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ニュース〜医療の今がわかる

「わが国の医療費の水準と診療報酬」 ─ 中医協・遠藤会長の講演 (1)

■ 国民所得と医療費の伸び率をリンケージさせる政策は限界
 

 まず、わが国の国民医療費というのは......、特にここにいらっしゃる皆さん方は「医療費の水準が低いのではないか」ということを身をもってお感じになっている方が多いと思います。その辺について、少し整理したいと思います。

 この表(国民医療費の対国民所得比および国民医療費変化率と国民所得変化率)ですが......。この太い実線は国民所得に占める国民医療費。これは厚生白書などでよく出てくる。1961年に国民皆保険ができたわけですが、(翌年の)1962年から2006年まで(の推移)を取っています。(中略。国民医療費の対国民所得比が年々上昇してきたことを説明)

国民所得に占める医療費の推移.jpg これ、よく見てみますと、急速に上昇している時と、割とフラットな時があるわけです。急速に上昇している時はどういう時かと申しますと、1つは70年代の半ばぐらいから80年にかけて。これは、高度経済成長から安定成長へと移っていった時です。

 それから、80年代はほぼガット(フラット)になっている。それから、バブルが崩壊しまして、いわゆる「失われた10年」、あるいはそれ以降の不況下の中で急速にこの値は上昇してまいります。2000年に入りますと、この値もまたある程度、水平に近づいてきます。

 これらのことから一体何が言えるのだろうか? 結論から申し上げますと、日本は医療費の伸び率と国民所得、あるいは経済成長と言ってもいいかもしれませんが、そこの間に大きな乖離ができますと、そこに大きな、医療費の上昇を抑制するためのさまざまな政策が採られてきたということです。(中略)

 80年代に入りますと、それまで無料だった老人医療費に83年から自己負担が導入されましたし、医療提供体制につきましても、85年から病院計画(地域医療計画)が導入されまして、病床(数)の拡大に歯止めがかけられるようになりました。
 また、医師の養成についても、70年代後半から「一県一医大政策」で医師の養成数が増えましたが、これが80年代の後半から見直されて、医学部の定員を縮小するという政策が採られた。

 同じく、医療費の中には薬剤費も入っておりますので、薬剤費についても80年代には(販売価格の安い方から順に並べて一定の量に対応する価格を薬価基準価格とする)「バルクライン方式」という薬価の算定方式が導入されまして、それが少しずつ(平均値の価格に上乗せできる調整幅の)「R幅」というのを下げていくことによって、既収載品の薬価を人為的に下げていくということが1900年代まで続きます。そういうことで、当時、国民医療費の3割ぐらいを占めていた薬剤費は現在2割強まで下がっているということです。

 そういう政策がこの間(80年から90年ごろまで)採られた。その結果として、比較的(医療費の伸びが)フラットになるということですが、これは(90年以降)経済成長率が一段と下がってきます。そうなりますと、(低下する国民所得と増加する)医療費との間にギャップができてくる。

 ここで、(2001年に老人1割負担、03年に被用者本人3割負担、診療報酬のマイナス改定など)さまざまなことが導入されていった。そのことが奏功して、2000年代からこのギャップがだんだん縮小してきます。従って、(2000年以降は)フラットになっている。(中略)
 このように医療費の上昇を抑える政策で経済成長との乖離を縮小するということが、「結果として」採られてきた。
 これをもう少し年代別に見てみます。(中略。1962─79年までの国民医療費の変化率は18.69%だったが、これが80─89年に6.08%に下がり、90─99年は4.54%、2000─06年は1.11%、介護保険導入年を除く01─06年は1.60%まで下がったことを説明)

 物価水準が下がっていますので、実質的にはもう少し高いかもしれませんが、このぐらいの水準になっているということです。これが現状なわけでありまして......。これをどう見るかですが、やはり、国民所得に占める国民医療費の割合は趨勢的に(1960年代の)4%から(2000年代の)9%に上がっている、非常に大きな問題だと解釈するのかどうか。

 実は、9%にとどめているために相当いろいろなことが行われてきた。この問題はまた後で評価したいと思いますが、私なりに申し上げますと、基本的には国民経済の成長率と医療費の伸びに大きな差を持たせないという行動はある意味では良かった。
 「よくまあ、これだけ国民所得の伸びと医療費の伸びを乖離しないようにコントロールできたな」とは思います。これは、多少皮肉を込めて言うのですが、非常に成功していると思います。それはかっこ付きの「成功」ですけれども。

 つまりこの間、急速な医療の質の低下であるとか、アクセスの障害ということがそれほど顕著に起きたわけではないのですが、このように経済成長率に合わせて医療費の伸び率を抑えるということがあるのですが、さすがに(医療費の)成長率が今のように非常に低成長になってきた時に、このままで良いのかどうか。

 つまり、2000年に入ってからですね、1%台の国民医療費の成長率というものは、高齢化の進展などを踏まえて、国民の要求する医療を提供できるのかというと、私はもう無理だと思います。これは、ある意味で国民所得の伸び率と医療費の伸び率を、意図したかどうかはともかくとして、リンケージさせるような政策については、もはや限界がきていると思わざるを得ないわけであります。
 

【目次】
 P2 → 国民所得と医療費の伸び率をリンケージさせる政策は限界
 P3 → 明確な医療ビジョンが特になかった
 P4 → 社会保障費の配分という点からも、医療は割を食っている
 P5 → 医療費の負担について明確な議論が十分されてこなかった

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