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ニュース〜医療の今がわかる

新型インフルエンザについて ─ 感染研・田代センター長

■ ワクチンが足りない
 

── ワクチンについて教えてください。

 インフルエンザ対策として、ワクチンは重要な役割を果たすのですが、現在使われているワクチンの効果は季節性インフルエンザに対しても100%でないのです。季節性インフルエンザで、ワクチン接種と因果関係のある死者が年間数人います。
 ですから、100%安全とは言い切れませんが、高齢者はワクチンを打たなかった場合に比べてインフルエンザの危険性を5分の1に、入院するリスクを3分の1ぐらいに減らすことができますから、ハイリスクの方にとっては、ワクチンによる副作用の可能性に比較して、ワクチンによる効果、有効性はあると評価されています。

 この季節性インフルエンザに対するワクチンは既に製造されていて、今年の10月ぐらいから接種することができます。成人は1回接種なので3000~4000万人分ぐらい作ってあるそうです。新型インフルエンザが流行しますと、医療機関では対応できなくなる可能性があるので、高齢者の方など、季節性インフルエンザに対してリスクの高い人は、重症化や入院に至らないように、積極的な接種をお勧めします。

 問題は、新型インフルエンザのワクチンです。今、国内でもこれを製造している段階です。今年の4月に新型インフルエンザが出現して、アメリカで分離されたウイルスに基づいて、世界中の製薬メーカーがワクチンを作っています。日本では、7月に入ってから製造を始めたと聞いています。季節性インフルエンザのワクチンを7月初旬までに作り終えて、それから新型インフルエンザのワクチンを作り始めました。海外のメーカーも大体同じようなスケジュールです。

 しかし、ワクチンが足りません。今回、ワクチン製造に使う種のウイルスの性質がワクチン製造にとって必ずしも適当でなかったことが原因で、ワクチンの製造量が期待されたよりも少なくなってしまったのです。世界中どこも全部そういう状況で、足りなくなったのです。世界の67億人の人口の10%にも達していない。ワクチンを輸入できない発展途上国は大変です。それはともかくとして、日本でも当然足りない。

 ただ、今回の新型インフルエンザ(H1N1)は弱毒性なので、強毒性のH5N1の場合のように「すべての人に接種しなければいけない」という状況ではありません。しかし、妊婦や基礎疾患を持つ患者、幼児や小児などハイリスクの人には優先して打たなければいけない。そこで、国内のワクチンの量がどのぐらいあるかというと、今シーズン作ることができるのは大体1800万人分ぐらいだといわれています。

 これは、季節性インフルエンザのワクチンと同じような製造方法です。1mlの「バイアル」というガラスの容器に入っています。しかし、国内の供給量を増やす工夫はいろいろあるわけで、この1mlのバイアルを10mlのバイアルにすれば無駄がなくなります。1mlの小さいバイアルでなく、10mlの大きなバイアルにすれば無駄になる量が減るので大勢の人に接種できます。そうすれば、1800万人ではなく、3000万人分ぐらいの供給量にすることができます。
 この場合には、1日に20人単位くらいで、まとめて接種しないと意味がありませんので、そのような調整が必要となるでしょう。しかし、それでも足りません。1億3000万人の日本人のうち、ワクチン接種が必要なハイリスクの人が約6000万人いますので、それをどうするか。

 日本でワクチンをこれ以上作れないとすると、輸入しなければなりません。しかし、世界中でワクチンが品薄なので、入手がなかなか難しい。また、海外のワクチンといってもいろいろなワクチンがあります。
 現在、海外の製薬メーカーとの輸入交渉が進んでいるようです。ただ、今回輸入しようとしているワクチンは、国内で製造しているワクチンとは性質が違います。日本のワクチンは何十年もの実績があって、有効性もある程度は認められているし、安全性にも大きな問題はありません。しかし、現在検討されている海外のワクチンは、まだ実績がないのです。海外で大量に使われたという経験がありません。今回のH1N1について実績がなく、数百人~数千人レベルでの臨床試験を少しやった程度です。だからと言って、「危ない」ということではないのですが、国産ワクチンに比べて未知の部分があります。

 特に、国内のワクチンと作り方が違います。少ないワクチン量でも強い免疫を誘導できる「免疫増強剤」(アジュバント)というのが入っていますし、輸入しようとしているワクチンの情報がまだよく分からない。そんな状況で輸入が検討されることになったのです。ですから、接種する前に、どういうワクチンをどういう条件で輸入するのかということを国民に対してきちんと説明する必要があると思います。
 例えば、国産のワクチンと海外産のワクチンがある場合、「どちらを打ちますか?」ときかれても、多くの国民は判断できません。任意接種なので、一人ひとりが判断を迫られるわけですが、どういう基準で判断したらいいのか国民には分からない。先に接種可能となる国産ワクチンについては10月下旬から接種開始予定ですので、接種の優先順位が高い人は国産のワクチンを優先的に接種することになるでしょう。一方、独身の若いサラリーマンなど優先順位が低い人は海外産のワクチンが接種される可能性があります。従って、接種前には安全性や有効性の情報をきちんと開示する必要があります。

 とにかく、国産のワクチンでは絶対に足りないわけですから、輸入せざるを得ません。あらかじめ購入しておかなかったら、必要になった時にワクチンがないという事態に陥ります。国の危機管理、安全保障という意味でワクチンの輸入は必要です。ただ、どういうワクチンなのか、本当のところが分からないといけませんので、国民に対してきちんと情報を開示する必要があると思います。

 また、輸入した後の承認審査はできる限り速やかにして、少しでも早く接種をしないと意味がありません。また、未知の点が残っている輸入ワクチンについては、市販後の臨床検査など安全性を確保する努力が必要になります。さらに、万一副作用が出てしまった場合に備えて、モニター体制、無過失補償、免責制度などを整えておく必要もあるでしょう。
 接種後にけいれんを起こしていたり、何らかの副作用が出た場合にはすぐに国に連絡が行くようなモニター制度、それから、副作用を起こした患者さんを救済するシステム、接種した医療者や製造メーカーが無過失の責任を負わないようにする免責制度などが必要です。このような体制を「セット」として準備した上で、緊急対応として海外のワクチンを使うべきだと思います。

 そうでないと、重症化を軽減しようとしてワクチンを接種したのに、ワクチンによって無用の健康被害が広がってしまうことになりかねません。海外ワクチンのリスクを事前に検討した上で実施することが大切です。決して、ワクチンの輸入に反対しているわけではありません。ワクチンを輸入した後、接種に必要なプロセスを踏む必要があるということです。


【目次】
 P1 → 新型インフルエンザ(H1N1)とは
 P2 → 医学以外の対策 ─ 水際作戦、行動制限、個人的対応
 P3 → 医学的な対策 ─ ワクチン、抗ウイルス剤、医療体制
 P4 → ワクチンが足りない
 P5 → ワクチンの情報共有と透明化が必要

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