「医療の質」の調査、いまだ先が見えず
「医療の質」を判断する基準は患者満足度か、臨床研究の充実度か、それとも役人の方針に従うことか。「医療の質」の意味が不明確なまま、厚生労働省はすべての医療機関が目指すべき方向性として「医療の質の向上」を声高に掲げているが、調査手法はいまだ見えない。(新井裕充)
昨年の政権交代に伴い、診療報酬などを審議する中央社会保険医療協議会(中医協)の委員が一部変更になり、嘉山孝正氏(国立がん研究センター理事長)らが2009年10月30日から診療側委員に加わった。
就任後2回目となった11月4日の中医協で嘉山委員は、入院医療費の一部を包括払いにするDPC制度の問題点をこう述べた。
「クリニカルリサーチが非常に日本は落ちている。クリニカルリサーチというのは、いわゆる一般の医療の中でも日常的にやっていかなければならない研究。これがかなり落ちている。医学界の最高の雑誌である『ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディスン』で昨年度と一昨年度、がんに関する日本のクリニカルリサーチはゼロ。それだけ現場が疲弊している。疲弊しているのは人間的なもの、ソフトの面もあるが、ハードの面もある。つまり、医療費が出ていない。従って、クリニカルリサーチ、つまり動物実験じゃなく、人間を相手にしたリサーチができない。日本の医療産業が負けているのは、人間を相手にしたリサーチができないからで、その1つの足かせになっているのがDPCだ」
その後、今年6月2日に厚労省は08年度改定の影響を調査する「中医協・検証部会」の最終結果を報告した。この調査の重点が「患者満足度」に置かれていたため、嘉山委員がこう指摘した。
「エンドポイントを患者満足度に置いてしまっている。この調査結果は、患者さんのエモーションを聞くためのものか。もうちょっとサイエンティフィックなものを入れたらいいのではないか。人間の欲望はどこまでもあるわけで、ホテルの接遇を医療の質と勘違いするような評価の仕方になっていると私には思える」
中医協の遠藤久夫会長(学習院大経済学部教授)も理解を示し、「ご指摘のとおり、クリニカルインデックスを使った医学的な評価といったものについては不十分だというところは確かにある」と述べた。
そこで嘉山委員は、「日本の国民が、医療の質というのは患者満足度と誤解しているところがあると思う。患者満足度は医療の質ではない」と発言。これに遠藤会長が「医療の質の評価に患者満足度はないというのは言い過ぎ。医療の評価の中の1つに間違いなく患者満足度があるというのは学界の定説」と反論した。
こうした議論などを踏まえ、厚労省は7月14日の中医協総会で2009年度のDPC調査の最終報告書を提示。前回(08年度調査)は「DPCにより質の確保はされつつ医療の効率化が進んでいる」としたが、今回は「DPCにより質の確保はされつつ」の部分を削除した。
その上で、厚労省は今後のDPC調査の課題として「クリニカルリサーチにおけるDPCの弊害の調査」などを示し、了承された。反対意見はなかった。
中医協総会の了承を受け、厚労省は7月16日の中医協・DPC評価分科会(座長=西岡清・横浜市立みなと赤十字病院長)に、総会の承認を得たことを報告。すべての医療機関が目指すべき方向性として、「医療の質の向上」などを挙げた上で、今後の課題や調査案などを示した。
そこで、DPCの研究で著名な松田晋哉委員(産業医科大医学部公衆衛生学教授)が「クリニカルリサーチにおけるDPCの弊害の調査という項目が挙がっているが、これは具体的にどういうことか」と疑問を提起、西岡分科会長はこう言った。
「(昨年11月の中医協・小委で)最初にこのご意見がチラッと出たときには、『DPCとは関係ございません』とお答えした。『いったん、それで終わったかな』と思ったが、またその意見が出てきた」
(発言要旨は4ページを参照)
【目次】
P2 → 「DPC制度に係る当面の課題等」 ─ 分科会長説明
P3 → 「クリニカルリサーチはDPCと全然関係ない」 ─ 分科会長
P4 → 「終わったと思ったが、また出てきた」 ─ 分科会長
P5 → 「診療ガイドラインを100%守る施設はとんでもない」 ─ 山口委員