福島県立大野病院事件第二回公判(3)

投稿者: 川口恭 | 投稿日時: 2007年02月25日 08:10

昨日の続きです。


午後2時再開。
M医師は細身で黒のスーツ姿。
すっとした頬、横分けのサラサラ髪は
いかにも今時の良家の子弟といった感じ。
少し甲高い声で宣誓書を読み上げ
証言台の前の椅子に腰掛けると
両膝の上に手をきちんと置き背筋を伸ばした。
質問を聴く時も答える時も、とにかくよく頷く。


M医師は、問題となった手術で
加藤医師の助手(前立ち)を務めた。
現場で一体何が起きていたのか
克明に説明できる1人ということになる。


ただし

  検察 外科医ですね?
  M医師 はい。
  検察 医師の資格を取得したのはいつですか?
  M医師 (俯いてしばし考えた後)えーと、今5年目ですから、、、
  検察 平成14年でしょうか。
  M医師 はい。

事件当時は、まだ2年目。

  検察 帝王切開の助手には何例入ったことがありましたか?
  M医師 10例ほどでした。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
  検察 癒着胎盤とはどういうもので、どういう危険があって、どういう処置が必要か、という知識はありましたか?
  M医師 ありませんでした。

というやりとりもあって
加藤医師の処置が専門的に見て妥当なのか
M医師が述べることはできないと思われる。
検察はM医師の証言で何を印象づけようとしたのか。


起訴主旨は

癒着胎盤と診断した時点で胎盤を子宮から剥離することを中止して、子宮摘出すべきであったのに、クーパーを使用して漫然と胎盤を剥離したため、大量出血となり患者が失血死した。また、胎盤を無理に剥離すると大量出血する可能性があることを認識していたのに、その行為を行った

であるから
M医師が話せる範囲で加藤医師の有罪立証につながるとしたら
(1)加藤医師が、胎盤剥離を中止できる段階で癒着胎盤と気づいていた
   もしくは気づけるはずだった
(2)胎盤を剥がす際に「無理」な手技
   もしくは「漫然」とした手技を行った
ということになるだろうか。
その目で改めて尋問を振り返ると、冒頭から

  検察 帝王切開補助の依頼は誰からどのように?
  M医師 加藤先生から医局で前置胎盤を合併した帝王切開と。
  検察 加藤先生から「合併」という言葉は出たのですか?
  M医師 「合併」と加藤先生が言ったか正確には覚えていません。
  検察 癒着については何か言われませんでしたか?
  M医師 癒着があるかもしれないと言われました。
  検察 具体的にどのような言い方でしたか?
  M医師 具体的には、あまり記憶がはっきりしていませんが、ぼくの理解では腹壁と子宮か腹腔内臓器の癒着だと思っていました。
  検察 帝王切開創と腹壁との癒着という言葉はききましたか?
  M医師 と腹腔内臓器ですね。
  検察 被告人がそのように言ったのですか?
  M医師 癒着があるかもしれない、と言ったと思います。具体的にどこ、とは言わなかったかもしれません。
  検察 では、今の腸壁と臓器というのは癒着という言葉から、あなたが考えたということですね。
  M医師 はい。
  裁判長 質問が終わってから答えてくださいね。声が重なると記録が取れないので。
  M医師 あ、すみません。

M医師が緊張の解けないうちに自らキーワードを発してしまったため
いきなり質問が核心に迫っている。
だが、上記の証言では
加藤医師が癒着胎盤を予見していたとは言えない。
手術時に尋問が移って

  検察 切開創から子宮の表面が見えましたか。
  M医師 はい。
  検察 どんなものが見えましたか
  M医師 一部に静脈の走行が見えました。
  検察 どれくらいですか。
  M医師 男の人の手の甲くらいのイメージで。
  検察 本数は?
  M医師 1、2本というのではなく…数本。
  検察 子宮の表面全体ですか。
  M医師 一部です。
  検察 子宮のどの辺りに?
  M医師 患者さんの右側だったような気がします。
  検察 色は?
  M医師 青紫色です。
  検察 肉眼ではっきり分かったということですね?
  M医師 はい。走行はハッキリ確認できました。
  検察 帝王切開の助手は何例入ったことがありましたか?
  M医師 10例ほどでした。
  検察 その経験の中で、そういう血管の走行を見たことがありますか?
  M医師 僕の記憶では、あまりなかったかなと思います。

依然として検察は
「子宮切開前に異常を予見できたはず」
というストーリーをあきらめていないようだ。

尋問はいよいよ胎盤剥離の段階に入る。

  検察 (胎児を取り出し終わり子宮に収縮剤を注射する)この時点で手術について何らかの問題があるという認識はありましたか?
  M医師 ありません。
  検察 その時の感想は?
  M医師 手術前に前置胎盤があると聞いていたけれど、思ったよりスムーズにいって安心していました。
  検察 注射の後、被告人は何をしましたか?
  M医師 臍帯を引っ張って胎盤をはがそうとしました。
  検察 胎盤はどうなりましたか?
  M医師 子宮の底のほうが持ち上がるようになりました。
  裁判長 子宮全体が持ち上がるということですか?
  証人 全体ではなく、底の部分が。
  弁護人 底というのは後壁ということですか?
  M医師 その時の認識としては「底」という認識です。いま説明しろと言われれば、後壁ということになります。
  検察 それまでの経験で、普通胎盤の剥離はどうでしたか?
  M医師 スムーズに取れたこともあるし、残ったこともありました。
  検察 臍帯を引っ張って胎盤が取れなかった後、被告人はどうしましたか?
  M医師 手で剥離する作業をしていました。
  検察 出血の状態に変化はありましたか?
  M医師 作業が始まってから少し出血し始めました。
  検察 どのように?
  M医師 じわじわと。
  検察 証人は出血にどう対処したのですか?
  証人 吸引管で吸引していました。
  検察 被告人はずっと用手剥離を続けたのですか?
  M医師 いえ、途中からクーパーをもらって。
  検察 もらってどうしましたか。
  M医師 子宮の中に入れて剥離しているようでした。
  検察 それまでにクーパーを使うのを見たことがありましたか?
  M医師 いいえ。
  検察 どのように操作したか見えましたか?
  M医師 先端はあまり見えませんでしたが、湾曲部分を上にして、下におろすような動作をしていました。
  検察 クーパーを使ったらどうなりましたか?
  M医師 クーパーを使ってから少し出血量が増えたような印象があります。
  検察どこから?
  M医師 ピンポイントに噴いてくるのではなく、面からじわじわと。
  検察 出血箇所はどこだと認識していましたか?
  M医師 子宮の内面です。
  検察 出血はどうなりましたか。
  M医師 剥離作業が進むにつれ増えていきました。
  検察 なぜ分かったのですか?
  M医師 吸引回数が多くなったので。
  検察 間隔が短くなった、ということですか?
  M医師 はい。
  検察 目で見ても増えていましたか?
  M医師 最初に比べると増えた印象でした。
  検察 証人の位置から子宮内は見えましたか?
  M医師 加藤先生の手が離れた時に見えたこともあったが、基本的には見えませんでした。
  検察 出血の場所、もととなる血管はどこか特定できましたか?
  M医師 ピンポイントに一点というわけではなく、面からじわじわ出血する感じでした。
  検察 剥離した面からということでいいですか?
  M医師 そう思います。
  検察 出血の速度はどうでしたか?
  M医師 だんだん増えているとは思いましたが大量出血ではありませんでした。
  検察 帝王切開の今までの経験と比べてどうですか
  M医師 あまり帝王切開の経験がなかったので。
  弁護人 異議。出血の速度とはどういうことですか。量とは違うのですか。
  裁判長 たしかに分かりづらいです。質問を変えてください。
  検察 剥離が進行しますね、その際の出血量というのは絶えず一定なのか、減少するのか、増加するのか。
  M医師 剥離が進むにつれて少しずつ増えていったということです。
  検察 被告人は剥離中に止血を試みましたか?
  M医師 剥離中には特にありませんでした。
  検察 剥離中は出血が継続あるいは増えていたと。
  M医師 はい。
  検察 剥離開始から終了までに要した時間は分かりますか?
  M医師 イメージですけど5分から10分くらいではないかなと思います。
  検察 普段はどのくらいかかるものですか。
  M医師 それもイメージで5分くらいです。
  検察 それに比べるとかなり時間がかかっていた、ということでよろしいですか?
  M医師 「かなり」かどうかはわからないですが、時間はかかっていたと思います。
  検察 手とクーパーを使用していた時間、それぞれ何分くらいか正確に分かりますか? あるいは、手とクーパーを使用していた時間、印象としてどちらが長かったですか。
  M医師 印象としてはクーパーを使っていた時間のほうが長い印象です。
  検察 剥離中に臓器に損傷があったということはありませんか?
  M医師 いえ、その途中にはありませんでした。
  検察 では出血の原因はどこにあると考えていましたか? どの部分から出血しているか、見当は付いていましたか?
  M医師 ぼくの印象では胎盤をはがしたところからかな、と考えていました。

尋問の力点が
クーパーを使ったことそのものから
剥離に要した時間へと移っている。
例の切れ者検事も補充尋問で確認している。

  検察 剥離に要した時間は5~10分とおっしゃいましたね?
  M医師 はい。
  検察 供述調書では「10分ちょっと」と記載されていますが、これも証人の感覚レベルのものですか?
  M医師 はい。
  検察 確認ですが、記憶の感覚的なもので答えられたわけで、正確な時間を計測したものではないということでよろしいですか
  M医師 はい。

時間を問題にしているということは
起訴主旨の「無理に」より「漫然と」の方をメインに据える
ことにしたのだろうか。
となると、有罪に導くためには少なくとも
・胎盤剥離を中止して子宮を摘出することが可能、であり
・そうするべきだった、ことを立証しなければならないはずだ。

その立証につながる証言はなかった気がする。
むしろ逆である。

  弁護人 加藤先生が剥離中、子宮を摘出しなければならない出血はなかったのですね。
  M医師 剥離中は、そう思いませんでした。
  弁護人 クーパーの使用はリスクが高いと思いましたか?
  M医師 思いません。
  弁護人 クーパーの使用がいけないとは思わなかったのですね。
  M医師 はい。
  弁護人 クーパーを使っても出血がさほど急激に増えたというわけではないということですか?
  M医師 その時は急に出血が増えたという印象はありませんでした。
<麻酔記録と照合して>
  弁護人 剥離中の出血はせいぜい555mlですね?
  M医師 はい。
  弁護人 剥離中は出血のコントロールはできていましたか?
  M医師 コントロールしようとしていませんでした。
  弁護人 コントロールする必要を感じなかったのですか?
  M医師 その時は思いませんでした。

ひょっとすると検察は
胎盤剥離後ただちに子宮摘出に移るべきだった
と主張する気だろうか。


今後の公判では
どの時点で子宮摘出できたのか、すべきだったのか
がポイントになってくるのかもしれない。

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ロハスという言葉を耳にするようになって、ずいぶん経った。で、そろそろ意味を知ろうと思い、色々ネットで調べて情報をピックアップすることにした。それがこのブログだ。 続きを読む

コメント

はじめまして。
私も第2回公判を傍聴ました。
私は裁判傍聴は初めてで、証人の発言自体はほぼ理解できたものの、検察・弁護それぞれの戦術あるいは思惑といったものは汲み取りきれませんでしたので、これまでの記事を読ませていただき、気付かされる部分が多々ありました。
そして、こちらの傍聴記が非常に良くまとまっていると思い、たくさんの方に読んでいただきたいと感じたもので、勝手ながら、m3の関連掲示板に紹介してしまいました。
不快であれば該当投稿を削除しますので、その旨お知らせください。
続きの記事にも、期待しています。

検察、弁護人、それぞれの思惑が読み取れます。他の方のブログでの公判記録と併せて、熟読させて頂いています。
まさに闘いです。
真実を明らかにできればいいのですが、全ては困難であろうかと。
ただ、K医師が無罪を勝ち取る闘いに勝利が在らんことを願うばかりです。

産科医です。傍聴記連載お疲れ様です。一言M医師の証言にコメントすると、「子宮前壁に静脈が怒張して」見える事なんて、前置胎盤じゃなくてもざらにあります。妊娠子宮に流れる血流は膨大ですから。

>kaeru様
コメントありがとうございました。
またm3にご紹介くださったとのこと
重ねて御礼申し上げます。
今後も傍聴を続けるつもりでおります。

>雪の夜道様
コメントありがとうございます。
訴訟は「真実」を探るのでなく、
双方がいかに「法に照らして不自然でない物語」を書くか競い合っているように見えます。
自然科学とはあまり相性が良くないかもしれません。

>山口(産婦人科)様
コメントありがとうございます。
医師の皆さんから見れば
検察の主張は荒唐無稽なんだと思いますが
それを素人である裁判官が理解するかどうかは
全然別の問題なので
検証を続ける必要があると思います。

川口さん、お疲れさまです。
”周産期の崩壊をくい止める会”の公判記録を読んでから来ました。
やり取りの再現の詳細さだけでなく、鋭い人間観察、双方の意図を汲み取る洞察力、ご指摘には恐れ入りました。裁判官も検察も医療に関しては専門家ではないので、彼らが理解しえた内容が”法廷での真実”となり、さらに言えば、真実を究明するというよりは一種のディベート(私の上司はゲームだと言いました)と化している、と思います。
加藤先生がそのやりとりを聞いて消耗されないように、そして先生も亡くなられた患者さんご本人も(聞いておられたとして)納得できる結論に達することを、心よりお祈りしております。

論点がずれているかもしれませんがご容赦ください。
おっしゃるとおり裁判官がどう理解するかが今の制度ですから、このケースが刑事裁判になじむものであることは残念ながら了解いたします。
でも多くの医師が憤るのはこのような『普通の』医療行為における不運な失敗を理由として『逮捕』されたということでしょう。
逮捕という人権を制限する行為が明確な基準もなく検察の判断でできてしまうことに恐ろしさを感じるわけです。

>Teapot@UK様
コメントありがとうございます。
そうですね、加藤先生にとってはもちろん
ご遺族にとっても
消耗する場であることは間違いないと思います。

>ペッパー警部様
コメントありがとうございます。
今後同じことが繰り返されるかどうかは
我々も含めた国民の態度次第なのかなと考えております。

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