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新型インフルエンザについて ─ 感染研・田代センター長

■ ワクチンの情報共有と透明化が必要
 

── 海外メーカーのワクチンについて、「実績がない」という点について詳しく教えてください。今回の新型インフルエンザに対して「実績がない」ということは、国産メーカーも同じではないでしょうか。

 それはおっしゃる通りです。しかし、国内のメーカーは過去何十年と使ってきたワクチンと同じ製造方法ですから、安全性について「ほぼ同じぐらいだろう」と予想できます。ただ、多くの人には基礎免疫が無いので、季節性インフルエンザのワクチンと同じぐらいの効果が期待できるかどうかは分かりません。それは、日本のワクチンも海外のワクチンも同じです。

── 海外メーカーもそれなりのブランド力があるので、安全性について信頼できると考えられませんか。

 それは分からないですね。先ほど申し上げたように、「アジュバント」という新しい免疫増強剤を加えたワクチンは、そんなに広く使われていません。そういう意味で、経験や実績がほとんどないです。
 「アジュバント」は、免疫を強めるという意味では期待できますが、逆にこれによって何らかの副作用が起こるかもしれない。大勢の人に接種した実績がないので、ここが見えない。

 それから、「組織培養」という技術を使ったワクチンも一部輸入されるようですが、これについても実績がない。日本も海外も、今回の新型インフルエンザのワクチンのほとんどは、季節性ワクチンと同じ様に、鶏の発育卵を使って作っています。
 しかし、今度輸入する海外メーカーのワクチンの一部では、「組織培養」という細胞を使って作っています。これは、いろいろなメリットがあります。卵で作る場合には、ワクチンの製造量が卵の供給量に縛られてしまいます。そうしますと、短期間で大量に作ることができません。しかし、「組織培養」の場合には、設備さえあれば、短期間で大量に作ることができるわけです。

── 天然と養殖みたいな違いでしょうか。

 まあ、そうですね。「組織培養」は非常に便利な技術なのですが、今回輸入しようとしている一部のワクチンは、このような「組織培養」という新しい技術なので、海外でも実績や経験がまだほとんどありません。その上、新しい「アジュバント」が加わっている。そこで、「もしかしたら何かあるかもしれない」という心配が起こるわけです。

 ですから、できる限り臨床試験を実施して安全性を確保し、副作用が起きた場合のモニター体制、事故が起きた場合の無過失補償や免責を特にしっかり考えておく必要があると思います。緊急事態なので、すぐにすべてをできないかもしれませんが、できる限りのことをしておく必要があります。

── つまり、輸入には賛成だが、万が一の時に備えた対応策をきちんと整備してから接種すべきということでしょうか。

 そうです。繰り返しになりますが、ワクチン輸入に反対をしているわけではありません。輸入に際しては、ワクチンの性状と輸入プロセスに関する情報を国民の前に透明性をもって明らかにして理解を求めることが必要だと言っているのです。その情報が分からない以上、専門家会議などでも議論のやりようがありません。
 これまでの国の説明が不十分だったと思います。もっと早く情報を開示していれば、もっと早く十分な議論がなされ、多くの委員にも十分な理解と合意が得られたものと思います。

── 海外ワクチンの情報について、国の説明が不十分だった原因をどのようにお考えですか。

 原因、理由は分かりませんが、7月30日に開かれた厚生労働省の「新型インフルエンザワクチンに関する意見交換会」の初会合では、「アジュバント」も「組織培養」についても一切の説明はなく、こうした状況下で、担当の責任者から「ワクチン輸入を検討してほしい」と言われました。その際、ほとんどの委員は、国産と同じようなワクチンが輸入されると思っていたようです。8月20日の意見交換会でも同様だったと聞いています。

 ワクチン輸入そのものについては、健康危機管理の観点から、期限までに契約だけはしておく必要があるとのことで意見が一致していたと思いますし、現在もそれは変わっていません。
 しかし、その際にも多くの委員から、「輸入品の性状が分からない以上、個々の海外ワクチンの輸入の可否については議論できない」との意見があり、9月になってようやく非公開の会議でその一部が示されました。

 その際、参加していた委員はもとより、厚生労働省の事務局担当者の多くも、輸入を検討しているワクチンには、まだ不明な点、懸念される点があることを知らされた次第です。これらが意図的に隠されていたのか、担当者も知らなかった、あるいは調査しなかったのかは不明ですが、いずれにしても担当部局の責任であると思います。

 そこで、これらがまだ十分に解明されていないことを明らかにした上でパブリックコメント(国民からの意見)を求めなければ、後から事実が明らかにされた場合に、厚労省や政府に対する大きな不信感が起こるという全員一致の意見で、今回の素案ができたわけです。

── 海外ワクチンの輸入に官僚(医系技官)が反対するのは、海外メーカーの参入から国内4社を守ろうという意図があるのでしょうか。「天下り先の確保」など、国内4社との結び付きによる既得権益が脅かされるので、輸入に後ろ向きだという指摘もあります。

 国内4社との結び付きによる既得権益とは何でしょうか。国立感染症研究所に関しては、国家検定などを通して、ワクチンの品質管理に責任を持っています。ワクチンメーカーとの利害関係による結び付きは一切ありません。
 先ほど申し上げたように、国内メーカーのワクチン製造方法には長い実績があります。そういう意味での一定の安全性については担保されていると思います。しかし、まだ比較検討もなされていない以上、「海外メーカーに比べて国内のメーカーが優れている」とか、「国内のワクチンは安全だ」と発言したことはありません。 正確に言えば、「国内製造新型H1N1ワクチンについては、季節性ワクチンと同じ製造方法ですので、安全性はほぼ同程度と考えられる」と思います。

 また、私自身について補足しますと、族議員に頼んでWHOに送ってくれるように頼んだことはありません。WHO協力センター長には2001年に指名されており、その後、現在まで続いています。感染研は、WHOによって、様々な基準に基づいた厳しい評価を受け、その結果WHO協力センターに指定されており、その責任者がWHO協力センター長として指名されているものです。外部からの介入や政治的な影響は一切あり得ません。
 私は今年3月で定年予定でしたので、定年後には海外の某大学へ移ることがほぼ決定していました。しかし、昨年夏に、インフルエンザウイルス研究センターを設立することになったので、「定年を延ばしてもらえないか」との問い合わせが厚労省からあり、先方との話を断って、12月のセンター長の募集に公募しました。選考委員会等の正規の審議を経て選考されたと聞いています。従って、族議員に定年延長を要求したとの中傷は、全く事実無根です。

── 今後、新型インフルエンザが大流行する兆しですが、より多くの人にワクチンが接種できるよう、10mlのバイアルで集団接種すべきとのお考えでしょうか。

 以前日本で行われていた集団接種の再現はあり得ないと思います。しかし、短時間に効率よく接種するためには、保健所、特定の医療機関等を決め、時間を決めて希望者を集め、10mlバイアルで効率よく接種する計画を検討すべきであると思います。

 しかし、1日に数人しか接種しないような医療機関では10mlバイアルはかえって無駄が増えます。従って、すべてを10mlにするのではなく、当然1mlバイアルによる個別接種も必要ですので、このバランスを考えて調整できると思います。
 例えば、優先接種対象者である医療従事者には、病院などの多数の職員にまとめて接種する際には10mlが適当だと思います。また、慢性基礎疾患を持つ患者や透析患者などでは、1日に来院する患者はかなりの数になると思いますので、10mlバイアルでの接種が可能でしょうし、効率的です。オーストラリアでは、10mlバイアルのみでの接種を導入しました。

 ただし、一度使い始めたバイアルは使い切ることが大切です。10mlバイアルで20人分ですから、接種する人数が中途半端で終わらないように予約制にして保健センターで接種するなど無駄を省き、効率のよい接種を進める努力をすべきだと思います。
 そして、ワクチンに関する情報共有と透明化を進め、国民の健康被害を最小限に食い止めることが必要だと考えています。
 
 
 
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【目次】
 P1 → 新型インフルエンザ(H1N1)とは
 P2 → 医学以外の対策 ─ 水際作戦、行動制限、個人的対応
 P3 → 医学的な対策 ─ ワクチン、抗ウイルス剤、医療体制
 P4 → ワクチンが足りない
 P5 → ワクチンの情報共有と透明化が必要

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