〔自律する医療⑤〕職員にメリットはあるのか
亀田隆明理事長は「ぜひ他の病院にも受審してほしいし、もしを受けたいという病院がいたら協力するにやぶさかではない。でも無責任に勧めると、後から恨まれると思う」と話す。
JCI認証を取得したからといって病院が急に儲かって職員の給料が上がるわけでもないのに、その準備には全員参加で大変な手間と時間がかかるからだ。亀田の場合でも、全員参加の準備期間が半年以上あった。その期間に職員のモチベーションを下げてしまうと、審査に失敗するだけでは済まず、職員の人間関係が悪くなったり病院に対する愛着や忠誠心が下がったりして病院がガタガタになりかねない。
「ピークを一つにまとめる」作戦だけ見ても、危機的状況にならないよう、経営陣が強力なリーダーシップを発揮したことがうかがわれる。しかも、その経営陣は15年も前からJCIを頭の片隅に置いて準備してきた。「何をすればよいかは教えられるけれど、やり遂げるかどうかは、それぞれの病院の問題」(亀田信介・亀田総合病院院長)なのだ。
だが、それだけではない。勇将の下に弱卒なし。「理事長が言ったからその通りにします、なんてタマは亀田の職員にいませんよ」と松元和子・広報課長は言う。「とにかく、うるさいんですから。納得しなきゃ絶対にやりません」
そのうるさい職員たちを「納得」させるのに一番大きな役割を果たしたかもしれないのが、事務局長として実務を取り仕切った佐野元子氏だ。大卒後に亀田でレジンデント(事務方にもあるそうだ)をした後にMBAを取得、シンガポールのアレクサンドラ病院という400床の国立病院で働いていた経歴を持つ。ちなみにシンガポールの国立病院は全てJCI認証を取得している。亀田で準備が始まった07年5月の時点では、まだシンガポールで働いていた。「私のいた病院は、病床数も少なく、古い病棟を工夫して使っている状態だったので、亀田でもたぶんJCIを取れるだろうと思って」移籍してきたという。
書類の準備や予算管理といった一般的事務作業はもちろん、佐野氏がとにかく力を注いだのが職員との情報共有だった。何しろ2500人の誰に審査の質問が来るか分からないのである。「そんな話は聞いてない」という職員が出た瞬間に一巻の終わりだ。年明けに亀田理事長が全職員に対してキックオフの宣言をした後、病院の部署という部署に出向いて行って、JCIとは何かという説明を繰り返した。研修施設として人気の高い医療機関なので4月には大量にスタッフが入れ替わる。それを見越して3月までに一巡し、4月からもう一巡した。60回以上も同じ説明を繰り返したことになる。
当然のことながら、職員の中からは「なぜそんなことをしなければならないのか」「それをして職員にどんなメリットがある」という声が出てくる。それに対して夏目氏と2人で「合理的で安全な誇りを持てる職場で働いた方がうれしいはず」と説明し続けた。そして、法人内のイントラネットを使ってほぼ毎日「事務局ニュース」を発信し続けた。審査当日の5日間も同様だった。
職員のモチベーションは失われなかった。
(つづく)