くし、ヒドイ場合には骨粗鬆症をひき起こし、悪化させる原因になる、と分かりました。
骨粗鬆症は、高齢者が大腿骨骨折から寝たきり、はたまた認知症へと陥る大きな原因です。タバコが、こんな経路でも日本の介護費用を増やしていることになります。
禁煙しない理由がまた一つ減り、受動喫煙の迷惑な理由は一つ増えました。